裏切り
◆ ◆ ◆
スヴェート公は即座に動いた。
ミューレン伯からの《通信》は信じがたい内容であったが、とにかく、王宮へと繋がる緊急用の《転移》魔石を用意した。
供回りを務めるのは当然、魔剣を持つイェッタとノルシェーン。フェリは留守役に残された。そして、
「私も行くわ」
第一王女のモーネも転移の輪に加わった。
ことが起こっているのは彼女の生家でもある王宮──戻らない理由はどこにも存在しない。
ただし、ブロードは条件を付けた。
「分かってるとは思うけど、魔剣の使用と励起は」
「原則禁止?」
「絶対厳禁だ」
ブロードの強い口調に、モーネは頷くしかない。
彼女の呪いが再拡大した場合、それはどこまで彼女の命を蝕むのか分からない。本来なら取り上げることも考慮すべきだが、護身用の魔剣はどうしても彼女には必要といえた。
「ミューレン伯の報告を確かめにいく──全員、戦闘は極力避けて……向こうで何が起こっているか分からない、気を引き締めて」
「はい!」
三人分の首肯を確認したブロード。
ふと、先ほどの髑髏賢帝の言葉が思い出される。
『おそらく大変なことになっておりますので、行動するのであれば、お早めに』
一体何が起こっているというのか……それを確認すべく、ブロードたちは王宮の中庭──通称、転移の庭に《転移》した。
「……、これは!」
王宮に火の手が上がっていた。
そこここで混沌と狂乱の悲鳴が上がり、断末魔が木霊する。
レグンボーゲ城内に大量のアンデッド──ゾンビ兵が群れを成して、生者の血肉を喰らい啜っている。
「モーネ、君は見ない方がいい」
「いいえブロード、いえスヴェート公、気遣いは無用よ」
モーネはまっすぐに、自分が十六年もの間住み続けた王宮の惨状を見つめた。
ふと、ゾンビ兵がブロード一行を見つけ襲い掛かる。
「《フェシュテーラ》」
「《レード》」
「《ブロー》」
三人の魔剣保有者たちの声が協和する。
破壊の大鎚が最前列のゾンビを打ち払い、赤い魔剣が紅蓮の炎を吐き出して火葬し、青い魔剣が氷雪の霜でアンデッドの関節を凍結していく。
「誰か、生存者はいないか!」
目の前の脅威を振り払い、王宮の者を探すブロード。
津波のように押し寄せてくるゾンビやアンデッドの群れを、ブロードたちは破砕しながら玉座の間を目指す。
途中、ミューレン伯麾下の王室魔術師の一団と遭遇し、これを救助できた。
ブロードは絶叫するように問いただす。
「この惨状は何だ? いったい、誰がこんなことを!?」
「わ、わかりかねます、スヴェート公……ま、まったく突然、貴族の方々をはじめ、その兵卒がアンデッドと化したとのことですが、詳しいことは何も!」
申し訳ございませんと陳謝する彼らを、ブロードは許すしかない。
王宮にいたはずの彼らでさえ防戦に回るのが手一杯であったのだ。それ以外の処方などとれず、混乱に歯止めをかけることもままならなかったことだろう。
「君たちの中で、ミューレン伯と《通信》できるものは」
「お、おりますが、伯は先ほどから応答がなく……まさかとは存じますが……」
「わかった。諸君らはとりあえず生存者を可能な限り見つけ出し救助したのち──そう──我が領地に転移させてくれ」
これだけの魔石があれば十分だろうと、ブロードは王室魔術師の代表に魔石の山を託した。
「謹んで、お引き受けいたします公爵──何卒、御無事で!」
「それはそちらも、だ。生存者の救出、任せたぞ!」
少年公爵は僅かの従卒と第一王女を連れて、王宮の奥深く分け入っていく。
どうにもゾンビの量は玉座の間付近に近づくほど多くなっていく。それが気がかりといえば気がかりであった。
(まさか……そんな、まさか!)
並み居る敵を薙ぎ倒し撃砕し、魔剣の力で吹き飛ばしつくして、王宮の最奥に位置する玉座の間に、参内。
呼吸を整える一行。
普段いるはずのこの衛兵の代わりに、ブロードが、重い両開きの扉を押し開けた。
そこは地獄だった。
華美な調度品も、歴代の王のタペストリも、高く分厚いガラス窓も、美しく壮麗なシャンデリアまで、破壊の限りを尽くされていた。
ブロードたちは燃え焦げた赤い絨毯の残骸の上を進む。
そこは死兵の跋扈する屠殺場であり、地獄の亡者がひしめく処刑場となっていた。
「…………何をしている」
倒れ伏したミューレン伯が、骸骨兵の足元で呻き声を発している。
いかに攻撃魔術に秀でた尚書も、数の暴力の前では如何ともしがたい状況であった。
「……何をしている」
ブロードは空の玉座を見る。
玉座の階段の下、そこで息絶えている壮年の人物がいやでも目に飛び込んだ。
モーネが震える唇で父の名を呼ぶが……返答は、ない。
「何をしている」
砕かれた魔剣──
裏切り者に踏みつけにされる玉体──
血だまりに沈む、王の王冠──
ブロードは吼えた。
「いったい、ここで何をしている……“ヴェン・スカープ辺境伯”!?」
特使の相手を命じられたはずの貴族。
────ブロード・スヴェートの友。
「よぉ。遅かったじゃないか、“ブロード”」
玉座の階段に不遜にも腰掛ける裏切り者──辺境伯は、ダイヤのように輝く白髪を翻し、歪んだ笑みを浮かべて友を歓迎していた。




