ブロード暗殺未遂 -1
◆ ◆ ◆
「坊ちゃまはここで待機を」
イェッタは地下工房にブロードを運んだ。
ここにはもともと魔石盗難防止用の罠が、縦横無尽に張り巡らされている。家人でもない限り、罠の餌食になることは必然の理であった。
「私はこれから出撃し、あらためて敵の人数と正体を探ります」
それを可能にするのが、ハーフダークエルフにそなわった鋭敏な聴覚である。
「イェッタさん」
ブロードは心配というには程遠い感情──信頼の情でメイドを見送る。
「必ず、帰ってきてね」
言われたダークエルフの混血者たるメイドは、朗らかに笑ってみせた。
「無論です」
工房を去っていくメイドの後ろ姿を見送って、ブロードは暇つぶしに魔石錬成を開始する。
◆ ◆ ◆
魔剣を騎士のごとく構えなおすノルシェーン。
彼女には特別な剣才というものは存在しないし、剣術の腕もそこまで本格的に磨き上げた経験もない。
だが、魔剣保有者は、ある程度まで魔剣の補助を受ける形で剣技を発動できる。
構えは勿論、体捌きや足運びに至るまで、すべてが最適解化されるのが、魔剣の魔剣たる所以と言えた。
「シッ!」
細い剣先が“霜”を降らせる。ブローはその色合いにふさわしい氷の属性を帯びた魔剣。
切り付けられた部位が瞬間冷却される痛みは凄まじく、また、冷却された部位が徐々に拡大するという凶悪な性能が、最大の特徴と言っても良い。
しかし、
「なかなか、やるものですな」
ノルシェーンはフード付きマントを着た侵入者に対し、一太刀も当てられていない。せいぜいマントの裾を凍り付かせたのが戦果らしい戦果であった。
「なかなかやる? アンタが大したことないだけじゃ?」
「それは──否定しませんがね」
男装の執事……ノルシェーンは、剣技の才どころか、あらゆる武器の扱いに不得手である。魔剣ブローがなければ、侵入者との一騎打ちなど望みようもなかったのが正直なところ。これが純粋なエルフであれば、弓や短剣の扱いに長じ、森を縦横無尽に駆け巡る脚力と感応力、そして遠隔視と不老長命に恵まれる。だが、ノルシェーンはハーフエルフ──人間との混血であり、しかも人の血の方が濃かった。せいぜい人よりも老いにくく、長く生きることができる程度。それが御年1XX歳となる彼女の限界でもあった。
「それでも、私を《ブロー》の保有者に選んでくれた、この魔剣自体に、恥じぬ戦いをせねばならないのですよ」
「あっそ」
フード付きマントを被った傭兵が、ブローによって裂断され破壊された剣の柄を振るう。
……瞬間だった。剣が“二つの刀身”を伸ばしてみせたのだ。
ノルシェーンは驚愕しつつも、事実を受け止める。
「その剣、“邪剣”か!」
魔剣と似て非なる工程で製造された、邪なる剣──邪剣。
魔剣ほどの強靭性や操作性の難はないものの、魔剣と似た特殊能力を個々の剣が有しているのが特徴といえる。
傭兵は剣の名を呟き、起動する。
「邪剣」
刀身を二本に増やした剣を、傭兵は見事な太刀筋で使いこなす。
ノルシェーンは魔剣でいなし、流し、そして躱しながら、先ほどとの刀身の強靭性の違いに舌を巻いた。
刀身が増えるだけでなく、刀身の硬度も増加したがごとき、鮮烈な一合を交わす。
「邪剣使い、そして、その身なり──傭兵エーブリクトとお見受けするが!」
「あらら、正解」
「これは私の手には余る相手ですね!」
認めるしかなかった。
現段階での《ブロー》では、『最終発動』までもっていくことができない己の無力さに歯噛みしかけるノルシェーン。
「くっ。やはり、今度から空き時間には、イェッタ殿に稽古をつけてもらった方がよさそうですね……」
「ああ、好きにしろ。おまえさんが生きていられたら……ッ!」
次の瞬間。
真紅の軌跡が、邪剣の二重の剣を貫通し、バラバラに打ち砕いた。
「げ」
「……私はあくまで時間稼ぎと敵情視察ができればよかった」
ノルシェーンは事実を告げる。
そして、この世界で最も魔剣に適合している同僚に、後を引き継いだ。
「あとは任せます、イェッタ殿」
承知の声の代わりに、イェッタ・イェーンは魔剣を抜き払い、巨大な刀身を振りぬいていた。
傭兵は軽快な動きでそれを躱し、邪剣を振るう。二つの刀身が三つに増えていた。
ひとつの柄に三連刀身を握る傭兵は口笛を吹いてみせる。
「へえ。アンタが噂の“スヴェート公の猟犬”?」
「かような噂が流布しているのか存じませんが」
イェッタは懇切丁寧に応答する。それこそ女中として満点の受け答えであった。
「オレのご主人様に手を出そうとしたこと、地獄で悔いてもらうぞ!」
メイドの仮面は脆い。
破棄を剥き出したイェッタは武人そのもの。
漆黒の髪色を振り乱し、黒い長耳を突き出して、褐色の顔色に怒気をたたえたまま、魔剣を振るう。
瞬間であった。
「イェッタ殿、後ろ!」
ハーフダークエルフは反射的にノルシェーンの声に対応した。
「油断大敵」
「なにッ?」
さすがのイェッタも赤い瞳を瞠目せずにはいられない。
傭兵が二人……いや前後で三人組……三つ子か……否。どちらも否だ。
三連刀身のまったく同じ邪剣を持つ傭兵が、──“三人”に増えていた。
「どういうこと?」
イェッタの疑問符に応える気はない傭兵三人。
「まさかとは思いますが……あの邪剣の能力」
イェッタと背中合わせに魔剣を構えるノルシェーンは、最悪の推論に到達していた。
「あー、さすがにバレたか」
傭兵は誇るかのように口元を笑みの形に歪め、邪剣の真の能力を開帳する。
「これが、邪剣の能力」「この剣は一定以上のダメージを受けた後に破壊され」「その刀身の数と硬度を増加させる」
三人の声が連なった。まるで一つの意思のもとに統制されているかの如く。
「そして」「増えるのは刀身だけではない「邪剣使用者である僕自身も、増加の対象となる」」
未だ全貌を明らかにしないフード付きマントの下で、傭兵三人は弩を取り出し、構える。
「さぁ」「僕たちの攻撃に耐えきれるかな?」「増えていく僕たちの能力に堪えられるかな?」
イェッタは奥歯を嚙んだ。
それでも、退くことだけは絶対にありえない。
何故なら。
「調子に」
彼女の脳裏にあるのは、自分の絶対の主君。
彼を護るために、自分という存在は存在している。
「乗るなァ!」
傭兵エーブリクトとの戦いは、まだまだ序盤を迎えたところである。




