死刑剣王
とある魔王の過去
◇ ◇ ◇
星暦1100年の昔。
後の【死刑剣王】──スヴァット・シュークは、魔族のひとつであるダークエルフとして生を享けた。
最後の純粋なダークエルフとして。
星暦2500年。
スヴァット・シュークは一人の人間の男──探検家にして剣客──ヴェルマ・イェーンと出逢い、逢瀬を重ねた。
スヴァット・シューク、実に1400歳での初恋であった。
星暦2502年。
スヴァット・シュークは一人娘を産んだ。
名を、イェッタ・イェーン。──父親の姓を継がせた。
イェッタはハーフダークエルフとして育ちながら、父と母に似て、剣技の才に恵まれた。
スヴァット・シュークは愛情をこめて我が子を育てた──大陸の端の端の海岸近くで、たったひとり。
星暦2520年。
イェッタ・イェーンを独り立ちさせた。
人間の慣習に従い、18歳で世に出たイェッタは、多くの迫害を経験しながらもたくましく生きていった。
星暦2602年。
人間たちと魔族たちとの戦争が勃発。
最終決戦の地にて。スヴァット・シュークは時空剣を使い、“六英”と呼ばれていた娘を500年後の未来に飛ばした。
六英との戦いに敗れたスヴァット・シュークは、敗残した魔族たちを率い大陸極東へと逃げおおせた──
◆ ◆ ◆
スヴァット・シュークは瞼を押し開けた。
地下牢と見まがう漆黒の空間が、彼女の周囲を満たしていた。
「夢……か」
椅子にもたれ、2000歳を優に超すダークエルフは、微睡を払うように頭を振った。
仮面付きの兜を装着し、椅子の上での仮眠を終える。
「この私が夢とは、な」
魔王になった時点で、飲食や睡眠などの類は不要、一種の娯楽に堕する──他の“六帝”のうち、睡眠を愉しむのは半分だけだろう。
死刑剣王は自分が存外に疲れていることを知る。自分ごときが夢を見るなど。
そのとき、彼女の私室にノック音が響く。
「誰だ」
「失礼いたします」
魔族の侍女たちの制止も聞かず、その男は悠然と現れた。
「卿は確か、ヴェン・スカープ辺境伯、だったか?」
「“元”がつきます。【死刑剣王】陛下」
「何用だ?」
侍女たちをさがらせ、スヴァットはダイヤを思わせる白髪の若者から感謝の言葉を受け取る。
「あなた様から授かった聖剣──《ファルスク》について、改めてお礼を、と思いまして」
「無用なことだ。それはそなたへの褒美として、我々がくれてやった宝剣のひとつにすぎん」
男は漆黒の身なりに光輝に満ちた聖剣の鞘を腰に佩いていた。
その磨き上げられた刀身は、かつては聖暦時代の刀匠たちによって鍛造された一級品に相違ない。
しかし、ヴェンは引き下がらなかった。
「此度の戦いで、聖剣の力を使い、あらためて思い知りました。魔剣など取るに足らぬゴミであると」
スヴァット・シュークは眉をひそめた。
自分がこれまで頼みの綱としてきた魔剣をゴミ同然に言い切る態度。理解はできても納得はいかなかった。
「そう魔剣をおざなりに語るでない。現に我等魔王は魔剣の前に幾度となく敗北している」
「ええ。それが解せません」
ヴェン・スカープは毅然とした態度で応じた。
「何故、これほどの聖剣を持ちながら、あなた方が敗北を重ねるのか。私にはとんと理解できない」
鞘に収まる聖剣の柄を、まるで愛撫するように撫でまわすヴェン・スカープ。
「ひょっとして。この剣は魔族であるあなた方には扱えない代物なのではと愚考した次第」
「ほう……だとしたら、どうする?」
両者は同時に抜剣していた。
そして、
「!」
「見くびるなよ、人間」
ヴェン・スカープは、スヴァット・シュークの握る“聖剣”の先に、顎を撫でられた。
聖剣とは別の聖剣。
銘を《ヴェルクリグ》。
「私は【死刑“剣王”】──ありとあらゆる剣は、王たる私のもとに跪く運命にある──」
「は、ははは。なるほど……よく理解りました」
ヴェンは殺意と害意をといて、聖剣を鞘に戻す。
スヴァットもそれに倣うように、高速で聖剣を鞘に戻した。
「用心することだな人間。貴様が踏み込んだのは“六帝”に与する者たちの領域。只人ごときとなれば、小魔どもの餌になるだけだ」
「はっ。その御言葉、肝に銘じます」
ヴェン・スカープ元辺境伯は、冷や汗を拭いながら剣王の私室を辞した。
漆黒の部屋に残されたスヴァット・シュークは、自分の腰にある聖剣を撫でる。
かつてこれを持っていた愛すべき夫のことを思い出しながら、彼女は椅子に座り直し、目を閉じる。
聞こえてくる細波の音色。
両親を呼んで大手を振るう愛娘。
共にありつづけられると信じた男の横顔。
スヴァット・シュークは想う。想い焦がれる。
あの時に戻れたのなら、と…………
彼女の有する時空剣は、彼女の望みに応えない。




