第13話《side:カサネ》
「あの、カサネ様。もしあの女の人が起きたらどうしますか。ここから出さないようにした方がいいのでしょうか」
カサネとナキがアパートを出ていこうとした時、リリールゥカが困った顔で追いかけてきた。
シナトは今ベッドに横たわり、ぴくりとも動かない。薬のおかげだろう、シナトの瞼は固く閉ざされ、当分目覚める気配はなかった。
「夜まで起きないとは思うけど……そうだな、もし起きたら……」
もし目を覚ましたら、彼女はどういう行動をとるだろう。
自分を止めようとするのか、見守るのか。
寄り添うのか、拒絶するのか。
よく、分からない。
彼女は時々、不可解だから。
「……」
今日のこの日のために、自分と教会の間でそれなりの準備と段取りと交渉があったのだけれど、シナトという人はそういった裏工作を忌避する性質があった。彼女も複雑な生い立ちなのだから世界の裏側や汚さを十分見てきたはずだ。それなのに人の善意を信じる純真さというか、幼さが抜けない。
彼女はカサネにとってこの世で一番興味深い、愛でるべき対象であるが、時折強烈に胸をざわつかせる存在でもあった。
遠い遠い星から来た、違う文明を生きてきた異星人みたいに感じる時がある。
「……好きにさせて構わないよ。出ないように言ったところで、いいなりになる人ではないから。まぁ、足止めくらいは置いておくよ」
「分かりました」
「あまり表情のない人たけど、怒っている訳ではないから。愛想笑いが未だ会得できないだけなんだ」
「はい」
「それから……リリー」
「はい」
カサネはリリールゥカの頭を優しく撫でる。
「眼帯、似合ってるよ」
「え、あ、はい」
「じゃあ、いってくるね。シナトさんのことよろしく」
「……っあの、カサネ様っ」
思い詰めたように呼び止められた。
「うん?」
「あの……」
「うん」
「……いえ。頑張って下さい……」
「ありがとう」
この子も優しい子だ。リリールゥカが本当は自分に何を伝えようとして、飲み込んで、送り出すための言葉を紡いだのか、カサネは想像できる。
けれど悲しそうな少女の姿を、錆び付いた扉で遮り視界から追い出してしまうのだ、自分は。
部屋の外に出ると、カサネはふと空を見た。
ピィィィと鳥の鳴き声がした。
「……ラブレターかな」
カサネが手を差し出すと、鳥は指先に止まり、小さな体はフッと一枚の紙に変わった。
カサネは紙面に視線を落とし、それから顔を上げた。隣にいるナキに笑みを向ける。
「教会からだ」
「何て?」
「ヴァンクリフ一級神官が体調不良で早退されたそうだよ」
「体調不良、な」
「心配だから、お見舞いに行こうか」
掌に軽く息を吹き掛けると紙切れはひらりと舞い上がり、一瞬で燃えてなくなった。




