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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第一章
7/53

祝賀と陰謀






 ◆ ◆ ◆





 第一王女の婚約が正式に内定したことを受けて、国中が祝賀ムードに包まれた。

 しかもお相手は、あのスヴェート公ブロード。彼の勲功を知らぬ者は、モーナルキー王国に存在しない。彼の魔石と魔剣によって、王国がどれほどの発展を遂げたことか。

 通りを花々が覆い、国民たちは吉報に喜びと祝いの声を重ねる。朝から夜まで祝杯が音を鳴らし、シャンパンのボトルが飛ぶように売れた。


 一方で、それを(こころよ)く思わない者たちもいる。


「ふん。“呪われた王女”が婚約、か」


 貴族派閥……王位簒奪を狙う権謀術数の徒が十数人。

 彼らが集った、どことも知れぬ地下室で、密議はひそやかに行われる。


「美貌だけで言えば、確かに姫君は国一番の器量をお持ちだ」

「しかし、手袋の下の手を見たか? まるで壊疽(えそ)のようではないか」

「魔王級の呪いです。本来であれば、誰にも解呪不能なはずなのですがな」

「特殊な手袋同士で、よい夫婦ではないですかな」

「聞けばスヴェート公の腕も、貴族とは思えぬ有様だとか」

「ははは、それはそれは」

「あの忌々しい“石小僧”め!」


 卓を叩いたのは、雷光のようなまぶしい金髪に20代半ばという美丈夫。

 シェニー・オスカ伯爵。国政においては空軍元帥として他国の侵略に目を光らせる、生粋の軍人である。


「そう荒ぶりなさるな、オスカ伯」


 (なだ)めすかす声をあげるのは、集まった顔ぶれでは老齢に達している紳士。

 ガンマル・ディンマ候爵。外務尚書の要職に配されて久しく、彼こそが貴族派閥の最大手と言ってよい。


「今はまだ婚約内定という段階、しかも両者ともに10代。まだ成人年齢にも達しておりませんよ」


 貴族派閥において卓越した頭脳と謀略の使い手と称される長い黒髪の若者。

 イフト・ミューレン伯爵。魔術尚書として(モーネ)の状態を診てきた魔術師、その長たる男が彼だ。


「ふん! まぁ、呪われた王女など、こちらから願い下げだが」


 自己の立身栄達のためならば我慢のしようもあったろうが、実に面白くないオスカ伯。

 酒精を仰ぐペースも早くなろうというもの。


「ふん。奴を気に入っている王のことだ。副王(ヤール)の称号も、あの小僧にくれてやることだろうな」


 それも成人すればの話ではあるが。


「それで、お二方にはよい案がおありか? このまま王派閥派の結束ばかりを見せつけられては、示しがつかぬぞ?」


 ゆくゆくは貴族派閥の最大手であるガンマルが王位に就き、彼女の娘を得て王位に近づかんとしていたオスカ伯に対し、「問題ありません」と微笑むミューレン伯爵。


「ようは、我々の目の上のこぶを除けばよい話。それも、成人にも達していない小僧の首であれば」

「容易であるか──だが、北方蛮領の手勢でも落とせなかったと聞くが?」

「おや、さすがは外務尚書殿、耳がはやい」


 外務尚書の職にあれば、各国の内偵にも力を注ぐもの。北方三域の雄として名高いディンマ伯爵だからこその情報速度である。

 ミューレン伯は手を組み合わせ、次なる切り札の存在を二人に明かす。






 ◆ ◆ ◆






 婚約発表で国中が祝賀ムードにある中、華やかさからは縁遠い路地裏を進むものがいる。

 身なりは傭兵。

 全身をフード付きマントで隠しているが、軽装鎧を身に(まと)い、帯剣している。

 共和国との戦争があった30年前から存在する職業であるが、その実態は「何でも屋」に近い。

 とある人物の身辺調査や物探し、場合によっては“殺し”の依頼も請け負うものも、いるにはいる。

 傭兵は路地裏の人気のない酒場に踏み入った。

 

「エーブリクト」

「表通りのバカ騒ぎ、あれ何だ?」

「王女殿下の婚約だとさ。それよりも仕事だ、エーブリクト」


 エーブリクトと呼ばれた傭兵は頷くこともしない。

 名を呼んだ店主は注文(オーダー)を聞くこともなく、一冊にまとめられた依頼書類をカウンターの上におく。

 内容を(あらた)めた傭兵は、苦虫でも嚙み潰したような調子で疑義を述べる。


「これ、本気の案件? 正気とは思えないけど?」

「さる貴族様(おえらがた)の依頼だ。書いてある通り、給金は(はず)むぞ? 前金の用意まである」


 言って、店主は汚い布袋を寄こしてきた。中身は確かに法外な値段。それだけで二ヶ月は遊んで暮らせる金貨の山が詰め込まれていた。


「いやなら他の連中に回すが?」

「やる」


 エーブリクトと呼ばれた傭兵は、前金と書類をひったくるように受け取って、酒場を後にする。

 フードに隠した人相からは、水色の髪の毛がちらついていた。






 ◆ ◆ ◆






 スヴェート領の屋敷。

 大食堂にて。


「えー、なにはともあれ、スヴェート公ブロード様の婚約はめでたき事」


 家臣団古参たるハーフエルフ──ノルシェーンの言葉に、イェッタも首肯を落とした。


「二人に祝ってもらえて、僕も嬉しいよ」


 のんびり頷く主君に対し、ノルシェーンは貴族社会の流儀に則して答える。


「そりゃあ。公爵様が平民なんかと結婚などしようものなら、位の返上は必須。現状ですと、ベルナデッテ・ヒンメル侯爵がそれに該当して、位を“公”がら“候”へと移されたはず」

(必須……)


 イェッタは手に持ったグラスを眺めた。

 自分のような粗忽(そこつ)者が、出自も怪しいハーフダークエルフでは、彼との婚姻など望みようがないことぐらい分かりきっている。

 対して。

 モーネ・レグンボーゲ──王族の第一王位継承者が相手であれば、現在の地位をさらに推し進め、副王や大公位も夢じゃないと聞く。そのモーネは、王城にて盛大な祝賀パーティの準備中だとかで席を外している。


(それでも私は、ブロード様を…………!)


 瞬間だった。


「坊ちゃま! 危ない!」


 叫んだと同時に“それ”は来た。

 イェッタはグラスを放擲(ほうてき)して主人をかばいに行く。

 破砕音と共に《魔術矢》の雨霰が、大食堂のステンドグラスを割り砕き、軽い宴席の場をずたずたに引き裂いていた。

 ブロードの身体があった地点を中心に、食堂内は荒れに荒れた。


「警報システムは?!」

作動し(いき)てる!!」


 イェッタの声に、ノルシェーンは悲鳴じみた声色で叫び返す。

 ありえない事態だった。これまで何人もブロード・スヴェートの屋敷自体への侵攻──攻撃の類を成功させたものはいない。領内に張り巡らせた監視ゴーレム群に映らない敵など、ありえないを通り越した異常事態である。


「一体、どうなってるのよ?」

「わかりませんが、敵です!」

「それじゃあ、私が先行します。イェッタさんは坊ちゃまの退避を!」

「了解しました!」

「……あのー」


 イェッタは胸元にいる主人を見た。


「イェッタさん。息、できない」

「ももも、申し訳ありません、ブロード様!」


 メイドの豊かな谷間に顔を埋めさせられていた主人はようやく深呼吸が叶った。

 イェッタは陳謝の代わりに、迎撃の任務を主人に乞う。


「坊ちゃま。敵の侵攻は明らかな事実です。ノルシェーンと共に、迎撃の許可を」

「うん、許可します」


 肩のガラス片を手袋ではたき落としながら、ブロードはしっかりと頷いてみせる。


「何だったら、僕も戦うけど?」

「ぼ、坊ちゃま自らの手をお汚しになることは」


 彼には汚れ仕事を、人殺しなどをさせたくないメイドは丸眼鏡を外して黒髪を振り乱す。


「我らの手で片を付けます、坊ちゃまはどうかご自分のお部屋か、地下工房へ」


 そこならば安全であると言い、イェッタは魔剣レードを抜き払い、ブロードを安全地帯へと逃がすべく馳せる。








 ◆ ◆ ◆







「外したか」


 やはり、スヴェート公の従者たちは只者ではないと、傭兵エーブリクトは確認する。


「これだけの距離から狙撃すれば一発と思ったんだけどなー」


 傭兵がいるそこは、ブロードの屋敷から数十キロも離れた郊外であった。

 当然、監視ゴーレムたちも、魔術のこもった矢によって細工済み。

 そこから彼は、魔術のこめられた攻城弩(バリスタ)五機を用意し、魔術矢を500本、一挙に発射したのだ。

 しかし、戦果は不発。

 スヴェート公爵はメイドに護られ、傷ひとつないという結果に。


「はぁ、仕方ない。第二プランに」

「移れるといいですね?」


 エーブリクトは即座に剣を抜いた。

 剣戟は刹那。

 しかし、青い刀身の魔剣──《青色(ブロー)》による一撃は、彼の帯剣していた業物を、まるでバターでも裂くように一刀両断してしまう。

 傭兵は破壊された剣を握ったまま問いただした。


「どうやってここがわかった?」

「飛んできた矢の方角を計算しただけのことです」


 イェッタに先んじて転移魔石を使用して接敵した男装の執事・ノルシェーンは、莫大かつ膨大な殺意を込めて敵対者を見やる。


「スヴェート家家令(ハウススチュワード)──ノルシェーン。いざ、参ります」


 魔剣を構えた執事が、フード付きマントに身を包んだ傭兵との戦闘を開始した。












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