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窓際神官は月を見上げる  作者: のむらなのか
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第5話《side:ヴァンクリフ》

「さっきのは、傷口を覆うかさぶたを剥がすような行為かな。治りかけてるのに掻きむしるから結局血が出てしまう……」

窓際に歩み寄りブラインドを閉めながらカサネが静かに言った。

ヴァンクリフ一級神官の執務室である。今はその部屋の主とカサネ以外誰もいない。

「ね?」

一回り以上年下であるだろう美貌の青年に微笑みを向けられて、一級神官の称号を持つヴァンクリフは一気に身体が固くなるのを感じた。

「それは……」

「責めている訳ではありませんよ。今日も頑張って、一級神官を演じてた貴方を見て誉めてさしあげたいと思って。……疲れたてしょう、座って」

カサネが促すと、ヴァンクリフは言われるがままギクシャクと椅子に座った。しかし一旦椅子に身体を預けてしまうと、一気に四肢から力が抜け精神が弛緩していく。

「貴方の精神の傷口を見てあげたいな。グジュグジュになってる所」

甘い、甘いカサネの声。鼓膜に染み入るようだった。

……駄目だ。

ヴァンクリフは弛んでいく精神を引き締めるために、膝の上の拳をかたく握った。

「……勘違いしてもらっては困る」

「勘違い?」

「私は君の言う事を真に受けてあの娘に会いに行った訳ではない。信じられるものか。あの娘は他人の思考を読むことができる、など…」

「んー……思考が読めるんじゃなくて、心が見えるって言ってたかな?どう違うんだろうね?好意はよく分からないけど、悪意とか敵意とか殺意は見えやすいんだって」

「馬鹿な……」

「本当なのに。多分」

「伝説の聖女は術力感知に優れ、目の前の相手の術力を分析して思念を読み取ることができたという。水の一族の中にも勘のいい奴は何人かいる。しかし君のいうように、本人がその場にいなくとも残留思念まで読み取るなど……聞いたことがない」

「今までなかったっていう事は、これからもないっていう事の証明にはならないよ?」

「馬鹿馬鹿しい。そう言うことであの小娘を私から遠ざけ、守ってやるつもりか」

「守る?」

ふとカサネが笑った。ヴァンクリフが初めて目にする、柔和な微笑だった。

「そういうのいいね。あの人がただ黙って守られてくれるだけのお姫様なら、俺ももう少し動きやすいんだけど。……でも少し黙って。俺の話も聞いて?」

「……っ」

吸い込まれそうな深い碧色の瞳。

こちらを見ている。

(私だけを見ている……)

「私、だけを……」

「うん、見てるよ。貴方も俺をよく見て、声を聞いて。自分の心の声は聞いてはいけない」

「は……」

「自分の頭で物を考えるな」

「はい……」

「返事もいらない。頷くだけでいい」

こくんと勝手に頭が下がった。何故。

駄目だ。

こんなのは私ではない。

そう思うのに心地よい声音に身体の主導権を委ねてしまうのを止められない。

這いつくばりたい。

地べたに頭を擦り付けて、ただ天上から落ちてくる声だけを感じて、支配されたい。

(違う)

違うはずだ。

欲望と理性が激しくぶつかっている。

「ヴァンクリフ一級神官。貴方はね、シナトさんに見せに行ったんでしょう。例の組織に首輪をつけられながら……俺には目隠しと手枷をつけられて……最高に気持ちいい緊縛プレイの最中なんだって自慢しにきたんですよ」

呼吸の仕方を忘れてしまったかのようだった。上手く息が吸えない。

「なにを、」

「貴方を待つのは身の破滅、一択でしょう?近いうちに貴方の罪は白日にさらされて、これまで築き上げてきたものを全て失う。それを貴方はずっと恐れて今にも発狂しそうだ、けど同時に待ち望んでもいる。早く楽になりたくて。そんな相反する気持ちを抱えて、身動きがとれなくなってる。その刺激が、脳ミソが焼き切れるくらいいいんでしょう?」

「……っは」

ヴァンクリフは掻き抱くように自身の肩を強く掴んだ。

やっぱり人間の本質は善なのかな、とカサネが呟いた。

「善行を終生行っても壊れないけど、悪意を重ね続ければ歪んで歪んでいつか壊れる。貴方はこれまでその地位を得る為に罪を重ね、血を流し……。本当は地位に見合う才能は持っていないのに、他人の不幸で帳尻を合わせてきた」

「私は特別な人間だ、当然のことだ……!!」

「そう、でも貴方は段々耐えられなくなってきている。売り払ったはずの良心が破滅を囁く。本当に人の心をなくして、怪物になる前にと」

「わ……」

「貴方は昔、俺達にとても酷いことをしたよね」

びくりと肩が跳ねた。顔が上げられない。

降り注ぐのは、脳を痺れさせる程の甘い声。

「覚えてるかな。貴方はね、俺達の身体に異形の遺伝子を移植した」

「……っ」

「酷いことするね?」

「私がしたんじゃない……」

「そうだった。貴方の仕事はそんな怖い組織に子供たちを斡旋することだったね」

「私は……」

「俺の仲間は貴方をとても恨んでいて、貴方の破滅を望んでいる。だから俺はそれを実行するんだけど」

「……」

「でもね、俺は貴方を許すし、慈しむことができると思う」

やや柔らかくなった声音にゆるゆると顔を上げる。

「だってこれから貴方は心が壊れるくらい責められて、傷つけられて、ズタズタにされるから。俺が貴方をそこに導くから。だから俺は貴方を許して、愛することができる」

「……」

「罪をおかした者が刑期を終えても責められるのは、償いが目に見えないから。目を潰し、腕と足をもぎ、全身を炎で焼けば皆許してくれる。そうでしょう?」

天の使いのように美しい青年が目の前に立っている。

罪を償って、許される。

愛される。

彼に。

ヴァンクリフにとってそれはとても甘美な響きだった。

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