討滅隊 -1
◆ ◆ ◆
明朝。
スヴェート領の東の山嶺に、急ごしらえで造営された砦と城壁から、それは見えた。
「敵軍を確認! 魔族軍です!」
スコーグは魔剣の柄を握りながら報告に耳を傾け、そして告げる。
「狼狽えるな。ブロンマの率いる《グロー》隊がいる。魔剣を持ったあいつを、早々打ち破れるものかよ」
彼の推測通り、魔族軍の急先鋒部隊は、壁に弾かれる水のごとく散り散りとなる。
しかし、スコーグは迷う。
(このままあいつを前面に押し立てて逃げる敵に進軍させるか、それとも)
「いかがなさいましょう、隊長」
スコーグは数瞬で決断を下す。
「──ブロンマ隊に一時後退の指示を出せ。相手が態勢を整えているうちに、こっちも休んでおくのが得策だ」
スコーグの指示は徹底された。
ブロンマは休息の必要を感じなかったが、こちらは俄か仕込みの志願兵が多数を占める。
一般兵装の魔剣があるとはいえ、急場しのぎの軍隊に、深追いや追撃の手は悪手に感じられた。
(戦いはまだ始まったばかりだ…………頼みますぜ、『魔石卿』の旦那!)
自分たちが魔軍を引き受けている間に、ブロード率いる討滅隊が戦果を挙げる手筈となっている。
志願兵たちは士気こそ高かったが、一度の戦闘で死の恐怖と戦の恐怖を味わえば、それだけで使い物にならなくなるだろうと思われた。
が、魔剣の戦闘補助能力のおかげで、どうにか士気維持が可能という具合である。
「うん?」
ゴブリンやオークの軍団が蹴散らされ逃げ出す先で轟音が響いた。
それは巨大な生物の足音を彷彿とさせる衝撃を森に食らわせ、山嶺の開けた土地に現れ出でた。
赤毛に、目元には奇怪な紋様を刻む若者が、スコーグたちのいる砦に向かって歩を刻んでいる。
「へへ。愉しそうな戦場じゃねえかよぅ、えぇ?」
武官の一人が絶叫に近い声で喚いた。
「あれは【拳豪魔帝】です!」
「チィ、旦那の予想通りこっちに来やがったか! ブロンマ!」
魔剣と、立派な全身鎧をブロードから譲られた女戦士、ブロンマ・ベリが。委細承知の声を出しながら、拳豪魔帝アロガントに斬りかかるべく、突撃。
魔剣を引き抜いたスコーグも、《転移》の魔石を使って、アロガントの後背に回り込む。
◆ ◆ ◆
一方。
南軍にも動きがあった。
「アンデッド軍が侵攻! 数、概算して九千、いや一万とのこと!」
「一万!」
ヴォール王はこちらの倍の兵力に舌を巻いた。
さらに、アンデッドと化したストレング騎士候とセリエース騎士候が、魔剣と《グレーン》を持ったゾンビへとして視認される。
そして、大魔たちの担ぐ輿に乗った【髑髏賢帝】の姿も確認された。
王はすぐさま通信武官に告げる。
「ミューレン伯に《通信》、髑髏賢帝は南軍前線にいると伝えろ!」
アンデッド軍の攻囲に抗うヴォール王軍。
こちらも一般兵装の魔剣のおかげで善戦できているといったところであった。
しかし、王自らの出征と、魔剣保有者のゾンビ兵の登場は予想の範囲外である。
王は冷や汗を額に浮かべる。
(ブロードが、『魔石卿』がいなかったらと思うと肝が冷えるな!)
そう思うヴォール王は、急増の南城砦の中で、髑髏賢帝フェーグと対峙するミューレン伯を視認。
「頼んだぞ、ミューレン伯」
◆ ◆ ◆
その男は、人間の《転移》魔術で現れた。
アンデッド兵共の攻勢を《火炎》魔術で一掃しつつ、イフト・ミューレンは髑髏賢帝の輿近くまで降り立った。
髑髏賢帝は律義にたずねる。
「何者でしょうか?」
「髑髏賢帝──フェーグ殿ですね?」
「そうですが、君は?」
「お初に御目にかかる。私、王国魔術尚書を拝命しております、イフト・ミューレン伯爵。以後、お見知りおきを」
貴族らしい丁寧な物腰に、フェーグは興味をそそられ、南軍の攻撃の手を止めさせた。
「何か用向きがあって、こちらに?」
「実は折り入ってご相談があるのです」
ミューレン伯は微笑んだ。
「私と取引いたしませんか?」
◆ ◆ ◆
「【拳豪魔帝】および【髑髏賢帝】出陣を確認」
「とすると。残るは四帝──【吸血大帝】【強欲女帝】【死刑剣王】、そして【大愚魔皇】」
討滅隊は旧ヴェン・スカープ辺境伯領に潜入しつつ、徒歩で、連中の中枢部が築かれた陣を目指す。
「大丈夫ですか、フェリ?」
「これぐらい、平気、です」
だが、その顔色は胃に穴でも空きそうなほど蒼白であった。
無理もない。
この作戦の可否に、人類社会の存亡がかかっていると考えれば、緊張と不安で倒れても不思議ではない。
「やっぱり城砦守備の方がよかった?」
「ば、馬鹿にしないでくださいよ坊ちゃま!」
元傭兵のメイドは、水色の髪を振るって勇気を絞り出す。
「私だって、今ではスヴェート家のメイドの一人。主君が出征するのに、自分だけ安全圏にいられますかっての」
「その心意気は買うけど──ッ!」
ブロードは腰に佩いた星剣が、かすかに輝くのを感じた。
「誰か来たようね」
両の眼を聖布で覆うナテュールも言及する。
「あら。バレちゃった♪」
森の奥から現れ出でたのは、戦場とは不釣り合いに情欲的な衣装を身に纏う【強欲女帝】であった。
シェルヴィスクは気安い調子で話しかける。
「ブロードくん久しぶり~♪ 元気してた?」
「坊ちゃま。ここは」
「私たちが」
ノルシェーンとフェリが、《ブロー》と《ローサ》の魔剣を抜いた。
「あら、可愛い子に囲まれるのは嬉しいけど、あなた達じゃ役不足じゃないかしら?」
「やってみなければ」
「わからないことです」
フェリとノルシェーンの言葉に、強欲女帝は頬を可愛らしく膨らませつつも、そんな二人の勇者──メイドの意気込みを大いに買う。
「それじゃあ、ちょっとだけ遊ぼうか♪」
ブロードは二人に告げる。
「ノルシェーン、フェリ、強欲女帝の能力は」
「すべて承知しております、坊ちゃま」
「此処は任せて先にいってください!」
二人の首肯と言葉に背中を押され、ブロードはイェッタとナテュールを伴い、敵陣深くへと潜入していく、その時であった。
またも星剣が反応を示したのは。
「高速で飛行する敵──これは」
ブロードたちの頭上を、朝の光をものともせず、蝙蝠の群れが乱舞した。
「殺す、殺す、殺しつくす!」
長い金髪の偉丈夫の姿が形をもって現れる、分裂と終結を繰り返す蝙蝠の群れが凝縮し、赤く血走り輝く眼があらわとなる。
「貴様も、貴様も、貴様も、我に屈辱を与えるすべてを殺しつくす! 殺して殺して殺しつくさねば気が済ま」
彼が言い切る直前であった。
「────なアぁ?」
フングリングは自分の肉体を見た。見下ろした。
そして、胴から下が寸断され、首から下が両断され、なくなっていることに遅れて気づいた。
首だけの魔王が告げる。
「お、おいおい……冗談、だ、ろ?」
吸血大帝は吐血していた。吐血しながらその優美な頭部を崩していく。
ブロードが告げる。
「……すまないが、あまり時間をかけていられないんだ」
言って、荒い呼吸のブロードは手早く血振りし、イェッタとナテュールを連れ、その場を《飛行》の魔石で去っていった。
吸血大帝フングリングは、星剣の刃に破断され、果てた。
六帝、残り五人




