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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第一章
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十年前の出来事

主人公ブロードの過去──






 ◆ ◆ ◆






 星暦3098年。

 今から10年ほど前のこと。

 スヴェート侯爵(・・)領内にて、新たな魔石鉱山が発見された。今までにない希少鉱石も眠っていると流布(るふ)され、領内のドワーフたちがこぞって集まり始めた。

 それほどの鉱山であるならばと、領主夫妻が視察に訪れるのは必然の流れと言えた。


「じゃあ、行ってくる」

「すぐに戻ってきますからね」


 僕も鉱山の中へ行ってみたいと珍しく駄々をこねたのを覚えている。


 父はきっぱりと「駄目だ」と言い、

 母は「いい子にして待っていてくださいね」と頭を撫でてくれた。


 それが、ブロードが両親を交わした最後の会話となった。


 旧スヴェート侯爵領内にある鉱山で、大規模な落盤事故が、発生。

 巨大な衝撃音が響いた次の瞬間、大地が震撼し、鉱山のひとつが、見る見るうちに形を変じていった。


「父さん! 母さん!」


 地震のごとき地鳴りと共に、目の前で父母が大量の働き手たちと共に入山していったところが、崩落したのを目撃したブロード。

 鉱山の視察中だった父母はそれに巻き込まれる形で死亡し、それを助けようと駆け出した少年を、父母と親交のあった老いたドワーフ──「魔工老」シェーン・クラフトが、その場につなぎとめてくれた。彼の(いわお)のように頑強な腕力に、暴れる子供はなす術もなく引き留められる。


「いかん! 近づいてはならんぞ!」


 次の瞬間、轟音と鳴動と共に、すべてが崩れ去った。

 大量の死傷者が出た落盤事故は、煤と塵にまみれたブロードからすべてを奪った。


 家を、家族を、父母を。


 この落盤事故は当初こそ様々な疑義を呼んだ。


 曰く「ドワーフたちの杜撰な掘削による事故」説。

 曰く「希少鉱石とやらを発見したことによる呪い」説

 曰く「領主夫妻の命を狙った事故に見せかけての暗殺」説。


 そうして、その事故で亡くなった大量の人命への保険金や見舞金を、スヴェート家が支払う算段になっていた。ブロードは己の家も財産も手放し、侯爵位を返上せねばならぬほどに落ちぶれた。だが、そのこと自体は特に問題はなかった。

 問題は、元貴族の、七歳の少年の今後について。

 当時、王が直接保護しようにも、今や平民と化した一介の子どもを保護するには、体裁が整わなかったことがひとつ。

 今ひとつは、「魔工老」シェーン・クラフトが、彼の養父に名乗り上げてくれたこと。また、彼は私財を投じて、スヴェートが補填しきれなかった見舞金を、彼が支払ってくれたことがひとつ。


 こうして、両親を一挙に喪った少年は、「魔工老」に引き取られる形で弟子入りを果たした。

 元は貴族の少年が、8歳にして「魔石錬成」を、9歳にして「魔剣鍛造」に通暁することなど、誰にも想像しえなかったことである。







 ◆ ◆ ◆






 ブロードは夜半に目を覚ます。

 久々の過去の夢に、寝汗がジワリと背筋を冷やす。あふれる涙をぬぐう。

 そして、あらためて誓う。


「絶対に────許さない」


 事故現場を調査してくれた師匠やドワーフたちによって、これは事故に見せかけた「暗殺」であるという証拠が提示された。

 五年間の調査で、鉱山跡地に、何者かによる爆破魔術のかすかな痕跡が発見されたのだ。が、それ以上の情報は得られなかった。

 五年という歳月で風化した魔術痕は、下手人の正体を割り出せるほどのものではなかった。真相は闇の中であったが、ブロードにとってはそれで十分だった。


 父母を狙った暗殺、それを企てたものがいて、実行したものがいる。


 許せる道理がなかった。ブロードは今でもよく覚えている。

 夜、寝る前に、父が本を読んでくれたこと。母がぎゅっと抱きしめてくれたこと。

 それを、理不尽にも奪い取ったものが、いる。許しておけるはずがないのである。

 彼はベッドを辞そうとして、涙を一滴こぼす。

 ふと、扉の外にイェッタの気配が。


「坊ちゃま?」


 なんでもないと嘘をついても、彼女の耳には嘘だとバレる。それでも、


「なんでもない」


 そう答えて、この屋敷唯一の女中(メイド)をさがらせる。

 彼は自分で身なりを整え、地下工房に向かう。

 そこで無心に(つち)を落とす作業だけが、彼の心を慰撫(いぶ)するのだ。


「魔石卿」は今日も魔石を打ち、魔剣を鍛造し続ける。







 ◆ ◆ ◆






「先代様のこと?」


 イェッタはスヴェート侯爵時代からの主従関係である先達──男装の執事──魔剣《青色(ブロー)》を与えられているノルシェーンに問うた。


「私が坊ちゃまにお仕えするようになって五年たちますし、そろそろ踏み込んだところまで訊きたい、と思いまして」

「ふむ。本音は?」

「──ブロード様が、その、心配で……」

「心配、ですか?」


 イェッタは偽ることなく頷いた。


「正直でよろしい」


 ノルシェーンは眼鏡を外した。イェッタも丸眼鏡を外す。

 ハーフエルフたる執事とハーフダークエルフたる女中はテーブルを挟んで、膝を交えるように向かい合う。

 執事は呟きだす。


「先代様──ブロード様の父君であられるコール・スヴェート侯爵様は、それはそれは、聖人君子を絵に描いたような方だったわ。領民たちにも慕われて……ただ、異世界から流れ着く遺物や書籍には目がない蒐集家(しゅうしゅうか)で、そこは困りものだったかしら?」

「異世界の書物? ああ。だからモーネ様は、食客として図書館に?」


 頷くノルシェーン。彼女は結った銀髪をほどきながら思い出す。


「そして、コール様に輿入れしたオリア様。彼女、異世界の言語の翻訳の方でも才覚をお持ちの御令嬢だった。そんな二人が結ばれて、お生まれになったのが」

「ブロード様」


 再び首肯するノルシェーン。


「ですが、そんなお二人が、その、暗殺される理由なんて」

「そんなの、いくらでもあるわよ」


 ノルシェーンは比較的精巧な地図を取り出してみせた。


「スヴェート公爵、いや侯爵領は、一時期は御家取り潰しの憂き目で、隣接するスカープ辺境伯領、ストルム伯爵領、ミューレン伯爵領に三分割された」

「……まさか、貴族派閥の工作だと?」

「確証はない。さらにいうと、今言った御三方のうち、上二人は王派閥だからね。貴族派閥の取り分としては、まぁ、少ないわよね。可能性は薄い」


 己の識見の狭さを嘆くように頭をかくイェッタ。


「私としては共和国(にし)の弱体化工作の一環、とも考えているわ。スヴェート侯爵閣下は、王を戦場で救った英雄であり、剣の腕も申し分ない健脚として知られていた上、軍略化としても名を馳せておられた」

「そう、ですか……というか、(たず)ねておいてなんですが、ノル殿はどうしてそこまでの情報を」

「情報というほどじゃないわ」


 ハーフエルフ故、彼女は不老長命。エルフほどの頑強さや不死性はないが、それでも、只人の倍以上は生きている。御年1XX歳。

 一時期は王宮にも仕えた身の上、そのあたりの知識はある程度まで有している、そう自負していると、ノルシェーンは微笑んでみせた(故にこそ、モーネの突然の婚約発表には懐疑的にならざるを得なかったわけだが)。


「貴族派閥の仕業か、共和国や北方の工作か、はたまた」


 男装のハーフエルフは鋭い視線を地図上に投げながら指先を這わせる。

 暗殺に使用されたのは、「爆破の魔術」という事実──“魔術”と聞いて真っ先に脳裏をよぎる可能性。

 彼女の視線と指先を見つめるイェッタは、東大陸の魔王連合国家群を、意識せずにはいられなかった。


 500年前の、イェッタの故郷である。










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