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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第四章
44/53

星剣






 ◆ ◆ ◆





「各領地の状況は?」


 ヴォール王はスヴェート公領にあるブロードの別邸を仮王宮と定めた。

 別邸といっても、その規模と規格は公爵位に位置する者が保有して当然の豪邸であるが、住み慣れた王城と比較すれば、どうしても小さめの居宅程度にしか見えない。

 が、そんなことを気にかける余裕など、現在の王に、王国には存在しない。

 今や敵の支配領域と化した辺境伯領──それに接するスヴェート公領の領地の境には、スコーグ・エーら率いる傭兵隊をはじめ、着々と軍備が備えられつつあった。

 先の王の質疑に対し、生き残った王室魔術師たちが応える。


「ハンス・アクセル・ストルム伯領、征圧された模様──」

「ベルナドッデ・ヒンメル候領、応答ありません──」

「王国宰相、グスタフリン・ソーリゲ伯領も──」


 ヴォール王は一言、


「そうか……」


 と言って肩を落としかける。

 残された領地は迎撃にかろうじて成功した北東のミューレン伯領、西のヴィンド候領、北の旧ディンマ伯領、そして、スヴェート公領、そこに王直轄領を含む五つのみ。

 わかっていたことだが、現実を前にすると憂鬱を覚える。

 王宮でゾンビと化した彼らの治める南の領地すべてが、魔王どもの支配下にくだった事実に悲嘆するヴォール王。


(逃げ道がない)


 民を逃げ散らせようと思えば、北と西から国境を超えさせて北方蛮域や西の共和国に向かわせるしかないが、そこにも敵の手が回っていたとしたら……

 仮の玉座に腰掛け、一連の騒動でゾンビ化を免れた貴族にして魔術尚書、イフト・ミューレン伯を(かたわ)らにおき、意見を求める。


「やはり、ヴェン・スカープ辺境伯が開いた戦勝会。それに出席した貴族や兵が?」

「はい。なんらかの方法で、敵の術策にはめられた可能性が高いかと」

「ミューレン伯。(けい)は貴族派閥だったはず。それが何故」


 いまや、王の味方となってくれているのか。

 当然の疑問に、黒髪の若者──ミューレンは薄く微笑んで答えた。


「確かに私は貴族派閥として活動しておりました……ですが、王国が、故国が、これほどの打撃を被ったうえは、もはや派閥争いに興じる気にもなりません」

「もしやとは思うが……いや、よそう」


 この混乱の終息に乗じて、国を簒奪する──などという企みもゼロではない。

 が、そんなことは些末なことだ。

 王派閥の貴族がヴェン・スカープ辺境伯の裏切りに数多く倒れた今、王国の政治体制は大きな変転を余儀なくされている。


(あるいは、余の時代──虹色の我が国──レグンボーゲの歴史はここまでやもしれぬ)


 ここ数日で一挙に多くなった白髪(しらが)の数を思いつつ、ヴォール王は各領地の侵攻状況を把握しつつ、適宜(てきぎ)、それに応じた防衛線を張らねばならない。

 ヴィンド陸軍元帥まで死徒と化した以上、その下の将校らに指揮権を(ゆだ)ねる──というのも難しい。彼らもまた、戦勝式に参じ、結果、ゾンビの群れとして焼け落ちたレグンボーゲ王宮に残してきたのだから。

 現在、無事な将校の中で、もっとも位が高いのは、実戦経験など当然皆無な魔術尚書と、


「公爵──『魔石卿』──ブロードは、軍団指揮を()っている場合ではないしな」


 別邸にいても耳をすませば聞こえる、錬鉄の音。

 彼の振るう鎚の音だけが、今後の人類世界の(かなめ)となりうるのだ。






 ◆ ◆ ◆






 スヴェート領の屋敷──地下工房にて。

 金属を打つには高すぎる高音が屋敷中に響き渡る。

 いつものように魔石を使用した作業ではなく、星の竜から提供される鋼のごとき硬度の白く透明な鱗を、ブロードは剣の形に鍛造しようと試みるが、


「…………失敗」


 もう何十度めかもしれぬ言葉を吐き出して両肩を落とす。

 魔剣鍛造であれば、これまで何千何万と繰り返してきた。

 それが、星竜の素材を剣に変えようとした途端に、これ。

 ガラス細工のように散り散りとなった素材をかき集める作業をイェッタたちに任せ、ブロードは星剣鍛造の作業に没頭する。

 だが、


「また失敗……」


 魔石であれば、このような失敗とは無縁でいられた。

 師匠である『魔工老』シェーン・クラフトと共に、魔剣鍛造の教導を受け、それを自らの技術──復讐の道具に昇華させた。

 しかし、


「また…………」


 同じ失敗を幾度となく繰り返す作業に、さすがのブロードも苛立ちと不安を抑えきれない。

 いつもであれば、魔石をハンマーで成形し、圧縮し、空隙(くうげき)を抜いて芯鉄を幾度も幾度も折り返し繰り返し続けることで鍛鉄(たんてつ)することが、できない。

 まるで修業時代に戻されたような感覚であった。ブロードの両腕を覆う幾多もの傷──それが星剣鍛造には何の役にも立たない!


「絶望的だ……」


 思わず大鎚を投げだし述懐する主人に対し、イェッタは休息を取ろうと進言してくれるが、


「いや、今は時間が惜しい……」


 敵は広大な王国領地を支配下にくだしたが、逆に言えば、戦線が過剰に過大に伸びきっていることを意味する。南からの大侵攻か、東方面からの一点突破かは相手の選択次第だが。

 それまでの間にこちらは態勢を整え、軍備を、軍略を……そして星剣を用意せねば。

 彼は顔中から噴き出す疲労の汗をぬぐって、もう一度作業に戻る。

 しかし、できない。


「本当に、僕なんかに星剣が()てるんでしょうか……」

「──それは、私にもわからない。けど──」


 素材を提供し続けるナテュールは、正直に告げる。


「あなた以外の誰にも、この使命は果たせない」


 星竜は断言した。


「ブロードくん。君は魔剣を打つ時、何を考えている?」

「……魔剣を打つ時?」

「星剣は魔剣とは違う。そのことを念頭に、もう一度やってみて」


 ブロードは頷いて、透明に近い白色の鱗を受け取った。


(魔剣とは違う)


 ブロードが魔剣を打つ時に考えることは、家族を、父母を奪われた怨み、怒り、悲しみ、憎しみ────


(それとは逆のことを考える?)


 漠然と考えをまとめながら錬鉄を始めるブロード。

 今のブロードにとって大切な者──屋敷にいる者たち──モーネ──フェリ──ノルシェーン──そして、イェッタ──


「そう、その調子」


 ブロードは率直に「はい」と頷いた。

 自分の呼吸音と心臓音が心地よく耳に響く。

 それに合わせて打たれ鍛えられる鋼と鋼の音色も律動的だ。

 星竜の教導と素材を受けて、ブロードは星剣鍛造に心血を込めて挑んだ。


「星剣を鍛える」──そのリスクを重々覚悟の上で、彼は(つち)を振るい続ける。









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