強欲女帝
◆ ◆ ◆
「う、嘘でしょ?」
六帝同士の感受能力が告げる事実。
吸血大帝フングリング、拳豪魔帝アロガント、そして、髑髏賢帝フェーグが討滅されたという真実に、強欲女帝シェルヴィスクは慄然たるものを覚える。
そして、強欲女帝自身も、自らが危地にあることを嫌でも認識せざるを得なかった。
魔剣と魔剣による遠隔攻撃──青色と桃色の矢が撃ち込まれ、その精密ぶりは格段に向上しつつある。
シェルヴィスクの有する収奪能力は、防御においても優れている。だが、遠距離から不意に狙撃され続ける状況が必ずしも良いものでないことぐらい、彼女には理解できていた。
(仲間の仇を取るなんてガラじゃないし~)
強欲女帝はそう考えはするが、六帝という魔王の一人としてのプライドがくすぐられる。
せめて。
せめてこの状況から足抜けし、先に行ったスヴェート公ブロード──魔石卿の命ぐらいは奪い取りたいと思考するシェルヴィスク。
(そうでもしないと、せっかく復活した意味がないったら──!)
ふと、違和感を覚えるシェルヴィスク。
攻撃を回避し損ねそうになり、数歩もたたらを踏んだように後退する。
(これって)
悪い酒で酔っ払ったような酩酊感──今いる自分の場所が凍えそうなほどの温度に包まれたような悪寒。
強欲女帝は《ブロー》と《ローサ》の能力を思い出す。
「しまった! そういうことか!」
とっさに衣服の袖で鼻と口元を覆うシェルヴィスク。
単調すぎると思っていた攻撃は、単なる時間稼ぎに思われていた。
半分は正解である。ブロードたちが大愚魔皇ドゥムを討ち取るまでの刻限を稼ぐこと──だが、もう半分は不正解。
「《ブロー》の氷雪属性と、《ローサ》の幻惑能力!」
してやられたと本気で思う強欲女帝。
今すぐここを離脱し離れなければ。
ただの氷雪や幻惑など意にも介さない魔王であるが、これは魔を討つ剣──魔剣から抽出された力。その特効性能は馬鹿にできるものではない。
シェルヴィスクは逃走を余儀なくされるが、狙撃手たちがそれを許さない。
数条の氷の矢が行く手を阻み、幻惑の香りを放つ桃色の鏃が、シェルヴィスクの収奪能力で無に帰していく。
だが、それらによって冷やされる大気と、幻惑の香に汚染される空気は、収奪の対象にはなりえない……少なくとも今のままでは。
「やってくれるじゃないの、あの二人ぃ!」
強欲女帝は覚悟を決めたように目を見開いた。
◆ ◆ ◆
こちらの思惑に気づかれたと、ノルシェーンは遠距離の地点で察することができた。
魔剣の補助能力によって狙撃性能を格段に向上させた二人の攻撃は、確実に強欲女帝の足を止め、ブロードたち先行隊の貴重な時間稼ぎを果たしていた。
おまけに、《ブロー》の氷雪が大気を凍てつかせ、《ローサ》の幻惑の香が空気中に流れ込むあのあたりは、通常の魔族であればとっくの昔に行動不能に陥っていたことだろう。
しかし、相手は六帝。
魔王と称される者の一人であり、ブロードを一度は追い込んだ女帝である。
「気づかれましたね」
ハーフエルフの眼が観測手を務める中で行われた狙撃戦も、ここへ来て次の段階に移行する時が来たようだ。
「絶対に逃がしてはなりません、確実にしとめます」
「りょ、了解!」
ノルシェーンの号令に、フェリが力いっぱい応じた。
「《ブロー》──形態変化」
魔剣を弓矢の形にして矢をつがえるノルシェーンは、凍てつくような声で呟く。
「《射貫く氷》」
◆ ◆ ◆
シェルヴィスクは直感的に「来る」と覚った。
今代において吸血大帝の本体を、極低温の矢で射抜いたと聞く、あの技が。
(さすがに、そんな攻撃を収奪したらどうなるか、想像しただけでゾッとする)
強欲女帝は森の中を駆け抜けた。
駆け抜けた先で、深い渓谷の淵に立たされる。
完全に追い込まれた。
屋は自動追尾性能でもあるかのように、森の中を奔ってくる。
「あんまり──調子にのるな!」
シェルヴィスクは吼えると同時に、おのれの収奪したものの中から数本の矢を取り出した。
それは、自分が一度死ぬ前にコレクションしていたブロードの“破壊”の矢──魔剣の矢であった。
無論、魔族の王たるシェルヴィスクに魔剣は使えない──だが、その残骸ともなれば話は別だ。
彼女は《フェシュテーラ》の矢を、自分めがけて飛翔する氷の矢へとぶつけてみせる。
ノルシェーンの放った矢は魔剣同士の相互作用によって軌道を直前で変えられ、ものの見事に弾き飛ばされる。
「へへん! 見た……か?」
シェルヴィスクは氷の矢とは別に、高速で無音で自分に迫る脅威に気づいていなかった。
「嘘でしょ? 私が射抜かれる、わけ……」
自分の身体の中心を貫く幻惑の力──《ローサ》最大励起──《夢幻を魅せる剣弾》──桃色の魔弾に射抜かれた。
「意外とやるじゃない……あの二人……」
強欲女帝シェルヴィスクは渓谷の底へと墜ちながら、その肉体を崩壊させ……
◆ ◆ ◆
《ローサ》を狙撃銃のごとき形態に変化させたメイドが、スコープを覗きつつ問いを投げる。
「やりましたか?」
「ええ。私の観測できた限りでは──」
谷底へ落下する六帝の死体は確認できなかったが、間違いなく致命傷を負った。
生き残れたとしても、あれでは戦いに復帰など到底できまい。
《ブロー》を魔剣形態に戻し、男装の麗人は静かに息を吐く。
「私たちの役割は終わりました。早くブロード様たちと合流しましょう」
完全を期するならば死体の確認に赴くべきところであったが、ブロードの様子が気がかりだったノルシェーン。
彼女は焦りを募らせまいと抑制した声で告げる。
「いきましょう、ブロード様のもとへ!」
頷くフェリを伴って、彼女たちは急ぎ魔石卿たちを追う。
六帝、残り──




