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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第三章
39/53

髑髏賢帝 -3






 ◆ ◆ ◆





 特使を迎え入れたセリエース騎士候に、異変が生じたのはその時だ。


「こ、ごれは、いったい──ッ!」


 彼女の優美な手が、身体が、黒く変色していく。

 まるで魔王の呪いでも浴びせられたかのように。

 彼女以外の騎士や兵たちも同様に悶絶し、苦痛を訴え、次々に倒れ伏していく。


「き、貴様ら、特使と、(かた)ったか?!」


 それに対して、アンデッドの首無し騎士は存在しない首を振った。


「滅相もない。我々は何もしておりません──それは(・・・)、既にここへ来る前から、あなた方に植え込まれた、我が王の祝福(のろい)ですよ」」

「ば、ばかな……!」


 いったい何をされ、なにが起きているのかわからないセリエースは、もはや立ちあがることもできず、自分の中身が呪いに蝕まれる感覚に血反吐を吐く。


「ご安心を。目が覚める──否、立ち上がれるころには、アナタも立派な我が同胞──魔剣グレーンと共に、……我が王のもとへ────」


 スネル・セリエース騎士候の意識は、そこで途絶えた。






 ◆ ◆ ◆






 特使隊の天幕に異変が起こったのと時を同じくして、三都市攻囲軍でも異変が生じていた。


「おい、どうした! 何があった!」


 守備兵たちが続々と倒れ伏し、その身を漆黒の体表に変えていく。衛生兵までもが、その黒化現象に苛まれ身動きが取れない。


「ぐうううううううううううう……」


 変化はやがて目に見える形で凶変を余儀なくされた。

 倒れた兵士たちが血反吐まみれの顔で屹立(きつりつ)し、生気の絶えた濁った眼差しで、無事だった兵士たちを見ている。


「ぐおあああああああああああああああああああああああ──ッ!」


 獣の声のような咆哮(ほうこう)と共に、数秒で朽ちて果てた身体を振り乱して、かつて同胞だった者たちの死骸──不死者(アンデッド)は動き出す。

 その牙の列を剥き出しに嗤いながら、死兵の集団は生者たちの群れに襲い掛かった。


 三都市攻囲軍は、瞬く間に瓦解(がかい)した。






 ◆ ◆ ◆






「どういうことだ、これは!」

「お下がりください、王よ!」


 魔術尚書ミューレン伯は吠えた。

 彼と共に数名の近衛が警戒しているのは、特使隊やその周囲で起こっていた現象と大差なかった。


「ソーリゲ伯! ヒンメル候! ストルム伯! ヴィンド候!」


 王が名を呼ぶ貴族たちは一様に死の兵卒──アンデッドの動く骸(ゾンビ)と化していた。

 黒い体表に濁った眼差し、血肉を求め飢え乾いた牙列が、王の近衛兵たちを襲い、臓物や手足を引き裂き喰らう。


「何者かによる敵の襲撃です、王は速やかに退去を!」

「構わん! それよりも王宮の門をすべて閉じさせよ! このバケモノの群れを、直轄領地に(あふ)れさせるわけにはいかん!」

「──御意のままに!」


 ミューレン伯は王に言上し、死兵と化したものらを魔術で焼き払う……ゾンビたちは火葬の熱量に耐えきれず灰になるが、


「キリがない!」


 長い黒髪の若者は嘆いた。

 貴族のみならず、その従者や兵卒たちも、何かがきっかけとなったかのように死徒の群れに加わっている。その数はまるで見当もつかない。しかも、連中に殺された近衛兵たちまでゾンビ化していく。敵の数は鼠算(ねずみざん)式に増えていく一方であった。

 ミューレン伯は思考を高速で回転させる。

 敵からの特使について話し合い──合議の場をもうけようと貴族らを参集した矢先に、これ。


(何者かの罠か?)


 しかし、自分や王、近衛兵らが無事で済んでいる……ゾンビ化していない理由まで頭が回らない。城のいたるところで悲鳴が上がり、火の手まで上がったような焦げ臭さを感じる。

 そして。


「邪魔をしないでもらおうか、ミューレン伯」


 魔術尚書は、その声の主の登場に驚愕した。






 ◆ ◆ ◆






「それでは私はこれにて」


 スヴェート領で用件を済ませた髑髏賢帝は、「ああ、そうそう」と何かを思い出したように告げた。


「おそらく大変なことになっておりますので、行動するのであれば、お早めに」

「待て!」


 魔剣を交えることもなく消え去った──《転移》の魔法(・・)を使った六帝の言葉が、ブロードには気がかりだった。

 何より、嫌な胸騒ぎを感じる。

 その時であった。


「坊ちゃま、王宮よりミューレン伯から《通信》が!」


 ノルシェーンからの報告が上がった。


「ミューレン伯が?」


 何故という疑問を後回しにして、ノルシェーンから《通信》の魔石を受け取るブロード。


『スヴェート公、緊急事態だ!』


 彼のその言葉で、ブロードは自分だけが蚊帳(かや)の外におかれていたこと──王国崩壊の危機が迫っていることを知った。







 ◆ ◆ ◆






 都市スタルクに戻った髑髏賢帝は、交渉決裂に終わった事実にひどく落胆していた。

 しかし、それ以外の作戦は予定通りに事が進んだことを確認し、ひとまず必要のない一息をついた、瞬間であった。


「うまいことやったじゃない?」

「うひゃあ! シ、シエル殿──」


 びっくりさせないでくださいと本気で言うアンデッドの王侯。

 扇情的で蠱惑的な格好をしたシェルヴィスク──強欲女帝は悪びれもせず今回の顛末を口にする。


「王国の協力者、裏切り者のあの野郎がバラまいた種を芽吹かせるために、わざわざ敵陣の奥深くに入り込むとは。念入りというか周到というか」

「え、ええ。今回の呪詛式の自然解放魔法には、広範囲を覆うべく、王宮近く・王直轄領を含む地域に長時間滞在する必要がありましたので。それならばと隣接するスヴェート領の主、その攻略、もとい勧誘に赴いた、のですが」

「見事にフラれたと?」


「はい」と言ってしょぼくれる六帝を、同じ六帝の仲間が励ますように肩甲骨のあたりをローブ越しに叩いてやった。


「ブロードくんは私の誘惑にも屈しなかった人間だもの。そう簡単にはいかないわよ♪」

「そう、ですね」

「なによりこれで、王国は崩壊でしょうし? 今夜は祭りかしらね?」


 火祭りか血祭りか本気で考えるシェルヴィスクと共に、フェーグは重い足取りで六帝たちに成果の報告へ向かった。









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