髑髏賢帝 -2
◆ ◆ ◆
アンデッドの特使は、王国軍と魔族軍、双方の中間地点に位置する天幕の中に迎え入れられた。
双方は長卓を挟んで睨み合う形となる。
特使を迎え入れた三都市攻囲軍の中に、スネル・セリエース騎士候がいた。
騎士候は、今代において魔剣《緑色》に選定された女性騎士であり、波打つ碧色の髪が特徴的な女傑という風格を持っている。特使受け入れの人選として白羽の矢が立つのは道理であった。彼女は今回の魔族侵攻に際し、北西地区からヴェン・スカープ辺境伯の幕下に加えいれられた。
アンデッド軍の特使は、首から上のない──黒い靄のようなもので覆われている、首無し騎士がつとめる。
「して、特使殿」
セリエース騎士候は鷹のように鋭い視線で、首無しの騎士を見る。
常人では正視にも耐えない化け物に臆面もなく向き合える姿は、さすがというほかにない。
頭のないアンデッドの特使は、吟遊詩人のごとくよく響く声で告げる。
「我々が現在進駐しているスカープ領、城壁都市スタルクを、そちらに返上したい」
「……ほう?」
化け物が自ら勝ち取った領地を明け渡すと言ってきたのだ。
しかし、セリエースは解せない。
「それほどの譲歩をいただけるのであれば、そちらもこちらに対し何らかの要求があるはず──言ってみたまえ?」
この期に及んで敵軍がこちらの戦力に恐懼し、尻尾を巻いて逃げ出そうという雰囲気ではない。
首無し騎士は答えた。
「いえ、要求はございません」
「なんだと?」
「こちらから要求することは何もないのです、セリエース騎士候」
どういうことかと狼狽を隠せない騎士たち。
セリエースは訊問する声で問う。
「どういう意味か、説明していただけるだろうか?」
アンデッドは告げる。
「我々の目的は、何も土地を奪うことなどではないということなのですよ、レディ?」
「では何の目的があるというのか、貴殿らは」
アンデッドは嗤って告げる。
「我々の目的はただひとつ──」
◆ ◆ ◆
一方で。
スヴェート領でも奇怪かつ怪奇な会談は催されていた。
「よいしょと」
髑髏賢帝フェーグに、《転移》魔法でまんまと侵入を許したブロードたちは、警戒感を丸出しに、ソファの上に腰掛け骨盤の位置を整えるアンデッドの王侯を睨み据えた。
「それでは。まず私の話し合いに応じていただき、誠にありがとうございます、スヴェート公」
「……納得して応じたわけではありませんが」
「それにしても──」
フェーグは星竜ナテュールを漆黒の眼下の中に視た。
「あなたが復活し、あまつさえ今回も、人間側に着くとは」
「私は3000年前に、人間側の取引に応じるって決めたからね──1000年前も、500年前も──悪く思わないでよね?」
などと軽口をたたく高位存在・真の竜を前にして、フェーグは苦笑すらこぼして、次の瞬間には居住まいを正す。
「スヴェート公ブロード、折り入ってご相談があります」
「ご相談?」
「我等の軍門に降れとは申しません。どうか、我々と同じ陣営に──新たな王の一人として、加わってはいただけませんか?」
「? 言っていることがよく」
「ようするに、フェーグの野郎は魔石卿くんをスカウトしに来た、ってわけね」
イェッタたちが騒めいた。
「いったい、それはどういう?」
「簡単な話です。あなたは、あなたのその御力──魔石錬成と魔剣鍛造の力は、人の域を超える力です。であるならば、我等“六帝”、魔王の席に加えるに値する。あなたを含む“七帝”として、世に権勢をふるいませんか?」
「…………」
「無論、見返りも十分に用意するおつもりです。まず手始めに、不肖私めがかけさせてもらった第一王女・モーネ殿の呪いをお解きしましょう! 無論、従卒の方々も処遇を考えております!」
途方もない冗談、というわけではないらしい。
ナテュールが顎に手を添えて真剣に告げる。
「まぁ、魔族になってしまえば、ブロードくんの寿命問題は解決でしょうね。魔王には実質寿命なんてものはないし」
「な、なにをばかなことを!」
イェッタが抗弁する通りだった。
バン──という悲鳴を卓があげたのは同時だった。
「お断りします」
ブロードは卓を叩いて立ち上がり拒絶した。見事なまでの即決であった。
「僕は、あなた方に協力する気はない」
「失礼ながら、理由をお聞かせ願えますか?」
「──城壁都市で、幾人の兵を、民間人を、子供たちを死に追いやった? そして、いまあなたは、何と言った?」
モーネの呪いを解く。
それは畢竟、彼こそがモーネの十三年来の苦しみの根源であったという事実。
そんな奴等と同じ陣列に加わる気はないと、はなっから突っぱねるブロード。
彼は宣言する。
「僕は人間として生まれ、人間として生きて、人間として──死んでいきたい」
その言葉に、誰もが胸うたれたように沈黙せざるを得ない。何千という宝よりも貴重なものを、彼はすでに所持している。
魔王は冠付きの頭を振った。
「そんな……それほどまでに他者の命を重んじられる気概は理解できますが!」
「いいや。あなたは理解していない。賢帝と称されていようとも、それは魔族に対してのこと。人間たちの命など、麦の穂程度の価値でしか見ていないのでしょう?」
「いいえ。それこそ違います、スヴェート公」
髑髏賢帝は両腕を広げて語る。
「人間は素晴らしい。そして恐ろしい! 我等魔族の圧倒的な力を恐れながら、我等魔族に敢然と立ち向かうその勇気、純粋な賞賛に値します!」
極上の賛美を披露しながら、フェーグは宣う。
「故にこそ。だからこそ。我々は人間を滅ぼさねばならない。滅ぼさなければ気が済まない。我等を魔族として軽侮し嘲弄し、不理解しか示さぬ無知蒙昧なる種族を!」
魔族の帝王は誇らしげに謳う。
「この気持ちも、あなたには理解できないことでしょうね、スヴェート公」
「ええ、まったく理解できない──理解なんてしたくもありません」
「では、交渉は決裂ということでよろしいでしょうか?」
「もとより交渉の余地など」
「あなたの探されている、ご両親の仇を“知っている”と言ったら?」
ブロードの血相が変わった。
しかし、
「魔王であるあなたに、答えを求める僕ではない」
彼はあくまで髑髏賢帝の提案にはのらなかった。
「…………わかりました」
フェーグは心の底から残念そうに両の肩を落とす。
「あなたほどの人物であれば、あるいはとも思っていたのですが」
「いいや。なかなかに目の付け所がいいよ、フェーグは……もっとも、ブロードくんは私の忠告も無視して、魔剣鍛造を続ける腹だったからね」
「ナテュール殿……そうでしたか……そこまで覚悟されているにもかかわらず、本当に不躾な提案でした。非礼を深くお詫びいたします」
ブロードは何とも言えない気持ちで髑髏賢帝を見る。
彼は額を骨の掌で覆い深く慨嘆していた。
「誠に悲しむべきことです。これほど高潔な魂であれば、我等と同じ位階に立ち、“七帝”として君臨することも夢ではなかったというのに」
「いつの世でも、君の歪んだ人間愛は変わらないね、フェーグ……もっとも、だからこそ断られるのがオチだと思うけど?」
「そうですね。私は歪んでいる……否、我々は歪んでいる」
人間を恐れるならば、離れてしまえばよいだけ。
人間を嫌うのであれば、近づかなければよいだけ。
だというのに、魔族の侵攻は、今もなお続いている。
「我々の目的はただひとつ──」
特使との唱和は、真に偶然の産物であった。、
『人間の世界を滅ぼすため』




