聖剣
第四章、開始
◆ ◆ ◆
スヴェート領の屋敷に避難した王宮の生存者や王室魔術師たちが、治療と被害確認に奔走する中。
王直轄領からの避難民も流入してきた。
彼ら曰く、
「王城が炎上崩壊した」
「城からアンデッドが湧いてきて逃げ出した」
「王直轄領は大パニックだ。何がどうなっているのだ?」
と、不吉な報せが続々舞い込んでくる。
ヴォール王は宣誓した。
『王城は死守した。が、逃げるものはスヴェート領へ避難せよ』と。
ブロードは国境警備兵にアンデッドへの対策を済ませつつ、避難のための《転移》の魔石を大放出して、王直轄領内の避難民たちを救うべく、自領と直轄領を往復する羽目になった。
魔術尚書ミューレン伯をはじめ、王室魔術師らも手伝ってくれはしたが、王直轄領はあっという間に死徒の占拠する地獄と化した。
そんな状況の中にあって。
ブロードの屋敷では、神妙な面持ちで集まる面々が揃っていた。
「まさか聖剣がでてくるとはね──」
夜更け過ぎ。
仮王宮と化したスヴェート家の屋敷にて。
ナテュールは見事に破断された魔剣の残骸を矯めつ眇めつする。
《エーヴェヴィンナ》は真っ二つにされた断面をさらし、《シェネレース》に至っては純白の優美な刀身が鉄屑の塊のように変じている。
星竜は再度確認した。
「本当に、聖剣だったのね?」
「間違いないと思います」
そう告げたブロード自身、信じられないという形相で、ナテュールと向き合った。
応接室に集ったのは、イェッタ、ノルシェーン、フェリのほかに、モーネとヴォール王、そして傷を癒したミューレン伯の姿があった。
「僕の師匠……魔工老から聞いたことがあります。魔剣を上回る聖剣の話を」
「うん。僕たち星竜が初代魔剣鍛造者に語った内容だね」
「どういうことです? 何故、あのように強力な武器が──聖剣が存在しているのですか」
ナテュールは片眼鏡をおさえながら考え込み、数秒後には「語るべきだ」という覚悟を固める。
星の竜は宣う。
「聖剣は、星暦以前の暦──聖暦時代の遺物よ」
ナテュールは語る。
聖暦時代のことを語る彼女は、ひどく悲しげな様子で、しかしながらはっきりとした口調で説き続ける。
「聖暦5000年頃は、私が生まれた頃ね。その頃は人間たちの主兵装は魔を討つ剣である魔剣ではなく、神聖なる力を保持した“聖なる剣”が主兵装とされた。けれど、聖剣の殺傷対象は、魔族や魔王ではなかった──より正確には、なくなった、というべきかしらね? 何しろ5000年も経てば、魔族は狩られ尽くされ大陸の端に追いやられ、聖剣の力のもとに消滅を余儀なくされた魔王が1000もいれば、ねえ?」
「で、では、いったい誰を相手に、人々は聖剣を使った、と?」
イェッタの疑問に、ナテュールは淡々と告げる。
「『人間同士』よ」
聖剣は、聖暦の始まりと共に生まれた、人々の護衛手段に過ぎなかった。
だが、聖暦が千年、二千年、三千年と進むにつれ、魔剣などよりも鍛造技術に習熟するものが大勢発生し、どの大陸のどの陣容にも行きわたっていた。
それこそ、安価な武器のひとつとして数多く取引がなされた。
人間同士の戦争に、聖剣が使われるのは必定の流れであった。
「だが、それ故に、人は人同士の争いで滅亡の憂き目にあった。強力な聖剣が鍛造されるごとに、それを上回る聖剣が鍛造錬鉄され、収拾がつかなくなるほどに。そして、一つの大陸が聖剣の力によって、地上から消し去られた」
そんな馬鹿なと抗弁しかけるイェッタたちを、ナテュールは「事実よ」と言って押しとどめる。
事実として、大洋スティッラ・ハーヴェットには奇怪なほど巨大な空白地帯が生じており、海溝の深さも不自然なほどであった。
ナテュールは説明を続ける。
「聖剣の危険性は火を見るよりも明らかだった。それでも人々は聖剣を使った争いを辞められず、自ら絶滅の淵に追い込まれた。そして、私たち星竜が生まれ始めた。一種の抑止力としてね」
人間と星竜は相争ったが、聖剣への耐性を有するように生み出された星竜側に分があった。
結果、人間は永久に聖剣を放棄するという約定を結んで、聖暦の暦を星暦へと新たにした。
星竜は人々に魔族に対抗するための魔剣を授け、両社は互いに距離感を保ち、現在へと、至る。
ナテュールは嫌なことを思い出したような渋面を作った。
「そのせいで星暦のはじめ頃は、星竜教みたいな変な信仰が生まれたりしたけど、それも500年も経たずに風化していった。そして、現代まで残っている星竜というのが、私、ってわけ」
全員がそれぞれに理解を示す中、フェリが疑問の挙手をあげた。
「あの、じゃあ、今回辺境伯の持ち出した聖剣の出所って?」
「さぁ?」
「さぁ、って」
「私にもわからないわよ。辺境伯が隠し持っていたか、あるいは魔王の誰か──剣王あたりから下賜されたかのどっちかでしょうね?」
「死刑剣王」
ブロードは思わずイェッタを振り返った。
イェッタはバツが悪そうな表情で、主人からの視線から逃れるように顔を背けた。
まだ話す勇気はないイェッタ。それを確認して、ブロードはナテュールと向き直る。
「聖剣への対抗手段は?」
「同じ規格かそれ以上の聖剣を使うか──あるいは私が相手をするぐらいしか」
「でも、ナテュール殿は現在の戦いには」
「不干渉、でいたいんだけどね」
もう充分に干渉している気がしないでもないが、彼女の意思を尊重するブロードは何も言わない。
「なぁ、ブロードよ」
ヴォール王が意見具申してきた。
「お主の力で、聖剣以上の魔剣を鍛造する、というのはどうだろう?」
「お父様……いまの話、聞いてた?」
モーネが嘆息しつつ疑義を述べる。
「そもそも魔剣の技術は、星竜さまから授かった限定品。聖剣を上回る出力の魔剣なんて作りようが」
「ないこともない」
ナテュールがそう言上してきて、モーネは前のめりに転げかけた。
「私の、星竜のパーツを使えば、聖剣を上回る“星剣”が鍛てるはず」
「星剣?」
「それによって数多くの聖剣を破却・破断することができたからね。でも、口で言うほど簡単に鍛造できるものじゃないから。練習が必要だね」
「あの、ナテュールの、パーツというのは?」
「えーと、まずはそう、鱗、角、爪、牙、翼──そして、残った右眼」
好きなところを選んでいいよと笑う白衣の女性に、さすがのブロードも肝を冷やした。
「そんな……いくら再生可能な肉体だからって?」
「いいや、再生しないよ?」
「え──な?」
「私が棄てると契約した時点で、その部位は星に還され、魔剣の素体になりえる──ちょうど、イェッタたちに譲った《レード》たちと同じくね」
彼女は片眼鏡を外し、白濁した左眼を見せつける。
他者に傷つけられる分には瞬時に回復できる肉体が、機能不全をおこしていた、それが主因であった。
ナテュールは片眼鏡をかけなおす。
「さぁ、どうするブロードくん?」
「──やります」
ブロードは考えた末に、魔剣に代わる剣の鍛造に着手することを誓った。
イェッタはそれを複雑な心境で眺める──彼の鍛造技術が、彼の命を削ることを思えば、彼女自身の身が引き裂かれる思いを味わったからだ。
「それじゃあ、まずは比較的楽な鱗から手慣らしといきましょうか?」




