決戦前夜
◆ ◆ ◆
ヴォール王は傭兵隊のみならず、広く国民に志願兵を募った。
北方も西方も静観を決め込み、魔族どもに食い荒らされる王国の求めに応じることなく、参戦を拒み続けている。
このうえは、自国の民草に希望を託すほかになかった。
志願兵は驚くほど集まった。
皆、鋤や鍬ばかりしか持ったことのない農民や、金勘定に勤しむ商人が多数を占めた。
皆が感じ取っていたのだ。
故国の荒廃はこの一戦にかかっていると。
その一念が、彼らに剣をとらせ盾を握らせた──もっとも、練度の不足は否が応でも表在化する。
それを均一にすべく、傭兵隊が即席の教練を付け、なんとか形にしてみせることができたのは、一週間が限界であった。
ついに、魔族の侵攻が、スヴェート領に迫りつつあった。
◆ ◆ ◆
スヴェート領、東端。
仮陣地にて。
「討滅隊を?」
疑念の声を発するスコーグに対し、頷いたのはヴォール王であった。
「傭兵隊の働きと一般兵装の魔剣のおかげで、我が軍の最低限の戦力は整えられた。しかし、敵に一当てされれば瓦解するのは時間の問題である」
王の主張は至極もっともな意見であった。
いくら志願兵の士気が高く、魔剣の補助があったとしても、相手は魔王の連合軍。
にわか仕込みの志願兵ごときで、太刀打ちできる相手ではない。
「そこで、即製ではあるが、魔王の討滅討伐を目的とする部隊を組織する。各魔王を葬り去ることが出来れば、魔族連合の方こそが、瓦解を余儀なくされるだろう」
「それはそうでしょうが……」
スコーグは自分が都市スタルク潜入時に相対した魔王二名のことを思い出していた。
とくに、直接戦闘まで行った死刑剣王にかんしては、魔剣を授受されていた身ながら、震えを禁じ得なかった。
今でも思い出すだけで震えがくるのである。
そんなものを討滅できる人材といったら──
「無論、この討滅隊は、ブロード・スヴェート公爵が指揮を執る」
「『魔石卿』の坊ちゃんが、ですか」
スコーグは隻眼に不安と心配の色を隠せない。
この一週間、彼は何度か見せてもらっていた。
星剣鍛造だのなんだかよくわからない事業に従事していた彼は、本当に使い物になるのだろうか。
否。
いま彼を戦地に赴かせて、本当に大丈夫なものだろうか……
「気持ちはわかる。ブロードは目に見えて疲弊している……例の星剣鍛造作業で……だが、これは本人の希望でもあるのだ」
星剣を扱えるのは自分しかいないと、ブロードは言ってのけた。
そして、相手側に聖剣がある以上、ブロードが出征するのは当然の義務でさえあった。
「斥候からの報告では、敵は東方から一点突破する腹積もりらしい──中魔や大魔など、魔王親衛隊の姿も確認された」
「ついに来やがりますか」
スコーグは王から送られた立派な鎧に身を包み、魔剣を腰に佩いて、即席の騎士候として東軍の指揮にあたる。
南軍からの動きも警戒に値するものであり、そちらは王自らが陣頭指揮を執る──とらざるをえないほど、状況は逼迫していた。
孤軍奮闘とはまさにこれである。
「我等が戦い続ける限り、魔族の侵攻は食い止められよう。だが、一般兵たち……志願兵の手勢では」
「魔王の相手は指南を極める……いや、不可能ってものでしょうな」
王は頷いた。
だからこそ、魔王たちを各個撃破できる手勢……『討滅隊』の組織は必要不可欠ですらあった。
「まぁ、俺は『魔石卿』の旦那に恩義がある。ブロンマも然り。必ずやお役に立って見せましょうとも」
「ああ、よろしく頼む」
◆ ◆ ◆
「私を討滅隊に加える気はないって、本気で言ってるの、ブロード?」
「ああ。君は、ここに残って、後詰の隊を率いてもらいたい」
「私と《リーラ》なら、必ず連中を討つ役に」
「ダメだ」
ブロードの屋敷では押し問答が繰り返されていた。
天上五剣のうち残された三剣を磨く刀工は、あくまでも第一王女を連れていく気はないと、言明していた。
「《リーラ》には封印を施した。君の生命を脅かすものが現れない限り、魔剣は最大励起できなくした」
「そんな勝手な」
「君のためでもあるんだ、モーネ」
彼女の呪いはすでに限界近くまで、彼女自身を蝕んでいた。
「君の呪いの発生源である髑髏賢帝を討てば、君は、呪いとは無縁となれる」
「でも、それじゃあ、《リーラ》を扱うことだってできなくなるじゃない!?」
「その方がいいだろ?」
「ちっともよくない!」
頬を膨らませて涙目になる王女に、婚約者たる少年公爵は手招きをした。
数秒して、彼の求めるまま、彼の腕に抱かれる王女は、彼の言葉を聞く。
「君を喪いたくない……信じてもらえる?」
「……………………わかったわよ、もう!」
しばしの抱擁を受けて、モーネ・レグンボーゲは折れた。
折れざるを得なかった。
「私を置いていって、後悔なんてしないでよね」
「しないよ──たぶん」
二人はそう言って別れた。
モーネはブロードの屋敷で、彼の帰還を祈り続けた。
◆ ◆ ◆
討滅隊のメンバーは、ブロードのほかに五名。
《レード》使い、イエッタ・イェーン。
《ブロー》使い、ノルシェーン。
《ローサ》使い、フェリ・エーブリクト。
両眼を聖布で覆った、星竜/ナテュール。
そして、イフト・ミューレン伯が、加わった。
「失礼ながら、魔剣使いでないミューレン伯がいるのは?」
「彼の強い希望だ。魔術尚書として、彼の振るう魔術は特筆に値する……けど……」
「坊ちゃま?」
「いや、何でもないよ、イェッタさん」
ミューレン伯が護国の士として立ち上がった──とは、どうにも思いきれないブロード。
彼は彼なりの謀略を巡らせているに違いないが。
「彼には僕も一度助けられている。申し出を断るのは失礼ってものだからね」
だからこそ。
ブロードはとある魔石のカケラを彼に託した。
もう無用の長物にしかならないそれを、伯本人が望んだがために。
「出撃は明日に決まった」
ブロードの確認するような言葉。
進軍方向は、魔王連合の急進してくる東側へ。
最後の夜。フェリは《ローサ》の使い方を覚えるべく、ノルシェーンの教導を受けている。
「イェッタさん」
「はい、坊ちゃま」
「あのことは、秘密にしてくれてる?」
「────無論です」
重い沈黙が下りた。
屋敷から見える夜の光景を、ブロードは思う存分、堪能する。
「言ってなかったと思うけど、僕のとこで働いてくれて、本当にありがとう、イェッタさん」
「坊ちゃま。もう、お休みになられては?」
「いや……もう少しだけ、話、を」
広いベランダで、ブロードは片膝をついた。
咄嗟にイェッタの胸を借りなければ、その場で昏倒していたやもしれない。
「はは、ごめん、さすがに、──ちょっと眠すぎて」
「御無理はなされませんように」
「いや。敵はもうすぐそこまで来てるかもしれない」
不安は当然であった。
おまけに、彼は星剣鍛造によって、体力を著しく損ねている。
イェッタは胸が張り裂けそうな思いだった。
「坊ちゃま……」
「イェッタさんの心音、すごく…………」
ブロードは気を失うように眠った。
イェッタの《心臓》となっている魔石も、悲しみと焦りに満ちて早鐘を打っている。
魔石卿のメイドは、主人をベッドに寝かしつけると、その場で振り返った。
「来ておられるのでしょう、母さま」
カツリカツリと足甲が響く音色がする。
死刑剣王はいつかの時のように、娘のもとを訪ねていた。
「イェッタ、我がもとへ戻れ」
「お断りさせていただきます」
「人類は終わりだ。貴様らの企みも、何もかもを、我等魔王連合……“六帝”は食い破ることだろう」
「それでも、です」
イェッタは赤い魔剣を、獣が威嚇するがごとく構えた。
「私はこの方に……坊ちゃまに……ブロード・スヴェートに救われた。その恩義には報いねばなりません」
「──たとえ自分が」
「死んでも……です」
漆黒の剣士は剣を抜きかけて、中途で手を止めた。
「おまえは本当に、父によく似ている」
「…………ありがとう、ございます」
漆黒の剣士は踵を返した。長い黒髪が翼のごとく翻る。
「母さま」
それをイェッタは引き止めて、言った。
「どうかお願いです。母さま。我等、六帝討滅の部隊に、御力添えをしていただけませんか?」
「ならぬ」
断固たる口調であった。
「何故そこまで……何故、母さまは魔王となったのです?」
505年前と同じ問答。答えは決まりきっていた。
「理由など話したところで詮無き事」
死刑剣王は、娘の意見に聞く耳を持たず立ち去ろうとする。
「せいぜい足掻くことだ、イェッタ・イェーン……我等六帝の前で。堂々とな」
「望むところです、母さま」
剣士は足甲の足音を残すことなく、時空間を割り開いて、その場を立ち去って行った。




