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窓際神官は月を見上げる  作者: のむらなのか
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第7話《side:シナト》

敵意。

誰かの敵意を含んだ視線がシナトの肌を焼いている。シナトが今しがた蹴り飛ばした青年のものではない。

新手だろうか。

ジリジリと照り付ける、鮮やかな赤い炎。

物凄く熱烈に嫌われている。

「……」

シナトは頭を巡らせて、薄暗い路地を見遣った。

「誰だ、なんて失礼な言い方だわ。どちら様ですか、と聞いてくださる?」

……不機嫌な、しかしそれでいて華やかな声と共に、二つの影が動いた。

リリールゥカが「あ…」と呟く。

一人は豪奢な雰囲気を纏う長身の美女だった。波打つ長い髪は目も覚めるような見事な赤毛。

そしてその後ろには赤毛の女性よりも尚ずば抜けて背が高い白髪頭の青年が立っていた。真っ白な短髪と両耳には大量のリング型のピアス。ルーズリーフを綴じるバインダーみたいだなとチラリと思う。

「どちら様ですか」

「あんたなんかに名乗る名前はないわ」

ツーンと赤毛の女性はそっぽを向いた。あからさまな敵意が体当たりでこちらにぶつかってくる。

燃え上がる、紅蓮の炎だ。

美しい女性だが華奢ではなく、袖からすらりと伸びた腕は意外にも逞しく、なんというか…健康的な感じがする。だからなのか敵意を向けられているというのに不快にはならなかった。シンプルで分かりやすくて、トゲトゲしていてもネチョネチョはしてないのがいい。

「ミカエル!」

背後にいたリリールゥカが大きな声を上げた。その声音には親愛だとか信頼だとかの成分が多量に含まれている。

どうやら仲間らしい。シナトはほっとして、リリールゥカから手を離す。見知らぬ男に押し倒されていたのだ、顔見知りといる方が心強いだろう。

リリールゥカと名乗った少女はサラサラとした黒髪を肩の辺りで切り揃えた小柄な娘だった。濡れた黒曜石のような瞳は美しいが、右目しか見えない。左目は白い眼帯で覆われていた。

「なぁに?どうしたのよリリー。ていうかミカって呼んでってば」

「私、この人に助けてもらったの。だからお願い……乱暴なことはしないでほしいの」

「助けてもらった?何かあったの?」

「え、っと、ちょっとトラブルがあったの。もう大丈夫よ。お願い、ミカエル」

「……ミカエル?」

耳に届いた名前の違和感にシナトは首をかしげた。ミカエルというと一般的には男性名として使われることが多いが。

するとすぐ側で応える声があった。いつの間にか白髪頭の青年が隣に立っていた。

「生物学上、男だから。あいつは」

「あー……」

シナトは瞬きし、それから肩の力を抜くように笑った。

「何だ。目茶苦茶綺麗だから気が付かなかったな」

「ぐっ」

ミカエルが何故か呻いた。

「別にアンタなんかに褒められても嬉しくなんかないんだからね‼」

「何か肩幅立派だなとは思ったけど」

「うっさいわね!!」

隣から、ほんの一瞬堪えきれずといったような笑い声が聞こえた気がした。

「……」

シナトは横を向くが、そこには無表情の白髪の青年が佇んでいるだけだ。

笑ったんだろうか。

「ナキ」

「なき?」

「俺の名前」

「ああ、どうも。シナトです」

「リリールゥカのことを助けてくれたらしいな、礼を言わせてくれ」

この青年もシナトと同じくらい愛想が欠けている。ずば抜けた長身と白髪。厳ついピアス。

しかし案外常識人なのかもしれないと、シナトは思った。

「大したことは何も。絡んでた相手の鼻骨を折っただけなので」

「えっ」

リリールゥカが驚いた声をあげた。

「お、折れてたの…?」

「それくらいじゃ腹の虫はおさまらないだろうけど…いや、本当は踏み潰して去勢してやろうかとも思ったんだけど、人を裁く権利は私にはないから。貴方に謝罪させるべきだとも思ったけど、話しかけられるのも視界に入れるのも嫌かと思って止めました」

「あ……それでずっと背中で庇ってくれてたんだ……。ありがと……」

「いや、それは別に。ああ、カサネならもうすぐ来ると思います。私はそこの地面の彼を教会に連れていかないといけないのでここで」

「……どうしてあたしたちがカサネ様を待ってると思うのよ」

ミカエルが低い声を出す。

確かにそう言われれば女性にしては低いかもしれない。しかしシナトよりよほど身綺麗にしていて感心するしかない。内側から燃え上がる生命力も含めて美しい人だった。

シナトはミカエルの質問に答えを返す。

「身体の中に物騒なのが混ざっていて、混ざり方がカサネとよく似ている。だから多分カサネの仲間だと思いました」

カサネの身体には異形の力が移植されている。

何故なのか。

誰がそんなことを。

シナトは知らない。カサネは自分の問題にシナトを巻き込みたがらない。

カサネの心臓と異形の根が分かちがたく結び付いているのがシナトの目に見えるだけだ。

ミカエルは嫌そうに顔を歪めた。

「へー……。本当に気味の悪い目を持ってるのね」

「カサネから聞いてますか。いろいろと話は聞いてみたい所だけど、まぁ、とりあえず今は仕事中なのでこれで」

「待ちなさいよ。あたしの中に混ざってる物騒なモノ、何か分かる?」

ミカエルの声に苛立ちが見える。向かってくる声に棘が巻き付いている。それがシナトの頬にぶつかる度にチクチクして痛いのだけれど、敵意に燃える赤い言葉と棘がまるで薔薇のようで、見とれてしまってシナトは同じようには怒れない。

綺麗だなと心から思う。しかしその心の声は誰にも読み取ってはもらえない。

「ちょっと、聞いてんの?」

「ああ、はい」

シナトはミカエルを見つめ、何度か瞬きした。

紅蓮の炎の奥を見つめる。熱風の向こう、更なる高温を越えると……、キラキラしている。

白く輝く、繊細なレースが見える。

まるで花嫁のベールのよう。麗糸の向こうには幸福がある。

目を背けることができない、知らずと吸い寄せられる。

手を伸ばして、乱暴に暴いてしまいたい衝動に駆られる。

けれどその衝動に抗わなくてはならない。

決してその幸福に触れてはならない。その向こうに花嫁の微笑みはない。

ベールなどではない。これは違う。

獲物を捉える狡猾な罠。

正体は……。

「糸……蜘蛛の巣?」

ぽつりと言う。

「……ほんっと気味悪い。カサネ様は気にしないでいいと仰ってたけど、やっぱりアンタの目は放ってはおけないわね。いつ教会に情報を売るか分かったもんじゃないわ」

「いや、教会に対してそんな義理は……あ」

シナトがパッと振り返る。

その時、バキッという音が四人の耳に届いた。

「……」

振り返った視線の先、地面に縫い付けられていたはずの男が拘束をはずし立ち上がった所だった。

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