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窓際神官は月を見上げる  作者: のむらなのか
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第4話《side:シナト》

シナトが建物の外に出ると生暖かい風に頬を一撫でされた。

今日は朝からジメジメしている。

空には青空が見えていて天気はいいのだが、地面には明け方まで降り続いた雨がまだ残っている。風が吹くと髪の毛が頬に張り付くのが気持ち悪かった。

何気なく後ろを振り返ると聖職者達の根城『水の塔』と呼ばれる威圧的な建造物がこちらを見下ろしていた。

塔を中心に人の念のようなものが渦巻いている。

妄想でも、目の異常でもない。シナトの瞳にはそれが本当に映る。

「……」

シナトは、人の心を見ることができる。

しかしそれは他人が何を考えているか読みとれるという訳ではない。

例えば誰かがシナトを殴ろうと思った時、シナトは『殴ってやる』という思考は読めないが、自分に悪意や敵意が向けられたことは知覚できる。黒いトゲトゲしたものが肌に刺さるのだ。

なぜそんなことが見えるのかというと、シナトが術力感知能力に優れているからである。

実際に殴る前に頭の中で殴る手順をイメージすれば無意識に術力が動く。心の動きと術力の動きは常に連動している。

シナトの瞳はその術力の動き、色、強さを細かく分析し、その結果、他人の考えていることが何となく分かる、という訳だ。

……色恋沙汰以外は。

ちなみに人は誰でも術力を持っている。聖職者ではなくても。能力を発現できる程の量をもっているのが聖職者というだけだ。

シナトは塔の一番天辺を見つめながら今回の一件を考えている。

「……」

法衣のポケットからゴソゴソと取り出したのは、飲めば人智を越えた力が手に入るらしい小さな錠剤だ。それを手のひらにのせて眺めてみる。

……背中がゾワゾワした。

白い錠剤にまとわりつく黒い悪意。

耳障りのよい謳い文句で誘き寄せて、絡めとろうと待っている。

黒にも色々あるが……シナトの知らない黒だ。鴉とも墨汁とも夜空ともとも違う。

あえて近い存在をあげるならば、長い間手入れされていなかった排水溝のヘドロだろうか。ヌラヌラ、テラテラと光る気色の悪い、アレ。触りたくはないけど、放っておくともっと悪いことになる。

それはつまり最悪な工程で作られた最悪な薬ということだ。

そしてシナトはこの吐きそうな黒が絡み付いた人間を知っている、ついさっき会ったばかりだ。

(ヴァンクリフ一級神官)

彼に絡み付いた黒の悪意はこの薬の悪意と同じだった。

「同じ……」

シナトに下った仕事はこの薬を調べる事。

仕事を命令してきたのは教主、つまりシナトの父親だ。カサネはこの薬の入った封筒を教主から受け取ったと言った。

そしてヴァンクリフはそのライバルと目されている。

「……」

ヴァンクリフ一級神官はこの薬の出所と密接に繋がっている、かもしれない。この薬を調べてそれを裏付ける証拠が出てくれば、シナトは追及するだろう。

教主は手を煩わせることなく、ライバルを蹴落とせるという訳だ……。それが父親の狙いだろうか。確かにヴァンクリフ一級神官は民衆からの支持、特にご婦人方からの人気は高いが……どうにもしっくりこない。

父親の考えはシナトにはよく分からない。彼はシナトの眼を警戒して姿を見せないので。しかしシナトにとって父親よりよほど気にかかるのは……。

(白いのはカサネだな)

ヴァンクリフ一級神官に絡み付く二色の思念の内、白い方を思い出してシナトはため息をついた。

カサネとは五年の月日を共にしている。それは家族と言い張るには短いのか、友人と称するには十分なのか。

シナトの眼を持ってしても、カサネのことはよく分からない。父親のように姿を見せないからではなく、あんなに傍にいるのに。いつも見ているのに。彼の心は異国の書物のように、難解なのだ。

分かっているのは彼は過去に問題を抱えているということ。彼は過去に決着をつける為に今を生きている気がする。彼がシナトに出会う前の事情だ。

(カサネは)

ヴァンクリフ一級神官と親しいようだが、ただの友人というだけではないだろう。彼の人間関係は一部を除いて利益が発生する時にしか結ばれない。

(教主が失脚を望む男とカサネが親しくしている……)

カサネはこの件で教主と何かしらの取引があるかもしれない。

もし取引しているとするならば、それは彼の過去に関わることだろう。

「……」

とりあえず薬の事を調べる前にカサネに話を聞く方がいいだろう。

カサネを待つために、シナトはその辺の階段に腰を下ろした。長い階段は水の塔に続いている。

「相変わらず無駄に長いな……」

どうしてこういう偉そうな建物は山の頂上にあったり、何百段も階段を登った先にあるのだろう。まるで苦労するのが正しいと言わんばかりだ。

シナトが建設に許可を出す立場なら絶対却下する。設計ミスだ。効率が悪いし、優しくない。老若男女、誰だって訪れやすい建物にすべきだ。

そんなことを考えていたシナトだが、ふと眉根を寄せた。穏やかでない色の風を見たのだ。

すばやく立ち上がった。

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