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窓際神官は月を見上げる  作者: のむらなのか
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第22話《side:カサネ》

刹那、窓ガラスを突き破って幾羽もの鴉が室内に飛び込んできた。まるで夜が流れ込んできたかのように室内が黒く染まる。

しかしカサネが腕を振るうと、夜を焼く朝日のごとく狐火が一瞬で鴉を灰にした。

「ガ……ッ!!」

奇妙な呻き声を上げたのはヴァンクリフだ。カサネが視線を向けるとヴァンクリフの肩には鴉が一羽とまっていた。しかし様子がおかしい。目の焦点が合わず、額には脂汗が浮かんでいる。口から涎を滴ながら呻く姿には、かつての涼やかな一級神官の面影はなかった。

「あ、ああ……」

ふらふらと数歩あるいて、彼は動きを止めた。それから顔を上げた時、そこに浮かんでいたのは穏やかな表情だった。口を開く。

『利用価値ならある』

「……」

『久しぶりだね』

ヴァンクリフの唇から発せられた声ではあったが、それが『誰』なのか、カサネはすぐに分かった。

「お前か」

『嬉しいよ。君が子供の頃と変わらず、いや、あの頃よりも美しく、より純度の高い憎しみを抱いてくれていて』

それは組織でカサネや仲間達を実験動物として扱った男の口調だった。穏やかで、優しげですらある、博士と呼ばれていた男。

『それに愛する者までいる。状況としては上々だ。まぁ君ももう立派な大人だから、女性の趣味には口を出さないが……もう少し教養のある子を選ぶと思っていたんだけれど』

「あの人について、何も語るな。お前が」

『素晴らしい。やはり利用価値はありそうだ』

「お前らの手の上で踊る人じゃない」

『彼女を利用するのは私ではないよ、君だ』

「……何だと?」

『この世で最も愛する者を殺した時、君は異形として覚醒する。君は今彼女への愛を育てている所。彼女は君がより強くなるための鍵。君はいつか殺すために彼女を愛している最中なんだよ」

頭がグラグラした。

「あり得ない」

『今の君では組織には勝てない。この彼を見てごらん。君が時間をかけて洗脳してきたのに、今は私のいいようにされている。君の支配が完全には及んでいなかったということだ。彼女を殺しなさい。彼女を殺すということは、君の人間としての心を殺すということだ。それは更なる進化を君にもたらすだろう。それともここで進化を止めて復讐を諦めるかい?そんなことは出来ないだろう?これまで犠牲にした仲間達のために』

「……」

『予言してあげよう。君は必ず、最愛の女性を殺す。その憎しみを糧に敵を殺し尽くし、組織を滅ぼすだろう。そして築き上げた死体の山の上で周りを見渡してごらん。君を崇める異形共、ひれ伏す人間達を見るだろう。完全な異形の王の誕生だ。楽しみだね』

「組織の壊滅が楽しみだと?」

『私の興味は異形の王の誕生の瞬間、ただそれだけだよ。昔からね。……じゃあこれは私からのプレゼントだ。王の誕生、その序章が始まったことの。その辺りには神官がウジャウジャ湧いているから、この目で見ることができないのが残念だが……まぁどんな顛末を迎えるか……楽しみにしているよ。では、受け取っておくれ』

にこやかに放たれた台詞の直後、肩に止まっていた鴉がその嘴をヴァンクリフの首筋に突き立てた。

「あああああ!!」

一級神官の絶叫が木霊する。鴉の嘴からは何かが注がれたように見えた。

ヴァンクリフが両手の爪を頬に突き立ててガリガリと掻きむしる。肩から鴉がボトリと落ちて床に転がった。しかしそれはもはや魂の宿らないただの死骸だ。虚ろに濁った目玉がカサネの足元を向いている。

「あああ、あぁぁぁぁ、あ!!」

迸る絶叫は苦痛と、これから自分の身に起きる変化への恐怖、組織に見限られたという絶望の三重奏か。

その惨めな音色はカサネを黒い欲望の淵へ誘う。

ざわざわと残酷な気持ちが沸き上がってくる。

(これはもう役には立たない)

ならばこれから破滅に向かって躍り狂うであろうこの人間がどう死ねば多少は面白いか。

組織の人間を殺させるか。

教会の近くで暴れさせるか。

(やめろ)

カサネは自身に命じる。

人間の命をおもちゃとして扱うならば、それは復讐ではなく、異形としての本能を満たすための行動だ。それはカサネの中の異形の力を高める、その先に待つのは、

(シナトさん)

彼女の死ではないのか?

あの蒼く澄んだ瞳が濁り、白い肌を赤い血が彩る。それを全て舐めとって、物言わぬ唇を貪ることができたなら、もはやカサネには畏れるものなど何もないだろう……。

想像は思った以上の破壊力をもってカサネの脳みそを揺らした。

シナトのことを思うとカサネはいつもこうだ。

彼女の言うことを何でも聞いてあげたいと思うのに、どうしようもなく傷付けたい。

抱きしめて温かさを感じながら髪を撫でたいと思うのに、どうして四肢の自由を奪って檻の中に閉じ込めたいとも思うのだろう。閉じ込めて少しずつ衰弱させて何もかも管理して、俺の機嫌を取るためだけに喋って、笑うあの人が見たい。

無愛想な顔に壊れそうな笑顔を張り付けて、誰にでも優しくするあの唇は俺だけのために話す。

それが出来ないのなら……彼女を自分の記憶の中だけの存在にする。思い通りにならない本当の彼女を消して。


……急に平衡感覚を失って足元がふらついた。


組織の悪意に触れたからか、思考が安定しない。

気が付けばヴァンクリフの姿がなかった。

「……最悪の失態だな」

顔を上げると机の上の水鏡が目に入る。鏡の中ではシナトが青年の指先から虫のような何かをくわえた所が映っていた。

「……」

カサネの心に冷えた感情が広がるのが分かった。

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