12.心の死んだ人形達
私は生まれた時からずっとこの屋敷に住んでいる。
当たり前の話ではあるが。
だが、従者達もそうなのだ。
ほとんど皆昔からの古い付き合いで、それこそ何代も仕えてくれている者までいる。
しかし、それでも……そんな長い間一緒にいても、私の気持ちなんて誰も知らないだろう。
知ろうともしていないし、そもそも私にそんな秘めた感情があるなんて、きっと思ってもいない。
だからって今から話をして伝えたとしても、おそらく理解できない。
彼らにとって、私は『完璧な人間』なのだから。
私の表の顔。それは、皆の思い描く理想の人間像そのもの。
なんでもそつなくこなす優秀な若者で。
明るくて前向きで、優しい心を持った素晴らしい人であり……父親と違って、誠実で真面目な青年。
皆、上辺しか見えていない。
笑顔の裏で本人がどんな感情を抱いているかなんて、誰も気にも留めていない。
この屋敷にいるのは、あくまで完璧な人間である『ハートフォード家の当主の男』であって……『アラン・ハートフォード』ではない。
誰も知らないのだから、いないも同然なのだ。
元はと言えば、周囲の期待に私が合わせすぎてしまったのが悪かったのかもしれない。
父親と違ってなんでもそれなりにこなせるがゆえに、私に求められる『普通』のレベルがとんでもなく高くなってしまった。
産まれてくる時からすでに周囲の期待は高かったが、常に期待に完璧に応え続け、いつしかそれが普通となってしまった。
私が常に期待通りに動いてしまう事、と周囲が勝手に抱いた完璧な主人像……その二つの要素が『私の幻』を作っていた。
しかし……完全な人間ほど、薄気味悪くて味気ないものはない。
それが作りものなら、なおさらだ。
この屋敷の皆は私を慕い、尊敬してくれているようだが……彼らの関心はそこまで。
あまりにも隙が無さすぎて、親近感がまるで無い。
彼らにとっては、人間味が感じられない不気味な存在なのだ。
だから尊敬はしても、誰もそれ以上の興味はないのだ。
そんな中で、私は長い間『完璧な人間』を演じ続けていた。
一人の人間として生きる道を諦めて、ただの人形として毎日過ごす事にしたのだった。
その方が何事もうまくいくし、なにより楽だから。
私とその『幻の私』の乖離を周囲に訴えようとも考えた事もあったが……騒ぎを起こしたくない気持ちの方が強く、思っていても行動には移せなかった。
自分が我慢するだけで済むのなら、その方がいい。
そう一人で結論づけて、本当の気持ち……私としての本当の感情を常に心の奥底にしまい込み、生きていた。
感情を隠す事自体はそこまで苦ではなかったし、すぐに慣れた。
だが。
なんとも感じていないと思い込み続けた私の心は、絶えずずっと悲鳴を上げていたようだった。
いったいいつまで、こうして人形のフリをしていなければならないのか。
いつまで本当の気持ちを隠し続けなければならないのか。
いつまでこの苦しみに耐えねばならないのか。
自分の中に次々と疑問が湧いて、何の解決もされないまま積もってきているのは感じていた。
しかし、無理やり無視していた。
本心に蓋をして、考える事から逃げて。
湧き上がってくる何かを抑えて、平然を装っていた……
……つもりだった。
逃げ切れたはずだった。
しかし……孤独という名の鈍い痛みが、逃げようとする私をいつまでもどこまでも、しつこく追いかけてくるのだ。
何かの病気のように激しい痛みではないから、余計に厄介だった。
我慢しようと思えばできなくはない程度の苦しみ、しかし確実に少しずつじわりじわりと精神を蝕んでいく。
いつからか、恐ろしい悪夢を見ては夜中に飛び起きるようになった。
ひどい時は、昼間でも突然心がキュッとするような奇妙な感覚に陥り、なんだか怖くなって涙が止まらなくなった事もあった。
どんどん離れていく自分の心と体。
私の心はもう遥か昔から限界を迎えていたのだった。
仲間はいる。屋敷の皆がいるし、友人だっている。
しかし、ハートフォード家の『人形』の私。
彼らとの間には常に見えない壁があった。
思いっきりふざけて大笑いしたくとも。
悲しくて大泣きしたくとも。
怒りのあまり声を荒げたくとも。
「それはハートフォード家の顔として、どうなんだい?」
と、もう一人の自分の厳しい監視の目が邪魔をしてくるのだ。
そうして何年もの間……無理矢理自分を誤魔化し続けて、我慢に我慢を重ねて、なんとかやり過ごしていた。
ミューと私。
感情の壊れた人形が、2体。似たもの同士。
なんとなく惹かれていったのは……彼女が抱く闇に自分と似たものを感じとったから、というのもある気がする。
二人が婚約し一緒になった事によって、彼女の心は救われ元の明るさを取り戻した。
声をかけたのは、私から。
外へ出ようと働きかけたのは、私。
行動だけ見ると、まるであたかも全てが私の功績のように見える。
見える、というより事実の羅列でありその通りである。
しかし本当に100%そうかというと、実はそうではないのだ。
本当の意味で救われたのは……私の方なのだから。
ミューを救ってやりたいと思って声をかけた。
色々な場所へ行って新しい刺激をたくさん受けて、彼女の感情を取り戻すために。
しかしその実態は……そうやって彼女のためと言いながら、自分の行きたいところを勝手に指定して連れ回していただけ。
執事も誰もいないからと、やりたい放題で我儘三昧だったのだ。
でも、ミューは嫌な顔一つせず楽しそうについてきてくれた。
ミューを救うとか言っておきながら、逆に私こそ救いの手を求めていたのかもしれない。
どこかへ一緒に行くたびに、押さえ込まれて窮屈だった自分の心が解放されていくのを感じるのだ。
彼女と共に……楽しい時は笑い、悲しければ泣き、時に怒る。
ぎこちないながらも、彼女はもちろん私も一緒に少しずつ感情を外に出す練習をしていく。
そうしていくうちに、私も私で段々と心が生き返ってきた。
『アラン・ハートフォード』がようやく、幻ではなくて本物の人間になったのだ。




