表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
窓際神官は月を見上げる  作者: のむらなのか
14/33

第14話《side:リリールゥカ》

あれが何を目的とした組織なのか、私達は実験の成功例なのか、それとも失敗作なのか、リリールゥカにはよく分からない。

あそこにいた時間の全てが、ただただ苦痛で、ひたすら早く終わってほしいと祈るだけの時間だった。


(……カサネ様)


眩しく美しい人。

彼は組織にいた頃から特別な存在だった。

組織の人間でさえ彼の前に立つ時は緊張しているように見えた。

冷たくて暗い地獄から私達を連れ出してくれた人。

だけど五年前、彼はいなくなってしまった。突然。

仲間を見捨てて逃げたとか、組織に捕まったとか、色々な憶測が飛び交った。

彼は本当は組織の回し者で自分達が怯えているのを観察して楽しんでいる、なんて酷い噂までたった。

……光だったから。

彼は皆のリーダーで、希望で、道標だったから。突然いなくなって、そう言わなければ保っていられなかった。

ナキとミカエルが懸命に仲間を引っ張ってくれなければどうなっていたか。


でも一ヶ月前、王都に偵察に出てきた仲間が帰ってくるなり焦った様子で捲し立てた。

街でカサネ様を見た、と。

彼は黒い法衣を身に纏っていた。教会の神官になっている。灰色の髪の地味な女神官の部下のような様子だった。



『ずっとその女の所で身を隠していたのか』

『彼の身体には異形の力が宿っている。教会は彼の敵であるはずだ。何故神官になっている?』

『まさか仲間だった自分達を捕まえて引き渡すことを条件に命乞いをしたんじゃないのか!?』


カサネ様に再び会うことができた興奮と、やはり五年前捨てられたのではないかという絶望と。色々な感情が混じり合い、私達は怯えた。


『確かめてくる』

ナキがそう言ったのは仲間の狂騒を見かねての事だ。彼はカサネが姿を消した当初から、いなくなった人間を頼りにしても仕方ないと冷静な態度をとっていた。二人は親友であったのに、この五年間カサネのことを口にすることはほとんどなかった。

ミカエルが賛成と同行の意を示し、二人は王都に旅立った。


……リリールゥカはその二人の旅にこっそりと着いてきたのだ。

私にこんな行動力があるなんて……自分でも信じられない。

でもどうしてもカサネ様に……謝りたかった。


私達はそれほどまでに彼を追い詰めてしまったのだ。

この五年間、ずっと後悔していた。カサネ様に全て押し付けて、依存して……そんなの仲間じゃなかった。


重荷なだけだった。



『やあ、ナキ。ミカも久しぶり』

待ち合わせ場所に、カサネ様はふらりとやってきた。まるで昨日も一昨日も会っていたみたいに自然な笑顔で。

そこでリリールゥカは聞いたのだ。

この五年間、ナキとミカエルはカサネと秘密裏に連絡を取り合っていたことや、自分達を組織に売った神官を追い詰める計画をたてていることを。

それを聞いた時、リリールゥカはただ涙が出た。

(カサネ様はやっぱり裏切ってなんかなかった)

ずっと仲間を思ってくれていた。

それだけで胸がいっぱいになって蹲っていたら、ナキに見つかった。というか尾行していたのはとっくにバレていた。

五年前、どうしてカサネが仲間達から離れなければいけなかったのか、その理由も聞いた。それを聞いてまた涙がでた。


王都での滞在を許されたリリールゥカはせめて足手まといにならないようにと思っていたのに、未だ伝えられていなかった謝罪の言葉を伝えたくて、いてもたってもいられず教会の側まで行って……あの失態だ。

リリールゥカは呼吸をするのも嫌になるほど恥ずかしくなった。

……その時助けてくれた人は、ベッドの上に横たわっている。

この女性をよろしくとそう言って、彼は行ってしまった。

(どういう人なんだろう……?)

凍てついた湖を思わせる蒼い瞳を持つ人。その目は他人の感情を見透かすらしい。そんな風なことをミカエルが言っていた。

不気味だとは思わなかった。怖いとも。

その目はリリールゥカの、すぐにパニックを起こして頭が真っ白になって何もできなくて自己嫌悪する心も写すのだろうが、それはもう仕方ない。

「……」

その時、何が光った。顔をあげる。

「……わ、綺麗」

そこには一匹の青い蝶が舞っていた。

(……本当は一頭と数えるんだっけ?一羽?)

薄い羽に描かれた模様は繊細で、羽ばたく度に照明に反射してきらりと光る。

蝶は数回リリールゥカの周囲を舞うと、やがてシナトの頭上で動きを止めた。

そして、落ちた。

コツッ、という音が聞こえた。

「あ」

「……。……った」

シナトの額に落ちた蝶はそのままベッドの上に転がった。

うっすらと目を開けたシナトはその美しい羽をつまみ上げ、それから傍らに座るリリールゥカに気付いたようだ。

「おはようございます」

「あ、うん。おはよう……」

「あげます」

「え?」

シナトの掌には先程の青い蝶が鎮座している。それを暫く眺め、リリールゥカは首をかしげた。

「これ……氷で出来てるの?」

「そう」

手を伸ばすと氷の蝶はひらりと舞い上がり、リリールゥカの顔の方へ飛んできた。

それから姿が見えなくなったので辺りをキョロキョロと見回してみる。

「あれ?いなくなっちゃった」

「頭に止まってる」

「頭?私の?」

「髪飾りみたいになった……」

寝起きだからだろうか?それとも飲まされた薬の影響がまだ残っているからなのか、シナトは少しぼんやりしていて、無防備というか……纏う雰囲気が随分緩かった。

「何で起きられたの?カサネ様は暫く起きないって」

「枕が代わるとよく眠れないから……」

本気とも冗談ともつかないことをシナトは言い、それからガシガシと頭を掻いた。

「あーだめだ……まだ眠い……」

重そうな目蓋を擦りながら、シナトはベッドから立ち上がった。しかしその足元がまだフラフラしている。

「あ、危ないよ」

「でも寝てたら寝てしまう……」

そのまま部屋の外に出ていこうとドアノブを回して、また回して、ガチャガチャと音をたてた後、振り返ってこちらを見た。

「開かない。カサネがここから出すなって?」

「ううん。カサネ様は貴方の好きにさせていいって言っていたけど……私とミカで話し合って」

「なるほど」

シナトはふらふらと扉から離れ、再びベッドに座った。

「……私を人質にして『ここから出せ』とかしないの……?」

「えー……」

シナトは嫌そうな顔で、こちらの発言に対してちょっと引いているような声を出す。

「人質にされるようなシチュエーションに身を置かない方がいいと思うよ」

「……貴方がそういう人ならいいのにな、って。カサネ様に告げ口したら嫌いになってもらえるかもしれないから」

「あー罠だったんだ。可愛い顔して結構小賢しいな」

辛辣な台詞を吐きながら、なのにシナトはさっぱりとした笑顔を見せた。

「カサネの仲間が私の事を嫌っているのは結構なことだ。私を嫌いっていうのはカサネへの好意の裏返しだろうから」

「いいの?」

「カサネがお仲間と仲直りできるといいな。詳しい事情を私は知らないし、簡単な話でもないんだろうが。まぁ大体の問題はカサネが悪いんだろうから、とりあえず全方位に謝っとけと思うけど」

「カサネ様は何も悪くないわ、私が」

「いや、悪いだろう」

「え」

「態度が悪い。人相も悪い。説明不足。拗れる原因は全部カサネだ。遠慮なく股間蹴りあげて反省させた方がいいと思うね」

「……」

リリールゥカはビックリした。この人はカサネに対して……

「信仰心を持っていないんだね……」

シナトから語られる言葉の裏にあるのは親愛だ。

「ん?……あー、なるほど。そうくるか」

「え?」

シナトの声が少し低くなったので、リリールゥカは振り返る。シナトの視線は一点で固定され、唇は一文字に引き結ばれていた。

視線を辿り、リリールゥカは納得する。

施錠された扉の隙間から大量の蜘蛛が這い出てきて、壁と床を黒く埋め尽くそうとしていた。蜘蛛はミカエルに宿る異形の力、彼女の仕業だろう。蜘蛛は子供の掌くらいの大きさ、足は長く、腹はぷっくりと膨らんでいた。

「ミカ……」

「蜘蛛、平気なの」

シナトの質問にリリールゥカは頷く。

「うん。見慣れてるから」

「そう……。それにしても虫責めだな、今日は」

溜め息混じりの台詞が聞こえてくる。シナトはリリールゥカを遠ざけ、扉に向かって一歩を踏み出した。

その頭上に大量の蜘蛛が落下してきたのは次の瞬間だった。

流石にリリールゥカも目を剥いた。

「ミカ……!!」

シナトは俯いて、身体を強張らせている。蜘蛛の雨をやり過ごすと、今度はその蜘蛛達がシナトの身体にまとわりついてくる。

「ミカ!!やめて‼」

シナトに駆け寄り蜘蛛を払い除けようと手を伸ばすと、シナトは首を降った。

「平気。どうもありがとう。彼女は私を試したいみたいだから、認めてもらえるまで堪えてみる」

「……」

そう言われて手を止めかけたが、やっぱり手を伸ばし、リリールゥカはシナトの細い腰に抱きついた。

「ミカ!ダメ!私、カサネ様に頼まれたの、この人をよろしくって。酷いことしないで!」

精一杯大声を張り上げた。つもりだったのに、普段より早口になっただけの声は口の中に籠り大した声量ではなかった。……情けなくなってくる。

「ありがとう」

清涼な声が聞こえて顔を上げると、シナトがこちらを見下ろしていた。

「貴方は心が綺麗だから、見てると……何かこう、しゃんとする。気持ちが。カサネ達が貴方にそばにいてほしいと思う理由がよく分かるよ」

「……」

リリールゥカはまたびっくりした。自分は誰かに望まれたことなんかない、ただ自分がキラキラした人達にくっついて、そして皆優しいから邪魔だと言わないだけなのに。

ガチャリと扉が開く。

「ちょっと。リリーが真面目ないい子だからってたぶらかさないでもらえる?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ