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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第三章
37/53

髑髏賢帝 -1






 ◆ ◆ ◆





「くそ、くそ、くそ、くそ、くそガアッ!」

「おおおお落ち着いてください、フングリング殿」

「落ち着けッ!?」


 都市スタルクに戻った吸血大帝は荒れに荒れていた。

 同胞を睨み据える金髪の美丈夫は、吸血蝙蝠の姿から戻るのに二日を要した。


「落ち着けだと?! この我を、あのような屈辱的な姿で封印した奴等! 万死に値する!」

「でもよぅ、剣王のおかげで無事に戻れたからいいじゃねえか?」

「貴様ごときに、あの屈辱は理解できん!」

「ま。俺はあんなドジしねえからなぁ?」

「なんだとぉ!!」


 取りなそうとする拳豪魔帝アロガントにも、フングリングは容赦なく嚙みついた。


「アンタが自分でドジったんでしょ? それを周りに当たり散らすの、マジ最悪~」

「黙れ売女(ばいた)が! 一度は殺され、復活の儀を受けた身で!」

「……あ? 私とヤリてえのか、てめえ?」


 強欲女帝シェルヴィスクも、堪忍袋の緒が切れかけた


「バラバラに瓶詰めして、下水にでも流してやろっか? あ?」

「できるものならなあ!」

「おおおおおよしください、二人とも!」


 今現在、六帝の雰囲気は最悪であった。

 髑髏賢帝が骨の身に流せるはずもない冷や汗を額に浮かべかけるほど、彼らの協調ムードは最低を極めつつあった。

 確かに、フングリングの憤怒はもっともだと思う。小さなガラス瓶に幽閉される身など、二度も味わえば正気ではいられまい。

 しかし、彼らは六帝。

 序列など存在せず、互いが互いの最善手を打つことを希求するのみ。

 そして、これまでは髑髏賢帝の策謀が見事にはまっていた。

 拳豪魔帝によるレグンボーゲⅡ世への速攻劇も、その次に生じた三都市攻囲戦も、すべて彼の掌の上で編まれた術策が絡んでいる。

 六帝は王国の弱点となる存在に狙いを定めつつあるのだ。


「わ、我々はこれより、スヴェート公ブロードを、ま『魔石卿』を蹂躙・攻略することで、人間の軍の気勢を削ぐ手筈です! 今一度、私めの愚案に納得していただきたい!」


 髑髏賢帝フェーグにしては強い言葉であった。

 フングリングの暴走は計画外の出来事であったが、彼の《転移》術があってこそ、吸血大帝を星竜ナテュールの手から救出することに成功したのだ。


「賢帝の旦那が言うことに、間違いはねえわなぁ?」

「暴食野郎も、もう充分でしょ?」

「…………ふん!」


 三帝は怒気の矛先をおさめた。


「あ、あ、ありがとうございます……ふぅ」


 フェーグは吐けるはずもない息をついて胸骨を撫でおろした。

 死刑剣王は我関せずと沈黙し、大愚魔皇は相変わらず虚無的な視線で虚空を見据えるのみ。


「それでは、次の出征は不肖私めが、向かいます」


 




 ◆ ◆ ◆






 スタルクを囲む防衛線は、日々一進一退をきわめていた。

 魔族どもの侵攻に王国軍は善戦し、どうにかこうにか戦線を維持している。

 本格的なスタルク奪還作戦も近いとのうわさが流れるなかで、一人の守備兵が異様な光景を目の当たりにする。


「おい、アンデッド軍だ!」


 部隊長が双眼鏡を覗くと、確かに黒い骸骨の群れが、スタルクの東門より整列し、大行進の旗を掲げている。


「連中、どういうつもりだ?」

「あれは儀仗兵だぞ、武装も何もない」

「魔族の連中は品切れ……なわけねえよ、な?」


 アンデッド軍の行進を止めるべく守備兵たちが弓矢と投石機を用意する、まさにそのとき。


『我々は特使(・・)である。戦闘の意思はない』






 ◆ ◆ ◆






「特使だと?」


 その一報はすぐさま遠く離れた王宮の通信武官に届けられた。


「いかがなさいますか、王?」

「魔族が話し合いに応じたいというのは奇矯なことだが、……特使であれば受けざるをえまい」


 特使が入場している間は、双方ともに戦闘行為はなされないのが通例だ。

 これ以上の被害を減らせるのであれば御の字という気概のヴォール王は、ヴェン・スカープ卿に命じ、特使の受け入れの準備をさせた──


「前例のないことだ。魔剣鍛造中のスヴェート公と、特使対応のスカープ辺境伯以外の、諸侯の意見も聞きたい」

「は。さっそく《転移》魔術で参内(さんだい)を命じます」


 ──すべては罠であるとも知らずに。






 ◆ ◆ ◆






 スヴェート家の屋敷、応接室にて。


「新しい魔剣を?」


 星竜ナテュールは、死刑剣王に引き裂かれ、即座に回復していた右腕を振るって熱弁する。


「そう。ブロードくんの覚悟はよくわかった。けれど、今ある魔剣では、あの“六帝”を止めることはできないだろう」

「馬鹿な!」


 そう嘆いたのはイェッタであった。


「坊ちゃまに、ブロード様にこれ以上の負担を強いて何になるというのです?」

「私も反対よ」


 意外でも何でもなく。ブロードの婚約者たるモーネはすべての事情を聞かされ、ブロードの魔剣鍛造に反対票を投じた。

 第一王女は告げる。


「それとも。ブロードが新しい魔剣を打たないとどうなるっていうのかしら?」

「そうだね──端的に言うと、人類は敗北する」


 あっけらかんと告げられた内容に、モーネも、ブロードも、メイドや家令たちも呆然となる。


「覚えてるイェッタ? 大愚魔皇ドゥムのこと」

「え──ええ、当然です。奴こそ連中の首魁であり」

「それは違います」


 この場にいないはずの人物が、魔王(・・)が、悠然と歩を進めて(あらわ)()でた。


「ドゥム殿は我々の同胞であり、その能力は《全魔族の復活》に傾注されている。まぁ、一部例外もございますが……故に、彼は他者との意思疎通の機会さえないに等しい。その権能を振るう時のみに限って、自我を表出できる」


 一座が引く波の音のように、シン──となった。


「どうしてよりにもよって、アンタがここにいいるのよ、髑髏賢帝?」


 ナテュールが咎めるような声音で問うた。


「いえ、少しばかり、“お話合い”ができればと伺った次第──無論、『魔石卿』殿と」


 優雅に組んだ骨の指。

 懇切丁寧かつ威風堂々たる男の声。

 黄金の冠に豪奢なローブを纏った、アンデッドの王侯。

 髑髏賢帝フェーグが、《転移》魔法(・・)によって、ブロードたちの前に姿を現した。







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