ヴェン・スカープ
第三章、終了
◆ ◆ ◆
「大量のゾンビ兵が、攻囲軍や王宮で確認できました」
髑髏賢帝フェーグは事の次第を仲間たち五人に説明する。
「我等を取り囲んでいた攻囲軍のうち、ヴェン・スカープ辺境伯を、我が陣営に取り込むことに成功。かの御仁が開いたささやかながらも大規模な祝勝パーティの折に、我が呪詛の種を」
「ばらまかせておいたつーわけだ? 相変わらずやることえげつねえな、賢帝殿は!」
そう言いながら賞賛の笑みを浮かべる拳豪魔帝アロガント。
「これで王国軍は内部から蚕食され、都市奪還どころではなくなる手筈です。何しろ件の祝勝会には主だった貴族連中と、その従卒や兵員たちも参加しておりましたから」
「ふむ。となれば、各領地もガラ空き同然と。そういうわけだな、賢帝殿?」
人血のワインを嗜む吸血大帝も、髑髏賢帝の手並みの見事さに拍手を送っていた。
「ええ。その通りです。仮に、王が無事に脱出できたとしても、残っている領地の中で唯一領主が五体満足に生き残っているのは」
「王直轄領の東──ブロードくんのいるスヴェート領しかないわけだ」
強欲女帝シェルヴィスクも得意満面な笑顔で、フェーグの手並みの見事さに舌を巻く。
これでもう、王国は戦いを継続するどころではなくなる。
「たとえ、各領地に新領主が配されようとも怖れるには足らないでしょう」
「経験も知識も浅い次代の領主候補では、我等魔族の侵攻を抑止する加瀬にはなりえない、か」
死刑剣王スヴァット・シュークも、賞嘆するような声音で骸骨の王を見やる。
「全軍に進撃命令を出してください。これで、人間の国──我等魔族に対する抑止力──モーナルキー王国は滅亡するでしょう」
◆ ◆ ◆
「お父様! お父様! お父様っ?!」
モーネの悲鳴が両者の問答を引き裂いていた。
彼女を押しとどめるノルシェーンに代わって、イェッタが王の回収に向かう。
「おっと」
軽やかな動きでイェッタの鋭くも的確な剣筋を回避するヴェン・スカープ辺境伯。
彼は回避した先で玉座にどっかりと腰を落ち着けてみせる。見るものが見れば「不敬なり」と叫んだだろうが、今はそんなものなど絶無に等しかった。
それよりも時が惜しい。
ブロードはゾンビどもを打ち払い、桜色の魔剣──半ばで真っ二つに割れ砕けたそれを回収し、王の血まみれの胸部にあてがう。
「《シュシュペッシュトレード》──我が権限に従い、その《再輪》《再生》の業を示せ」
魔剣が、魔剣鍛造者の意を受けて輝きを増した。
「《桜芽吹くがごとき命の再輪》!」
桜色の閃光が、玉座の間を満たした後。
「げほ、ごほ!」
「お父様、っ!」
王は息を吹き返した。
代わりに、桜色の刀身は輝きを失い、完全にボロボロとほつれ、使い物にならない鉄屑となる。
ヴェンは大きめに舌を打った。
「おいおいマジかよ。蘇生機能付きだったなんて聞いてねえぞ」
「誰にも教えたことがないからね、王以外には」
「くそが。粉微塵に破壊しておくべきだったな、その魔剣」
「──どういうつもりだ、ヴェン・スカープ卿」
王は血まみれの口元をマントの端でぬぐって問いただした。
ブロードもそれに続く。
「一体、なんのつもりで、こんなバカなことを!」
「バカ? うーん、どういうつもりって、おまえ」
ヴェンは人差し指を突き付けて言った。
「おまえをブチ殺すためだよ、“ブロード”」
ブロードは色を失ったように立ち尽くした。
兄とすら思えていた相手に純粋な殺意と殺気を向けられるのは、実にこれが初のことであった。
「久しぶりに稽古でもするか、兄弟?」
「そういう冗談はやめろ! 今がどういう状況か!」
「わかってるさ」
言って、彼はブロードから贈られた魔剣──《友情》と名付けられたそれを鞘ごと断ち切ってみせた。断ち切られた《友情》が、むなしく玉座の間の床に転がる。
「俺は“六帝”に与する者──王国の裏切りもの──そして」
ヴェン・スカープ辺境伯は、その手に握る“聖剣”を見せびらかすように嗤う。
「おまえの“敵”なんだよ──ブロード・スヴェート公爵、閣下?」
「…………ヴェン」
「それがわかったら、どうするかなんて分かりきってるよ、なあ?」
ヴェンは即座に動いた。
魔剣の補助能力を超越した身体能力でブロードの後背に回り込み、反射的に振り返った魔石卿が引き抜いた《エーヴェヴィンナ》を、
「なにっ!?」
バターのごとく断ち切った。真っ二つに折れて転がる漆黒の刀剣。
ヴェンは勝ち誇るように嗤い続ける。
「はは、すげえだろ! “聖剣”さまの力は、よッ!」
彼の繰り出す左拳がブロードの右頬に突き刺さった。かに見えた。
「《シェネレース》!」
寛大を名に背負う純白の刀身で防ぐことができた。しかし、
「せ、“聖剣”? いったい、何の冗談だ、それは!」
「ははぁ。驚くのも無理ねえわな? なにしろこれは、魔剣の天敵とまで呼ばれた聖剣なんだからよぉ?」
白亜の髪を振り乱し、鋼の刀身を乱舞させるヴェン・スカープ辺境伯。
数合も打ち合わぬうちに《シェネレース》の刀身が、ガラス細工のようにボロボロと朽ちていく。
秘められた《寛大》の力による敵意と悪意の否定も通じない──それが聖剣保有者の特権であったからだ。
「くっ!」
「ブロード様!」
「よせ、来るなっ!」
イェッタらを強引にさがらせるブロード。
彼は折れて砕けた《シェネレース》を投げ捨て、破壊に特化した《フェシュテーラ》を抜く。しかし、
「どうした? いつもどおり打ちこんで来いよ?」
挑発には屈さない魔石卿。
辺境伯が握るものが、誠に“聖剣”であるとするならば、魔剣保有者である自分たちに勝ちの目はない。
「王を連れて撤退しろ!」
「しかし閣下!」
「命令!」
半ば彼女たちの意志を無視して、ブロードは《転移》の魔石を彼女たちの方に投げつけるようにして起動。
イェッタやノルシェーン、父を支え立っていたモーネたちが、玉座の間から消え去った。
「おお、泣かせるねえ。お仲間を逃がして、そのあとはどうするんだ?」
「……」
どうしようもない沈黙。
ブロードの両頬に、焦りと恐怖の汗が伝い始める直後であった。
「私を忘れてもらっては困りますな、お二方」
その声の主は、アンデッド兵に踏みつけにされ、口から血を流していた魔術尚書の声であった。
彼はよどみなく魔術を紡ぐ。
「《転移》対象、二名捕捉。《転移阻害》一名を照準」
「ち、逃がすかよ」
「いいえ」
逃げます。
そう言ったのを最後に、ブロード・スヴェートとイフト・ミューレンの姿は王宮から消え去った。
「ちっ、くそが」
あとに残されたヴェン・スカープ辺境伯だけは、転移阻害の魔術で玉座の間に残ることに相成った。
第四章に続きます




