帰還
◆ ◆ ◆
ここはどこだろうと、ブロードは思った。
あたたかくて、ふわふわで。まるで屋敷のベッドの上のような寝心地。
そうか。これが死者の行く永遠の国なのだなと思いつつ、聞きなれた呼び声が耳に聞こえた。
「坊ちゃま。お目覚めですか、坊ちゃま?」
ブロードは目を開けた。
そこにいたのは、懐かしい父母や師匠ではない。
褐色の肌。
漆黒の長耳。
真紅の宝石のような瞳。
「イェッタさん?」
「坊ちゃま──!」
感極まった様子のメイドにベッドごと抱きしめられるブロード。
「ああ、ほんとうに良かった……」
「イェッタさん? あれ、なんで」
「ブロードが目覚めたって本当!」
耳聡い王女の声。勢いよく開く寝室の扉。
即座に身を離すイェッタの代わりに、ブロードの婚約者が彼の胸に飛び込んでいた。
「おかえりなさいブロード! 心配してたんだからね?」
「ええと、モーネ? あれ? 君の、手足、呪い、は?」
「あなたたちが魔王をすべて討伐してくれたおかげよ!」
第一王女はまるでバレエでも踊るかのように一周りしてみせた。
モーネの黒く変色していた手足が、すっかり普通の状態に戻っていた。長手袋と靴下で隠していた壊疽したような指先や爪先も、白魚を思わせる光沢を放って煌いている。
「坊ちゃまが目覚めたって?」
「おお、本当じゃん!」
ノルシェーンとフェリが慌ただしい歩調で入室し、
「おお我等が大将!」
「…………心配した」
スコーグとブロンマ、そしてヴォール王が、ゆっくりと整然たる歩調でブロードの寝室に見舞いに来た。
しかし、ブロードにはわからないことがひとつ。
「僕、あの戦いで死んだはずじゃ?」
少なくとも、星剣の鍛造に心血を使い果たし、その後の魔王討滅戦において星剣を最大励起させるまで使用した。
ただでさえ削り取られていた寿命が、右足の欠損(今も布団の下に右足の感覚と重量はない)によって重傷を負ったことで、もはや《治癒》も《再生》も効かない状態にまで陥ったはず。
なのに何故、自分はこうして無事に皆と再会できているのか、訳が分からなかった。
「実は……あの時に、ナテュール殿が──」
◇ ◇ ◇
「大丈夫だよ、イェッタちゃん」
そう慰めるように告げるのは、星竜ナテュールであった。
「ここまでの戦い、私がはっきりと見届けました」
見るための眼は失ったが、星の竜の感知能力によって、彼女はすべて目によることなく見て感じることができた。
「ブロードくんの覚悟。イェッタちゃんの想い。それに私は応えようと思う」
一体何をするのかと問うイェッタたち。
「私の寿命を、ブロードくんに少しばかり譲ってあげる」
「そ、そんなことが、本当に?」
可能だろう加藤疑念など無意味であった。
何しろ彼女は星の竜──この星と同等ともいえる高位存在である。
「でも、そんなことして、ナテュール殿は、その」
「大丈夫だよ、ノルちゃん。数千年から数十年ばかし減るだけだもの」
何も問題はないと告げて、ナテュールは施術を試み、そして成功をおさめた。
◆ ◆ ◆
「そんなことが」
あらためてナテュールへの感謝を紡ごうとするブロードだったが、彼女は自分の領地たる島に帰ってしまったという。
「なかなかおもしろかったと伝えといて──とも申しておりました、ナテュール殿は」
「そうか」
星の竜に生かされたブロードは、心の奥底でナテュールに感謝の念を紡ぐ。
「僕は、どれぐらい眠ってたんだろう?」
「半年ほどでございます」
「そ、そんなに?」
ブロードは頭の中で計算してみる。
自分の誕生日はとっくの昔に過ぎてしまった。
これでブロードは十八歳──完全な成人年齢と見做される。
「それじゃあ、ブロードも目を覚ましたことだし、これで出来るわね」
「何が?」
「決まってるでしょ? 凱旋式よ! 凱旋式!」
微笑むモーネにつられるように、一同はさっそく準備に取り掛かった。
◆ ◆ ◆
ひとつの季節が巡り終わろうかという時節に、凱旋式は行われた。
盛大に、かつ厳粛に。
魔石で復元された王城にて、戦勝式はすでにすまされていたが、魔王討伐の功を挙げた英雄の帰還ともなれば話は別だ。
荒らされた国土は復興へと歩み始め、失われた実りの多くも国庫によって賄われた。少なくとも、王国は滅亡の運命を避け得たのだ。
式部官が、己の肺活量に挑戦するように叫んだ。
「ブロード・スヴェート公爵閣下、ご入来!」
赤いカーペットの上を、右足を失い魔石の足甲で覆った公爵が、車椅子に乗せられ進んでいく。無論、車椅子を押すのは彼の女中たるイェッタ・イェーンをおいて他にない。
その先には、仮王宮の玉座に座る王の姿が。命がけで戦い生き残った傭兵──スコーグやブロンマが爵位を与えられ、再生を果たしたストレング騎士候とセリエース騎士候、そして片腕を失ったミューレン伯も爵位を進めて、この栄誉ある式典に臨む。
凱旋はここに果たされた。
魔石卿はあらためて、国の英雄として、その名を轟かせるのだ。
国王ヴォール・ヴェーデル・レグンボーゲⅡ世がおごそかな声で告げる。
「先の戦いで多くの命が喪われ、苦難の身を歩んだ我が民たちのことを偲びつつ、この式典へ臨めることに深い感慨を覚える」
それから王は長くもなく短くもない文言を口にし、犠牲となった国民たちに思いを致し、それでも、半年で王直轄領をはじめすべての領土が再建に向かって歩み始めていることに、深い敬意を表する。魔族の大侵攻という未曽有の危機にあっても、王国はこれを退け、六帝を破り、一層の進展と平和と繁栄とが約束されるだろうことを口にする。
そして、
「最後に、我が娘・第一王女の婚約者たるスヴェート公ブロードよ──」
片足が効かぬブロードのために、王は玉座を離れた。
ブロードは車椅子の上に座ったままで、玉言を賜る。
「そなたに、我が後継者たる証“大公”ならびに“副王”の位を与える」
「ッ!」
ブロードは言葉を返せなかった。玉座の間をざわめきが数瞬の間、満たす。
つまるところ、王は自己の娘・第一王女にではなく、ブロード・スヴェート“大公”に、後の世を治めさせる権勢を預けると宣したのだ。
式部官が用意した大きな黄金色の勲章と、王笏にも似た副王の笏が、なによりの証たりえた。
「──謹んで、お引き受けいたします、我が陛下」
ブロードが勲章を胸にはめ、笏杖をおしいだいた、瞬間だった。
「副王万歳!」
モーネ王女の烈声がはじけた。それには無数の追従者を産み、玉座の間を震撼させるほどの音圧を響かせた。
こうして『魔石卿』スヴェート大公ブロードは、玉座への道を歩み始めたのであった。
次回、最終話




