最後の戦い
◆ ◆ ◆
イェッタは思い出す。
500年前の戦いを。
◇ ◇ ◇
魔王の居城のひとつにて。
六帝最後の一人【大愚魔皇】ドゥムを滅ぼしたことで、戦いは終わったかに見えた。
だが、致命傷を負っていたはずの【死刑剣王】……自分の母が聖剣の力を開帳・回復し、時空剣ティードをもって現れ出でた。
そのことにいち早く気付いたイェッタは歓喜を分かち合うヴィートとグルドを押しのけて…………そうして、母の刃に自ら貫かれた。
魔剣は、その時に取り落とした。
そして、イェッタは時空剣の《時渡り》に巻き込まれ、“六英”とよばれた仲間たちと、強制的に別れた。
◆ ◆ ◆
一秒で思考を今に戻すイェッタ。
彼女は肩で息をする主人──五年前、イェッタに《心臓》の魔石を与え、この時代での居場所を作ってくれたブロード・スヴェートを見やりつつ、対峙する漆黒の女騎士を見やる。
母たる魔王は悠然と告げる。
「よくぞここまで来れた、スヴェート公ブロード──『魔石卿』殿」
漆黒の仮面がちらりとイェッタの方を窺ったような気がした。
死刑剣王は森の奥に広がっていた荒野で、彼らを待っていた。
魔王は嘲弄するように宣う。
「17という若き身空で、ずいぶんと大仰な使命を背負ってきたものだ」
「歳なんて関係ない──これは、僕自身にしかなしえないことだと聞かされた──ならば“やる”。それだけのことだ」
「ふ。そうか」
立派なことだと感心の吐息をつくスヴァット・シューク。
そうして、ここにいるもう一人。
ブロードは裏切者の名を、呼ぶ。
「……ヴェン」
呼ばれた方は、優美な白髪を振るって、薄ら笑いを浮かべながら応える。
「よぉ、ブロード」
魔石卿は落ち着き払った様子で対峙してみせるが、長年の知古が魔王と肩を並べている姿に、どうしようもない感慨をいだいてならないらしい。
「何があった」「どうして」などどいう問答に意味はない。
ヴェンスカープ辺境伯──ブロードの友である男は、王を裏切り、国を裏切り、ブロードたちを裏切った事実に変わりない。
余計な問答など無用。それでも、ブロードは訊ねずにいられない。
「ヴェン……どうして裏切った」
「前にも言わなかったか? ──おまえをブチ殺すためだよ、“ブロード”」
王宮で言われたことの再現がなされただけであった。
ヴェン・スカープ辺境伯の敵意と殺意は本物であり、その言葉の真偽を疑う必要はない。
スヴェート公ブロードは、決意したように顎を引いた。
「わかった。なら、“おまえ”は俺の敵だ。ヴェン・スカープ辺境伯」
「よくぞ言ったり」と辺境伯は歪んだ笑みを浮かべた。ケラケラと嗤う兄貴分を、ブロードは真実“敵”と見做して、一切の情けと容赦を捨て去っていく。
ブロードは魔剣を、傍にいるイェッタの手に握らせる。
「イェッタさん」
魔石卿は、魔剣を預ける手に力を込めて、告げた。
「今度こそ、悔いを残さないように」
「──はいッ」
主人からの厳命に、イェッタは刃のごとく鋭い声で応じた。
ブロードは空間から、新たな剣を取り出してみせる。
「ほぉ……それが噂に聞く“星剣”ってやつか?」
星剣の銘は《ヴェード》──“世界”を意味する名を冠されたそれは、刀剣と呼ぶには相応しくない、白い極大の水晶石の塊のような外見をしていた。
これが、ナテュールの眼を犠牲にして鍛造された星の剣。
六帝が一人、吸血大帝を一撃で葬ったモノ──
「それじゃあ、始めようじゃねえか」
ヴェン・スカープも腰の鞘から聖剣を抜いた。
今ここに、最後の戦いの火ぶたが切って落とされた。
◆ ◆ ◆
【大愚魔皇】ドゥムは、大天幕の中で虚空を見据えていた。
フングリングたちの討滅から復活までには、ややもすれば時間がかかる。
魔王の代替となりえる器は準備できるものではなく、その魔王が死して初めて器となりうるものが判明する仕様、故に。
「ああああああ…………」
ドゥムは全魔族を復活できる権能の持ち主。
彼を討滅できるかどうかによって、今後の戦略は変更を余儀なくされるだろう。
「ふんぐりんぐ…………」
ドゥムは仲間たちの死を嘆く。
「あろがんと…………」
大粒の涙を流しながら、彼らの欠落を肌身に感じる。
「ふぇーぐ…………」
ドゥムは探し続ける。
自分の仲間たちを復活させるにたる器を。
彼がそうしている大天幕の外では、四人の剣士たちによる凄絶な戦いが繰り広げられていた。
◆ ◆ ◆
「《フェシュテーラ》!」
破壊を銘に冠する魔剣をイェッタは振るう。
魔剣の形状はレードと似た大剣状に固定され、死刑剣王が振るう巨剣の刃を打ち払う。
「《レード》……小剣・100分裂!」
打ち払われた巨剣と共に、イェッタはスヴァット・シュークの全身を包み込むように魔剣を展開。
だが、死刑剣王の両腕で振るわれる巨剣を圧倒するには及ばない。
「──その程度か、イェッタ・イェーン」
失望したといわんばかりに巨剣で大地を根こそぎさらう魔王。
刃渡り100メートルを優に超す巨剣の圧力は、暴風のごとくイェッタの全身を吹き飛ばす勢いだ。
しかし、イェッタは己の限界に挑むように《レード》に命じる。
「《レード》……小剣・1000分裂!」
500年前にも試したことがない大規模展開。
千を超える刃と化した魔剣が、魔王の全周囲を覆ってみせる。
さしもの死刑剣王も、仮面の奥で瞠目した。
漆黒の女騎士に突き刺さらんと殺到する紅蓮の小剣群は、まるで花火の逆再生のごとく、死刑剣王の身を押し包み、起爆と誘爆の連鎖を続けさせた。
しかし。
「まだまだ。それでは足りんぞ!」
仮面を半分罅割れさせた死刑剣王は、健在。
無論、そのぐらいのことはイェッタは承知済み。
「《レード》《フェシュテーラ》──同時励起」
彼女は二本の魔剣を共鳴させるように励起させ、
そして解放。
「《赫灼たる破壊の権化》!」
火山弾もかくやという砲弾の雨霰が、死刑剣王の巨剣を襲い、その刀身を溶融・大破させた。
──これは誰にでもできることではない。
魔剣と適合したイエッタが、ブロードの天上三剣である《フェシュテーラ》とも適合を果たしたからこそ可能な業。
魔剣に選ばれること自体が稀である現状下にあって、二振り以上の魔剣を扱えるのは、魔剣鍛造者たるブロードか、すべての剣を支配下におく権能を持つ死刑剣王のみであった。
しかし、イェッタは彼らに次いだ三人目として、《レード》と《フェシュテーラ》を振るう。
「さすがなり。鋼鉄の女魔剣士よ」
「いいえ」
「?」
「いまの私は、“ブロード・スヴェートの剣”です」
「ふ……そうか」
死刑剣王の顔から罅割れた仮面が剥がれ落ちる。
そこにあった相貌は、イェッタのそれと近似したダークエルフの特徴を備えていた。
褐色に焼けた浅黒い肌──細長く伸びた耳──漆黒に艶めく髪──目の色だけは空色の戦乙女の姿が、そこにはあった。
スヴァット・シュークは破壊された巨剣を放り棄て、今度は刃渡りがキロ単位に及びそうな長刀を抜き払う。
イェッタはあえて訊ねる。
「聖剣は使わないつもりですか?」
「抜かせてみるがいい……“ブロード・スヴェートの剣”よ!」
彼女たちが刃を交える先で、ブロードと辺境伯の戦いもまた、白熱の度合いを増し続けていた
◆ ◆ ◆
激闘の続くイェッタたちの隣で。
「どけえええええええええええええ!」
「どかねええええええええええええ!」
星剣と聖剣が交差するたび、二人の身体は裂傷を余儀なくされていた。
肉が裂け、骨が砕けんばかりの衝撃。
相反する力同士の激突に、生身の人間の身体が耐えきれないのだ。
「《ファルスク》──励起!」
「! 《ヴェード》──励起!」
ここへ来てヴェン・スカープは聖剣の力を解放し始めた。
それにブロードは応じなければならない。
「《実在せよ、偽なる閃光》」
「《持続せよ、世界の光輝》」
白烈する輝煌の衝突に、双方の身体が弾け飛ぶ。
「ハハァ!」
「くうっ!」
二人の実力は拮抗していた。
それもギリギリのせめぎあいの上で成立するものであったが。
「そこをどけ、辺境伯!」
「どくわけねえだろうが、兄弟!」
ブロードの目的はただひとつ。
大天幕に存在する最後の魔王──【大愚魔皇】の討滅。
奴さえ仕留められれば、この戦いは魔族軍にとって何の意味もなさなくなる。
『全魔族の復活』という規格外の権能を与えられた六帝の一人【大愚魔皇】ドゥム。
ブロードは距離があるのを承知で、天上魔剣のこりの二本を展開。
「《セリア》《シェールレーク》!」
“悲嘆”と“愛情”と号された二剣が、ブロードの周囲を旋回し、固定。
「チッ。そう来たか!」
辺境伯が舌を打った。
「征け!」
大天幕に向かって高速飛翔する二本の魔剣。夜色の《セリア》が大天幕の豪奢な布を斬り払い、緋色の《シェールレーク》が護衛の悪魔たちを痛みを感じさせる間もなく裁断していく。
ブロードは飛び上がった。
星剣を構え、天幕内から姿を現した少年魔王──虚空しか見定められない大愚魔皇の首を落とそうとして、
「そうはいかねえんだよ、兄弟」
「…………ヴェン!」
男の握る聖剣と鍔競りあう。
「どいてくれ、ヴェン」
「いいや、どかねえ」
「どけと言っている!」
「どかねえって言ってんだろうがァッ!」
ブロードは大愚魔皇の眼前であることを忘れて問いただした。
「何故そんなにも邪魔をする! 僕が一体、君に何をしたって言うんだ!?」
「……おまえは、なにもしてねえさ、兄弟」
ヴェンは暗黒よりも暗い声で答えた。
「だが、だからこそ、俺はお前を殺さなきゃならねえ」
「だから、どうして?!」
頑迷なまでに邪魔立てする友の姿に、ブロードは叫んだ。
そんな魔石卿の問いに対して、辺境伯は信じがたいことを口にする。
「俺がお前の────両親を殺した仇だからさ」
ブロードの意識が、空白化を余儀なくされた。
完結まで、あと三話




