ブロード暗殺未遂 -2
◆ ◆ ◆
イェッタに工房へと避難させられたブロードは、魔石錬成の作業に集中──
「だめだ」
できなかった。
どうにも集中力が中途で途切れてしまう。
イェッタは「大丈夫」と言ってくれたが、相手が“魔術矢”を使ってきたことが気がかりだ。
自分の両親は爆破の魔術によって引き起こされた落盤事故によって、永遠にこの世から失われた。
ブロードに魔術の心得はない──が、それが魔王連合国家において主流文明であり、ある種の戦闘技法として扱われていることは知っている。ちょうど、ブロードたち人間の国が魔石を発掘し、錬成し、魔剣などの武具に鍛造するのと同じように。
ブロードは工房内の、魔剣と連動する魔石の欠片を見やる。
《ブロー》《レード》共に健在であることを示す輝き。
二人なら無事に帰ってくるだろうという予想が外れたことはなかった……しかし。
「ちょっと調べてみるか」
言って、魔術矢を使う暗殺者の類について、彼は最も信頼する情報源と通話するための魔石を取り出した。
◆ ◆ ◆
「くそ!」
赤い刀身の魔剣から分離した小型レードを四本投擲して、相手の魔術矢に対抗する。
弩に装填される魔術矢の数は相当数にのぼり、傭兵の主兵装はむしろ弓矢の方であったのでは、とイェッタは思考せざるを得ない。
しかも。
「邪剣を壊せば壊すほど相手が増えるのは、厄介の極みですね」
ノルシェーンが呟く通り、相手の邪剣は破壊されればされるほど、その質・量・そして使用者を増やしていく。
むしろ、傭兵の奴はそれを戦術に組み込んで戦っているような印象を受ける。
「あれから、すでに三回破壊も破壊してしまった」
「言っても詮無いことです、ノル殿」
現在、イェッタとノルシェーンが相手取っている員数は六人に増えている。六つの刀身を備えた邪剣を握りながら、傭兵たちは嗤う。
「そろそろ降参してもいいんじゃないかな?」
実質、2対6。
しかも、相手の邪剣を破壊すれば、戦闘員数は増えていくばかり。
火炎の破壊力を伴う《レード》にとっては、逆にやりづらい相手となった。
「こうなったら……」
イェッタは魔剣を背に戻す。
「やっと降参?」
そう告げてくる相手を無視して、イェッタは無手の拳を握る。
「まさか、剣と弓相手に、徒手空拳で戦おうって?」
「何か文句でもあるんのか?」
イェッタは挑発するように両手で手招く。
傭兵エーブリクトは沈思と塾講を余儀なくされるが、あまり時間をかけられる状況でもない。
エーブリクトたちは即断する。
魔術矢のボウガンによる援護射撃二人、邪剣を振るう近接攻撃一人という陣立てを形成し、イェッタを襲う。
破壊力を増す旋回を付与された弓弾が射出され、黒髪のメイドの胸と腹を貫く軌道を描いた……が、
「な」
邪剣を振るう傭兵は瞠目させられる。
魔術のこめられた“矢”を、イェッタは素手で、指の隙間でとらえて、砕き折った。
どんな戦巧者でも不可能に思われる芸当だが、イェッタにとっては簡単な作業、そして、
「ぐ、が」
邪剣を振るわんと接近していた一人に、一つの魔石を付与──すると、魔石が鉄のように硬い縄状に相手の身体を緊縛・拘束していく。
「チィ! こっちの弱点に気づきやがったな!」
そう。
邪剣の増殖能力は厄介の極み。だが、それを発動する要件を満たさなければ、何も問題ない。
「ぎっ、くそ! 解けねえ!」
「ノル殿!」
「心得た!」
相手を拘束することで無力化していくしか方法はない。
二人は迷うことなくブロードから授けられている魔石を取り出し、一人、二人、三人と拘束し、邪剣を丁寧に回収していく
残るは二人。
「くそ──ボクは負けるわけにはいかない、ボクには金が必要なんだ」
そんなことなど知るかと吐き捨てたいノルシェーンとイェッタ。
「だから──最後の手段!」
「させるか!」
相手が何かする前に止める──そう判断したイェッタであったが、相手が取り出したのは邪剣ではなく、極大の盾であることに眉を顰めた。
さらにどこかで作動する攻城弩の豪音。
「この音の方角、まさか!」
イェッタは長耳を戦慄かせた。
相手はの狙いはあくまでブロード、屋敷へと向かって射出される魔術矢の雨霰──それを確認せざるを得ないイェッタは、迷うことなく背中の魔剣を抜いた。
「《レード》最大励起!」
魔剣の表面がマグマのごとき灼熱と劫火を吐き出した。《ブロー》を握るノルシェーンが、最大励起の危険性を訴えるが構わない。
イェッタは魔剣を振りぬいた。
「《赫灼たる火山》!!」
火山噴火もかくやという爆音が轟いた。
業熱と大火の刃に貫かれた魔術矢の雨が灰と化して塵に帰る。
「かッはぁ!」
魔剣の最大励起によって、イェッタの体力気力がごっそりともっていかれる。
しかし、これでブロードの安全は守られ
「いけない、イェッタ殿!」
ノルシェーンが悲鳴じみた警告を発した時、すでにそれはイェッタの直情にあった。
攻城弩の狙いは屋敷だけではなかった。
エーブリクトは、攻城弩の狙いのひとつを、イェッタにも照準していたのだ!
「イェッタ殿!」
ノルシェーンが腕を伸ばすが、間に合わない。
一方のイェッタも、攻撃も回避も、防御さえ間に合わない。着弾と同時に五体をズタズタに引き裂く黒い雨を仰ぎ見るしかないイェッタ、その耳に。
「魔剣」
ありえざる声が響いた。
黑雨の矢弾を、夜のごとき漆黒の一刀で撃墜させしめた魔剣の能力。その場にいる全員が度肝を抜かれた。ノルシェーンとイェッタの絶叫が重なる。
『ブロード様!』
この場にいるはずのない主人の名だった。
黒白のまばら髪に、笑顔で飾った表情を従者二人に向けて、ブロードはたずねる。
「二人とも、大丈夫?」
「だ、大丈夫って」
「いまはそれどころでは」
彼女たちの死線が転じた先。
「は! こいつはいい! カモがネギと鍋しょってやってきやがった!」
ボウガンを照準する傭兵に興味なさげに背を向けて、ブロードはイェッタの両手を診ていた。
「うーん、最大励起はまだ危険だから、僕がいないところで使っちゃダメって言ったでしょ? 《心臓》への負荷も重かったろうに」
「いや坊ちゃま、ブロード様、後ろ!」
敵の危険を訴えるイェッタであったが、
「魔剣」
漆黒の魔剣と対をなすような、純白の魔剣。
彼の一言──魔剣発動で、傭兵エーブリクトは、すべての行動を停止させられる。
「こ、これって」
「“天上五剣”」
健在のノルシェーンは、正確に主人の両腕に握られる魔剣を洞察しえた。
「ブロード様が打ち出した最上級の魔剣“天上五剣”、五本のうちの二本」
征服の《エーヴェヴィンナ》と、寛大の《シェネレース》。
ブロードは、シェネレースの力を開帳してみせたのだ。
「この《シェネレース》の力で、君の害意、敵意、戦意を緩和させた──これでもう、君に僕は撃てない」
「はっ。何を。ばかな……、って、あれ?」
傷ついたフード付きマントの奥で、涙が零れる気配が。
幾度もボウガンの銃爪を引き絞ろうとするが、指先はその意思を拒絶して硬直するばかり。
「そ、そんな」
「傭兵“ボウガン使い”のエーブリクト、いろいろと調べさせてもらったよ」
ブロード・スヴェート公爵は、まるで風に語り聞かせるかのように、訥々と語り始める。
「本名、フェリ・エーブリクト。
エーブリクト孤児院出身。現在は傭兵として働きつつ、孤児院の運営費用の念出に従事。孤児院の子どもらの世話も受け持っているそうだね? 魔術の才能にも恵まれ、魔術学園にも入学したが、中途退学している」
「チッ……それが?」
マントのフードが引き裂かれたように落ちた。
露わになったのは、ガラスのように澄明な水色の短めの髪と、10代半ばほどの少女の面貌。
敵対する意思を奪いつくすように、ブロードの説明は続く。
「けれど、最近は孤児院の立ち退きを迫られ、どうしても大金が必要だった──それが、今回の依頼を、魔石卿の暗殺を命じられた理由だね?」
「だ……だったら、どうだって言うのよ? 大人しくアンタの首よこすっていうの?」
「君がもらう予定だった金額は?」
「……は?」
「だから。僕を殺すことで得られるはずだったお金の話だよ」
ブロードは自分を殺害しに来た傭兵を相手に交渉を持ち掛けた。
「その倍、いや三倍の金額を僕が出すと言ったら?」
「そ、そんなことで任務を放棄したりしたら、ボクの傭兵としての信頼は」
「五倍」
「…………~~~~っ!」
ブロードは魔剣を鞘に納め、エーブリクトに手を差し出していた。
傭兵は疑いの目で彼を見つめる。
「……は」
「──は?」
「話がうますぎる! 絶対に、なんか裏がある!」
「もちろん。御給金の分は、ちゃんと働いてもらうつもりだよ?」
「ブロード様、まさか」
ノルシェーンは納得とも理解とも言い難い声色で主人を見やる。
ブロードは頷いてみせる。
「増加の邪剣を使っていたとはいえ、イェッタさんとノルを単独で追いつめた手腕は見事なものだ。できれば、僕の陣営に加えて、将来の戦力になってもらいたい」
だめだろうかと首を傾げる少年公爵に、エーブリクト──フェリは足をドタドタさせて考え込む。まるで小さな子供が重大な決断を迫られた時のような、純な反応。
傭兵稼業で得られる給金と、ブロードの提示した“五倍”という契約内容。
天秤はブロードの方へ一挙に傾いた。
「いいわよ──乗ったわ。その話!」
「ありがとう! エーブリクトさん」
フェリ・エーブリクトは、ブロード・スヴェート公爵の陣営に加わった。
こうして、ブロード暗殺未遂事件は幕を閉じた。
・登場人物紹介
〇フェリ・エーブリクト
種族・人間。孤児院育ち。
職業・ボクっ娘の傭兵“ボウガン使い”