始まり(6)
榎並:刑務所にある図書館を取材するなんて、フリージャーナリストさんも物好きですね
義人:その女性に聞いたんです。本の中には手紙が入っていたと
榎並:っ!
義人:それはあなたが誘拐した……いえ、あなたの家という安全な場所で保護した、虐待を受けていた子どもたちからの感謝の手紙ではないですか?
榎並:な、なんで、それを
義人:本の品質チェックをしている時に、四葉のクローバーの形に折られた手紙を見つけたそうです。ハーメルンの笛吹きの最初のページに
榎並:……
義人:確か、榎並さん。当時、音大の学生でトランペット奏者を目指していらっしゃったそうですね。近所では有名になるほど、路上で素敵な音色を響かせていたと。
義人:それを聴きに来ていたお客さんの中に暴力から逃げてきたり、外に締め出されていたりしていた子供たちもいたんじゃないですか?
榎並:……やめろ
義人:『ラッパのお兄さん』なんて慕われて、ライブ中は目を輝かせる
義人:でも、終わりが近づいてくると、虚ろな目でうつむいている姿に心を打たれて、自分の家へ連れてきただけなんじゃないですか?
榎並:やめろ!
義人:榎並さん……
榎並:やめてくれ……たとえそれが真実だろうと、未成年の5人を関係の無い男が、家に連れ込んだのが、法に触れたんだ。
榎並:虐待の方が酷いことなはずなのに、誘拐とされたら、俺がもっと悪い罪になった。それが今の日本の法律の罠だ
義人:そうですね
榎並:5人とも、同じ児童養護施設に入って、仲良く過ごしているらしい
義人:えっ……
榎並:マラソン大会で、俺が買ってやった靴を履いて走ったら、1位取ったんだと。それに
義人:それに?
榎並:ゴールテープを切った時に、にぃが吹くファンファーレが聴こえた気が、したって、さ
義人:良かったですね
榎並:ああ。俺は、あの子たちが幸せでいてくれるなら、それで、それでいいんだ
0:間
義人:(M)子どもたちを救おうとしたヒーローが法によって悪役とされた。
義人:(M)正義と悪が紙一重……お前もだぞ、仁愛。