第12話《side:ナキ》
ギイィィィ、と古びたアパートの錆び付いた扉が開く音。
顔を上げるとカサネが白い法衣の聖職者を抱きかかえ、室内に入ってくる所だった。
ソファーに腰掛けていたナキは友人に声をかける。
「大丈夫なのか」
「何が?」
「……」
視線で腕の中でを示すと、カサネは「ああ」と言った。
「平気だよ。少しの間眠ってるだけだ。この人にうろうろされたら、俺の気が散って仕方がないからね」
「……意外だな」
「ねぇ?」
他人事のようにカサネは首を傾げてみせる。
「カサネ様ぁ」
「なんだい、ミカ」
ミカエルはソファーに寝そべりながら湿っぽい目線をカサネに送っていた。
「その女のどこがいいんですかぁー……」
「憎らしいところかな」
「意味わかんないぃ……。でも好き、キスしてほしい」
「いいよ」
「やだぁ、軽い。重いのが欲しいの‼カサネ様の馬鹿……」
カサネが微笑むと、ミカエルは見えない弾丸に撃ち抜かれて、ソファーに顔を沈めた。
「うぅ……美の暴力……」
「カサネ様」
リリールゥカが隣の部屋から顔を出す。
「ベッドの用意ができてますので、良かったら」
「ありがとう、リリー」
腕の中の女性が本当は硝子か何かで出来ていて、丁重に扱わなければ砕け散ってしまう……とでも思っているかのように、カサネは慎重にシナトを隣室まで運んでいく。
「国宝だろうが王族だろうが笑顔でおざなりに扱う男のくせにな」
「悪口かな」
隣室に消えたカサネはすぐに戻ってきた。眠るシナトの傍にはリリールゥカがついているようだ。
「昨夜はお疲れ様」
ソファーに腰を下ろしながらカサネが口を開いた。
「廃工場の爆発火災は記事になっていたが、俺たちのことも、組織のことも、あそこで保護された子供たちのことも何も書かれていなかった。教会が握りつぶしたのか?」
「そうだね。もうすでに教会に保護されていたはずの子どもたちが何故かまた保護される……なんて記事を絶対に書かせる訳にはいかない。どうしてそこにいたのか?何をしていたのか?追及されるのは教会にとって非常にまずい……。悪の組織への孤児の斡旋事業……しかもそれが教会の中枢に近い人物、奥様方に人気のヴァンリフ一級神官によるもの……なんて世紀の大スキャンダルになるだろうからね。まぁ、真実は炎とともに燃やし尽くされた、という所かな」
「……教会の腐敗も酷いものだな。悪事を握り潰しておいて聖人の真似事とは」
「悪いことばかりじゃないさ。体裁を気にする相手とは取引できる余地もある」
清らかにカサネは微笑むが……ナキはどきりとする。その顔が組織で自分達を切り裂いていた狂人どもの笑顔と重なった気がしたからだ。
……そんなことを思うなんて、どうかしている。
「ヴァンクリフ一級神官は今頃組織と連絡を取っているよ。教会に自分の悪事がバレそうだから助けてくれってね」
カサネは息を吐いて背凭れに身体を預けた。
「アイツは自分のしでかしたことを覚えていないのか?」
僅かに驚いてナキはカサネを見た。
「アイツは組織との取引場所を俺達に漏らしたんだぞ?」
そう、ヴァンクリフは組織と取引に使う廃工場の情報をカサネに喋った。そして先回りしたナキ達が取引に訪れた組織の犬を駆除した。組織からすれば大損だったはずだ。それを招いたヴァンクリフを助けるはずがない。それなのに泣きつくとは……記憶や理性の欠損が始まっている、彼という人間が少しずつ崩壊しているのだ。
それをしているのは……カサネだ。彼がヴァンクリフの正気を喰っている。
「彼は今、夢と現の狭間にいる。正気に戻っている時もあれば、俺の人形として働く時もある」
「……カサネ」
「彼の身の破滅はもう避けようがない。でも俺たちの目的は彼でなくて、組織を潰すことだからね。彼を壊すのは見せしめに過ぎない」
「……」
ナキが黙り込むとカサネが微笑んだ。
「昔の約束は覚えてる?」
「……忘れた」
下手くそな嘘をつくと、カサネは今度は声をあげて笑った。昔みたいに無邪気に。
「……ナキ。ミカエル。五年前、俺は仲間を見捨てて逃げたよ」
「あれは……っ」
ミカエルが反論しようとするのを視線で遮って、カサネは言葉を続けた。
「逃げたよ。君たちは許してくれたけど、他の仲間は俺を許してないだろう?」
「……」
「俺たちはまだ組織の実験室の中にいる。今度こそ逃げ出すために、俺は異形の力を使うよ。だからもし俺が魂を喰われた時は……」
カサネがナキを見据えた。
「俺を殺してくれ。お互い、そういう約束だよ」




