始まり(5)
仁愛:そうですか。それにしては、真っ先に外国文学に来るなんて、珍しいですね
榎並:え?
仁愛:しかも、眺めていたのは児童向けの方。子どもはお好きですか?
榎並:し、失礼します!
仁愛:(無視して)白雪姫って、原作のグリム童話と日本の絵本で書かれているものでは、結末が違うんです。いや、原作が残酷すぎて消されたと、いった方が正しいでしょうか
榎並:っ!
仁愛:有名な白雪姫の結末は、『王子様のキスで目覚めた白雪姫は生き返り、そして王子様と結婚し、幸せに暮らしましたとさ』と、ハッピーエンドで終わります
仁愛:しかし、原作には続きが
仁愛:白雪姫に意地悪をしていたのは、実は王妃で、2人の結婚式に呼ばれた王妃は、焼かれた鉄の靴を履かされて、倒れて死ぬまで、踊らされるんです
榎並:な、何が言いたいんですか?
仁愛:白雪姫を例に挙げましたが、昔の外国の児童文学には、子どもが虐められる物語が、多いですよね
仁愛:でも、現在の日本で、児童虐待や体罰が絶えないと、思いませんか。子ども自身が、助けを求めることが出来ず、命を落としてしまうことがほとんど
仁愛:ただ、虐待を受けている現状を知ってしまったり、その上、子ども自体が助けを求めてきたりしたら……全力で助けたいと思うのが、良心だと、私は思います
榎並:……
仁愛:童話つながりで言いますと、ハーメルンの笛吹きが、そうだと思います。
仁愛:笛吹きの男は、子どもを誘拐した悪者ではなく、町中からネズミを払ったのに、大人たちから罵られた悲しい英雄なんだと
榎並:悪者ではなく、英雄……?
仁愛:だから、私はこう思っているんです……正義と悪は紙一重だなって
榎並:正義と悪が紙一重……
仁愛:良かったら、『グリム童話集』借りてみませんか?
榎並:……はい
仁愛:では、カウンターへどうぞ
0:青沢刑務所内の面会室
榎並:あ、こんにちは
義人:作業の後でお疲れのところ、すいません。私、フリージャーナリストの今井と申します
榎並:榎並です。児童5人誘拐事件を起こした凶悪犯です
義人:ご自身をそんな風に紹介されなくても
榎並:いえ、事実ですから。それで、あなたもぼくを叩く記事を書きに、わざわざいらしたのですか?
義人:いいえ、私はあなたが刑務所図書館で借りた本について、聞きたいだけです
榎並:本……ああ、借りましたね。囚人は本を読んではいけませんか?
義人:そんなことは思っておりません……私は、ここで図書館員として働いている女性を取材しておりまして