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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第一章
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婚約の意思






 ◆ ◆ ◆






「全然、わかりません!」


 領地へと戻り、屋敷に戻った直後。

 そう告げたのはノルの方であった。


「我らがご主人様の幼馴染であることは認めましょう。食客として、この屋敷に逗留する理由もわかります──ですが! ご主人様の意向を無視するがごとき暴挙は、認めがたい事実です!」


 眼鏡をかけた執事・ノルシェーン──屋敷の留守を預かっていた家令(ハウススチュワード)、新雪のような銀髪を振り乱して怒る男装の麗人──執事姿の女性。

 ハーフエルフの女性でありながら豊かな胸を持ち、混血(ハーフ)故に長耳も短めな彼女は、御年1XX歳、

 先代どころか、先々代の時代からの従者。つまり、スヴェート家家臣団(現在二人しかいないが)の最古参にあたる。

 イェッタが「はしたないですよ、ノルさん」とたしなめるのも聞かず、胸の膨らんだ男装の麗人風のハーフエルフは語気を荒げ続ける。


「第一、“婚約破棄”というものに憧れる気持ちというのが、そもそもわかりません! 異世界の読み物に(うつつ)を抜かそうが何だろうが、そんなことに我がご主人様を巻き込むなんて」

「口が過ぎます、ノルシェーン殿。相手はこの国の、一応は、王女殿下ですよ?」

「ッ、しかしです!」


 イェッタが505年前の英雄の一人だと知っていても、ノルシェーンは抗弁する調子を崩さない。

 多少の我儘などかわいいものだと、むしろあの方の性向に慣れていなかったのかと、そう説いたげなイェッタ。


「──ご主人様は、どうお考えなのですか?」

「う~ん…………そう、だねえ」


 イェッタが()れてくれたブラックコーヒーの湯気を顎にあてて香りを堪能しつつ、ブロードは自分の考えを述べる。


「今回の件が、彼女の単なる我儘というよりも、王派閥の結束力を強化し、貴族派閥の台頭を許さないというパフォーマンスにはなることは、ほぼ間違いないよ」


 冷厳な、それでも穏和な声色(こわいろ)は少しも損なわれることがない。


「これ以上、貴族連中の専横を許すことは、国の利と益を損ねる──最悪、紛争や内戦で、いらぬ血を流すことは、火を見るよりも明らかだ。それを思えば、ここで王派閥派の結束が固いこと、王を引きずり下ろすことがいかに困難であるかを連中に見せしめておくことは、悪いことでは、ない」


 自分と王女の婚約にそれだけの力があるとすれば、どうすべきかは自明とも言えた。

 馬車の中ですでにイェッタに語り聞かせたことを、ノルにも繰り返すブロード。彼は公爵にふさわしい居量も挙措も、そして先を見通す先見性にも満ちている。

 さすがは元・侯爵位の家柄だっただけに、幼少期にそこいらの教育は叩き込まれていた。彼は亡き両親の遺産を、着実に我がものとしている。


「では、ご主人様の御意向は──」


 ブロード・スヴェートはすべてを見透かした上で、決める。






 ◆ ◆ ◆






「受けてくれるか、そうか、よかったぁ」


 翌日。

 王宮に参内(さんだい)したブロードは、事後承諾になったことを平謝りする王に再三忠告する。


「対外的には。彼女の四肢の“呪い”を《解呪》し続ける魔石、その開発のためです。今でこそ彼女は自立自活に申し分ない体ですが」

「わかっておる。それでも、あの()を救ってくれたおぬしには、感謝してもしきれんよ」

「ちょっと、何、泣いてるのよ、お父様?」


 王は思い出す。

 16年前。

 生まれたての我が子に刻まれていた、呪いの証。

 四肢は変色し、奇怪な文様が浮かぶそれは、間違いなく魔王級の呪詛(じゅそ)

 どの医者に診せても、どれほどの魔術師に快癒を命じても、「未来永劫とけることはない」と(さじ)を投げかけられた、王女への呪い。

 できることなら変わってやりたいと、何度思ったか知れない。

 自力で歩くことはおろか這うことさえままならぬ身体であった彼女を救ったのは、ブロード・スヴェートの開発した、《解呪》の魔石。

 それによってはじめて歩くことができた、手を握り合うことができた感動は、今も王の心に暖かで心地よい感動を呼び起こしてくれる。


「いかんな、年を取ると涙もろくて」

「もう、お父様ったら──」


 色違いの腕を隠す純白の手袋が、王の肩に添えられる。


「それと、もうひとつ」


 王と王女は空気が底冷えするのを感じた。腹にずしりと鉄塊がうめこまれたような重い空気。室温を保つ魔石の効果が切れたわけでは当然ない。モーネも、そしてヴォール王も、その理由は心得ている。

 スヴェート公ブロードは、笑顔で(のたま)った。


例の件(・・・)についての極秘調査、進めていただいておりますか?」

「と、当然だ──我が国の英雄夫妻の事故死──否──“暗殺”を調べない理由がない」

「それはありがとうございます、我が王」


 モ―ネは純白の手袋に覆われる腕を抱いた。己を抱きしめながら、彼を見た。

 そう。

 彼の目的。

 ブロード・スヴェート卿が生きている理由。

 彼は、この場にいる二人に、語り聞かせるように告げる。


「“僕の両親の死”について……なんとしても詳しく知りたいもので」

「わ、わかっとると言ってるだろうに」

「ちなみに、王は本当にご存じない?」

「ああ、まったくもって身に覚えがない。旧スヴェート侯爵領内でおきた、鉱山の落盤事故……そもそも、お前の父は私の親友であり戦友であり盟友だったんだぞ……」


 王は真実悔やむように、思い出を悼むように、玉座の肘置きを掴んで、17歳の少年に告げる。


「あいつがいてくれたから、今日の国の平和は成った。あいつがいなければ、わしなど西側との戦争で敗れ、ここに座ってはいられなかっただろう」

「そうですね」

「はぁ……おまえの父がいてくれたらと何度嘆いたことか知れたものではない。──本当に」


 ブロードは華やかな笑顔と冷淡な瞳で肯定する。

 ちらりと手元に隠していた魔石を見る──嘘をついている証は現れなかった。

 モーネが喜色を満面に浮かべ(のたま)う。


「うふふ。やっぱり、貴方は素敵な公爵よ、ブロード・スヴェート。本気で婚約破棄されたら、私、死にたいくらい」

「そんな酷いこと、するつもりはないよ、モーネ………………君の父上が犯人だったら、確実にしたかも、だけど?」

「ん!」


 ブロードの(くら)い眼光。

 被虐性(マゾヒズム)を刺激されたモーネは、本能的に腰をくねらせた。

 普段はのんびり屋で穏当穏和が取り柄の、歳はひとつ違いの少年だというのに、これほどまでに覚悟が決まった姿は賞賛に値する。

 そんな彼がいてくれたからこそ、自分の両手足は自由に動くというのも、たまらない。

 やろうと思えば彼にすべての主導権を握られる、それほどの力と威を持っている少年を本気で慕いながら、彼女は自分の趣味に興じることも忘れない。


「ふふ──じゃ、じゃあ、正式に婚約決定ということでよろしいのかしら? ふん、こんな不気味な手足の王女を(めと)りたいなんて、あなたくらいかしらね、ブロード? 屋敷にいるイェッタやノルシェーンにとっても、さぞや目の上のたんこぶとしてあつかわれるのかしら?」

「“アクヤク令嬢”ごっこかい? 前にも言ったけど、あまり似合わないよ、君には?」


 ブロードは告げる。


「君は生まれてから13年間、呪われた手足を引きずりながら、それでも懸命に生き続けた。それだけで賞賛に値するのに、解呪されてからの、この三年間、よく王を支えていらっしゃると、僕は思ってる。無論、イェッタさんやノルさんも、同じ思いだと思うよ?」

「ぁ……………………ありがと」


 3年前にブロードが《解呪》の魔石4つを開発し、王に献上したことによって、モーネ・レグンボーゲの人生は変わった。

 無論、いい意味でも、悪い意味でも。


「それでは、王。本日はこれにて」

「うむ。誠に大儀であった、ブロード──スヴェート公よ」


 婚約者となったスヴェート公ブロードの去っていく背を一心に眺めながら、モーネはリーラの杖を握り祈念する。



(どうか彼の生が、おだやかなままでありますように)



 彼女の祈りは、しかし叶うことはあるまい。

 ブロードの至上目的が、『亡き両親の仇を討つこと』

 そのことに終始することを、幼馴染たる彼女はよく熟知している。











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