髑髏賢帝 -3
◆ ◆ ◆
特使を迎え入れたセリエース騎士候に、異変が生じたのはその時だ。
「こ、ごれは、いったい──ッ!」
彼女の優美な手が、身体が、黒く変色していく。
まるで魔王の呪いでも浴びせられたかのように。
彼女以外の騎士や兵たちも同様に悶絶し、苦痛を訴え、次々に倒れ伏していく。
「き、貴様ら、特使と、騙ったか?!」
それに対して、アンデッドの首無し騎士は存在しない首を振った。
「滅相もない。我々は何もしておりません──それは、既にここへ来る前から、あなた方に植え込まれた、我が王の祝福ですよ」」
「ば、ばかな……!」
いったい何をされ、なにが起きているのかわからないセリエースは、もはや立ちあがることもできず、自分の中身が呪いに蝕まれる感覚に血反吐を吐く。
「ご安心を。目が覚める──否、立ち上がれるころには、アナタも立派な我が同胞──魔剣と共に、……我が王のもとへ────」
スネル・セリエース騎士候の意識は、そこで途絶えた。
◆ ◆ ◆
特使隊の天幕に異変が起こったのと時を同じくして、三都市攻囲軍でも異変が生じていた。
「おい、どうした! 何があった!」
守備兵たちが続々と倒れ伏し、その身を漆黒の体表に変えていく。衛生兵までもが、その黒化現象に苛まれ身動きが取れない。
「ぐうううううううううううう……」
変化はやがて目に見える形で凶変を余儀なくされた。
倒れた兵士たちが血反吐まみれの顔で屹立し、生気の絶えた濁った眼差しで、無事だった兵士たちを見ている。
「ぐおあああああああああああああああああああああああ──ッ!」
獣の声のような咆哮と共に、数秒で朽ちて果てた身体を振り乱して、かつて同胞だった者たちの死骸──不死者は動き出す。
その牙の列を剥き出しに嗤いながら、死兵の集団は生者たちの群れに襲い掛かった。
三都市攻囲軍は、瞬く間に瓦解した。
◆ ◆ ◆
「どういうことだ、これは!」
「お下がりください、王よ!」
魔術尚書ミューレン伯は吠えた。
彼と共に数名の近衛が警戒しているのは、特使隊やその周囲で起こっていた現象と大差なかった。
「ソーリゲ伯! ヒンメル候! ストルム伯! ヴィンド候!」
王が名を呼ぶ貴族たちは一様に死の兵卒──アンデッドの動く骸と化していた。
黒い体表に濁った眼差し、血肉を求め飢え乾いた牙列が、王の近衛兵たちを襲い、臓物や手足を引き裂き喰らう。
「何者かによる敵の襲撃です、王は速やかに退去を!」
「構わん! それよりも王宮の門をすべて閉じさせよ! このバケモノの群れを、直轄領地に溢れさせるわけにはいかん!」
「──御意のままに!」
ミューレン伯は王に言上し、死兵と化したものらを魔術で焼き払う……ゾンビたちは火葬の熱量に耐えきれず灰になるが、
「キリがない!」
長い黒髪の若者は嘆いた。
貴族のみならず、その従者や兵卒たちも、何かがきっかけとなったかのように死徒の群れに加わっている。その数はまるで見当もつかない。しかも、連中に殺された近衛兵たちまでゾンビ化していく。敵の数は鼠算式に増えていく一方であった。
ミューレン伯は思考を高速で回転させる。
敵からの特使について話し合い──合議の場をもうけようと貴族らを参集した矢先に、これ。
(何者かの罠か?)
しかし、自分や王、近衛兵らが無事で済んでいる……ゾンビ化していない理由まで頭が回らない。城のいたるところで悲鳴が上がり、火の手まで上がったような焦げ臭さを感じる。
そして。
「邪魔をしないでもらおうか、ミューレン伯」
魔術尚書は、その声の主の登場に驚愕した。
◆ ◆ ◆
「それでは私はこれにて」
スヴェート領で用件を済ませた髑髏賢帝は、「ああ、そうそう」と何かを思い出したように告げた。
「おそらく大変なことになっておりますので、行動するのであれば、お早めに」
「待て!」
魔剣を交えることもなく消え去った──《転移》の魔法を使った六帝の言葉が、ブロードには気がかりだった。
何より、嫌な胸騒ぎを感じる。
その時であった。
「坊ちゃま、王宮よりミューレン伯から《通信》が!」
ノルシェーンからの報告が上がった。
「ミューレン伯が?」
何故という疑問を後回しにして、ノルシェーンから《通信》の魔石を受け取るブロード。
『スヴェート公、緊急事態だ!』
彼のその言葉で、ブロードは自分だけが蚊帳の外におかれていたこと──王国崩壊の危機が迫っていることを知った。
◆ ◆ ◆
都市スタルクに戻った髑髏賢帝は、交渉決裂に終わった事実にひどく落胆していた。
しかし、それ以外の作戦は予定通りに事が進んだことを確認し、ひとまず必要のない一息をついた、瞬間であった。
「うまいことやったじゃない?」
「うひゃあ! シ、シエル殿──」
びっくりさせないでくださいと本気で言うアンデッドの王侯。
扇情的で蠱惑的な格好をしたシェルヴィスク──強欲女帝は悪びれもせず今回の顛末を口にする。
「王国の協力者、裏切り者のあの野郎がバラまいた種を芽吹かせるために、わざわざ敵陣の奥深くに入り込むとは。念入りというか周到というか」
「え、ええ。今回の呪詛式の自然解放魔法には、広範囲を覆うべく、王宮近く・王直轄領を含む地域に長時間滞在する必要がありましたので。それならばと隣接するスヴェート領の主、その攻略、もとい勧誘に赴いた、のですが」
「見事にフラれたと?」
「はい」と言ってしょぼくれる六帝を、同じ六帝の仲間が励ますように肩甲骨のあたりをローブ越しに叩いてやった。
「ブロードくんは私の誘惑にも屈しなかった人間だもの。そう簡単にはいかないわよ♪」
「そう、ですね」
「なによりこれで、王国は崩壊でしょうし? 今夜は祭りかしらね?」
火祭りか血祭りか本気で考えるシェルヴィスクと共に、フェーグは重い足取りで六帝たちに成果の報告へ向かった。




