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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第四章
51/53

明かされた真実






 ◇ ◇ ◇





 十年前のこと。

 ヴェン・スカープ辺境伯は、十代半ばの若造であった

 辺境伯領と隣接する旧スヴェート候領の鉱山探索──無論、先代の辺境伯は良き隣人として参加した。

 だが、


『父さん、これは?』


 それは、何らかの魔石であった。

 先代の辺境伯──ヴェンの父親は何も言わず、『自分の合図と共にそれを起動しろ』と告げた。

 わけがわからないながらも、ヴェンは言われた通りに父の合図を待って、それを起動した。

 そして、起こったのがあの落盤事故。

 ヴェンが握らされていたのは《爆発》の魔石であったのだ!

 彼は咄嗟に理解した。『自分が、あの事故の引き金を引いてしまった』事実を。

 無論、ヴェンは父親を詰問した。

『どうしてあんなことをさせたのか』『どうして父さんはあのような事故を引き起こしたのか』

 理由は実にくだらないものであった。

『スヴェート候領の何割かを手中にするため』であり、何より『かつて王を守った英雄として重宝されるスヴェート候が、目障りな存在となっていた』から。

 吐き気がした。

 当然、ヴェンは納得がいかなかった。

 父の所業を憎悪し、その場にあったブロンズ像で殴打し、父を殺害した。

 執事らの偽装工作のおかげで、先代は『事故死』という体裁を整えられて、ヴェン自身には何のお咎めもなかった。


 しかし、





 ◆ ◆ ◆





「わかるかよ、ブロード……友人の両親を奪った俺の気持ちが。友人に苦労を背負い込ませた俺の苦悩が。おまえにわかるかよ!」

「…………本当に?」


 ブロードの声に陰りが生じた。


「本当だ。俺が、おまえの両親を奪った張本人だ!」


 ブロードは魔剣セリアを手もとに呼び戻し、ヴェンの左腕を両断していた。


「がぁあ、ああぁ!」


 苦悶の表情で聖剣を取り落すヴェン・スカープ辺境伯。

 ブロードは荒い呼吸を整えようとするが、目の前にあれほど臨んだ仇がいるという事実に、何もかもが押しつぶされそうな気分だった。

 その時、見たこともないほど視界が真っ赤に染まるのを感じた。

 両親の仇。復讐の念。これまでさんざん騙されてきたことへの怒りと憎しみ。

 ヴェンは嗤う。


「はは、そうだ……俺を殺せ! 殺してくれよ、ブロード! でないと、俺が、おまえを殺して、この気持ちに決着を付けなくちゃならねえ!」


 ブロードはハッとした。

 そして、“悲嘆”の刃を取り落とす。その場でがくりと膝を落とす。


「ヴェン……君は十分に苦しんだ……僕も苦しみぬいた……お互いに、思うことは一緒だった」

「それがどうした。まさか、俺を許すなんて言うんじゃねえだろうな!」

「いいや、許さない」


 それでも。


「僕は君を許さない……今ここで、死んでラクになんてさせるものか」


 それは、ある意味において最も非情なことのように思える。

 ブロードはヴェンの左腕を止血し、《治癒》の魔石を包帯越しにあてがう。

 対するヴェンは──


「なんでだよぉ……なんで、俺を殺してくれねえんだよぉ……それじゃあ、俺はいったい、いつまで」

「そうだね。でも、僕は、君を殺さない……君は僕の」

「ならば私が殺してやろう」


 唐突に、ヴェンの胴体が斬り落とされた。


「あ……っ」

「ヴェン!!」


 絶息する友。吹き出る鮮血にまみれる魔石卿。

 彼は、友を殺した死刑剣王を振り仰いだ。


「その者にとって、死こそが唯一の救いだったのだ。魔石卿。貴様の甘さには反吐が出る」

「……だまれ」


 ブロード自身も自覚はしていた。

 自身の選択が(ひど)(むご)いという事実を。

 それでも、ブロードは(とも)に、生きていてほしかった。

 処刑者はつまらなさそうに告げる。


「聖剣の力を授けてやったというのに、お粗末な結末であったな……砕けよ《偽物(ファルスク)》」


 その言葉を受けて、辺境伯の手中にあった聖剣は砕け散り、光の粒子と化した。

 そして、魔王の握る真の聖剣が輝きを増す。


「《ヴェルクリグ》──励起」

「ブロードさま、逃げて!」


 イェッタの呼号が飛ぶ中、


「《必然なれ、真なる光輝ネードヴェンディグ・ヴェルクリグ》」


 ブロードは右足に激痛を感じた。


「ぐ……!」


 見れば、右足の膝から先が吹き飛んでいる。死刑剣王の絶技が、魔剣の防御機構を上回って攻撃してきたのだ。《セリア》と《シェールレーク》を展開していなかったら、きっと魔石卿は首か胴体を断たれ絶命していたに違いない。

 だが、これではもう戦えない。

 死刑剣王は宣言する。


「ドゥムを、【大愚魔皇】をやらせはしない。──彼の様子からして、もうまもなく代替の魔族が、復活の儀に使われるものが選定されるだろう」

「あうううう……う?」

「くっ!」

「ブロードさま!」


 絶望的な話を聞かされ色を失うブロードたち。


「イェッタ、今こそ我がもとへ戻れ」


 ブロードの足を止血し、《治癒》の魔石をあてがっていたハーフダークエルフが顔をあげた。


「絶対に嫌です!」

「その男──魔石卿は(じき)に死ぬ──我が手を下すまでもなく──どこかの戦場で、事故で、病没で、寿命で、おまえはその男と別れるのだ!」


 その可能性を考えなかったわけではないイェッタ。

 それでも──


「私は、この方のもとで、この方のそばで、この方の隣で──生きて、生きて生きて、そして死にたいのです!」


 意外なことを口にされたように閉口するスヴァット・シューク。


「母さま」イェッタは最早隠す気もなくなった。「私の我儘です。ここで討たれてください」


 イェッタの涙ながらの宣告と共に、ブロードの手中にある星の剣が輝きを増した。


「……馬鹿な──」


 瞠目(どうもく)を余儀なくされる死刑剣王。

 片足を失って尚、イェッタを支えに立ち上がる『魔石卿』ブロード・スヴェート公爵。


「……星、剣《ヴェ、ード》──最大、励起ッ!」


 極大の輝きを放つさまは、まるで星のはじまりとおわりを凝縮したような燦然たる煌き。


「これは……!」


 思わず見惚れていた自分を叱咤するように、聖剣ヴェルクリグを抜き払う死刑剣王。時空剣ティードでは間に合わぬという判断は正しかった。

 だが、その手は一手分、遅かった。



「《|始まり、終焉させよ、世界の輝心ベリア・スリュータ・ヴェード》!」



 スヴァット・シュークは光輝の中に、世界の始まりと終わりを見た。

 そして、





 ◆ ◆ ◆





「あ……ああ?」


 衝撃と光のなかで、手を差し伸べてくる男を見つけた。

 懐かしい潮騒が聞こえる。

 家族の皆で過ごした家が見える。

 すべての剣と鎧と兜を取り落として、ダークエルフの女騎士は、自分の愛した男のもとに、ようやくたどり着いた。




『おかえり、スヴァット』


「ただいま、……あなた」




 死刑剣王は死んだ。

 そして、スヴァット・シュークは、永遠の国へと旅立っていった。






 ◆ ◆ ◆





「はぁ……はぁ……大愚魔皇ドゥム」


 ブロードはイェッタに支えられたまま、片足を失いながらも、少年魔王と対峙する。


「残るは、あなただけだ」

「……その、ようですね」


 常の虚脱しきった眼差しは鳴りを潜め、空疎(くうそ)極まる声音で、少年魔王は認めた。

 周囲には復活に使える魔族はなく、彼を守る者もない。


「ナテュールから聞き及んでいます。星剣の力で、あなたがたを永遠に葬り去れると」

「……ええ、たしかに」

「最後に何か、言い残すことは?」


 ドゥムは首を振った。

 ブロードは剣を構える。

 星剣の刃が、最後の魔王の首を()ねた。

 大愚魔皇ドゥムは討ち取られ、その骸は骨も残さず灰と化す。


「終わった……」

「終わりました」


 一気に気が抜けた二人。

 そして、ブロードの身体が、限界に達した。


「? ブロード様!?」

「はは、は……イェッタさん、……ぼく、もう、立てそうにないや」


 片足を失ったからではない。

 大量失血によるショックでもない。

 星の剣を鍛え、星の剣を使い続けたことの、リスク。

 ブロードは呼吸するのもつらそうな表情で片膝を屈し、戦場の跡地で仰向けになった。


「ブロード坊ちゃま!!」

「ちょ、どうしたんですか?!」 


 強欲女帝を撃ち滅ぼし、加勢のために馳せ参じたノルシェーンとフェリ。

 魔族軍は撤退をはじめ、王国軍は勝鬨(かちどき)をあげる最中、ひとつの命が、燃え尽きようとしていた。


「ごめん、皆には黙っていて……星剣を使い続けたことで、僕の寿命は、一気になくなっていったんだ……」


 ノルシェーンとフェリが「そんな」と言って、事実を受け入れ切れずにいた。

 一方でイェッタだけは、ナテュールとブロードから真相を利かされ知っていた。

 知っていても尚、イェッタは抗うように《治癒》の魔石を少年公爵に与え続けた。


「まだです! まだ、あなたは死んではいけない!」

「……イェッタ、さん」


 ノルシェーンが両膝をついて項垂れ、フェリは無念そうに立ち尽くす。

 それでも、イェッタだけは、ブロードの生存を希求してやまなかった。


「まだ、こんなところで、終わらないでください!」


 涙をこぼすイェッタは、今ならば母が魔王と化した理由も納得しそうになる。この人が消えるくらいなら、世界などどうでもいいと。

 それでも、約束したのだ。

 秘密は守った。

 魔王もすべて討ち果たした。

 その代価がこれでは、あんまりではないか。


「ありがとう、イェッタ…………ノルシェーン…………フェリ…………ナテュ、ール」


 末期(まつご)の声をこぼしかける魔石卿。

 イェッタは自分の胸に宿る《心臓》の魔石をくれてやりたいほどだったが、その方法などイェッタにはわからない。

 主人の名を叫んで取り縋ることしかできない自分を呪いかけるイェッタ。彼女は、主人の傷だらけの手に接吻する。

 ブロード・スヴェートの命が、終焉を迎えようとした、まさにその時。


「大丈夫だよ、イェッタちゃん」


 事の次第を見守っていたものが、優しく肩に触れて告げた。
















完結まで、残り二話

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