モーネ・レグンボーゲ
◆ ◆ ◆
吸血大帝との戦いの後。
スヴェート家の屋敷、食堂にて。
「モーネは、我が娘はまだ目を覚まさぬか?」
ブロードの屋敷にまで玉体を運んだヴォール王は、ため息交じりに独語していた。
「我らが御主人様が全力で処置しているところです」
「王におかれましては、その、どうかご安心のほどを」
「ああ、いや、疑っているわけでッはないんだよ、ノルシェーン殿。フェリ殿」
家令姿のハーフエルフと、女中姿の元傭兵の言上にそう返すヴォール・ヴェーデル・レグンボーゲⅡ世。
食堂には彼のほかにナテュールという女性が一人。
彼は王としてというより、一人の親として、娘の身を案じている。
此度の戦いで、彼女の呪いは二の腕を越え肩付近に迫り、太腿の半ばまで浸食を余儀なくされた──
ヴォール王は呟く。
「ただ、このままあの娘に魔剣を預けたままにしておいてよいものかどうか、迷っている……いやいや分かってる、今代において、貴重な魔剣を扱えるのは、あの子しかいないことは」
それでもと、思わずにはいられない王。
──事の発端は、十六年も前。
モーネが生まれた直後…………
◆ ◆ ◆
十六年前。
「妃殿下が身罷られた!」
モーネの母は、難産の末にモーネを生み落とし、直後、死に至った。
それだけならばよくある話で済んだだろう。
問題は残された赤子の方であった。
侍医と女官が悲鳴をあげた。
生まれた赤子は、産声を上げる前から奇怪な紋様が両手足を覆い、しかも壊疽しているかのように黒く変色していた。
しかも、この呪いは年月を重ねるごとに範囲を拡大し、十数年後には臓器に達する──命にかかわるとの試算が出された。
どんなに高名な医者や魔術師、歴代魔術尚書にかけあっても解呪不可能な呪い──魔王級とも称された呪いを一身に受けて、モーネ・レグンボーゲは生を享けた。
享けてしまった。
王女の生誕は、祝福から厭悪の象徴に成り代わった。
様々な憶測や風聞、そして罵詈雑言の嵐が王宮内外を飛び交った。
「王は王妃を選びそこねた」
「所詮は血塗られた娘の子」
「産まれ損なった姫君など」
「呪われた王家はおわりだ」
誰も彼もが姫の誕生を祝わなかった。表面上ではどれだけとりつくろっても、赤子の王女本人に会うことはおろか、王宮に近づくことさえ憚るようになった(貴族派閥が生まれたのは、実にこの頃のことである)。
それでも、王は娘のために、王女のために出来る限りの手を尽くした。
幾人もの乳母が呪いを忌避して職を辞していった。
幾人もの侍女が、女中が、モーネの手足に触ることを恐れた。
呪われた我が子を救ってくれたのは、今は亡き友──先代のスヴェート侯爵であった。
「呪いなどくだらない」と一蹴する女中たちを見つけ雇用し、王宮に送ってくれた。
「自分の息子を遊び友達に」とまで言って、足しげく王宮に通ってくれた。
おかげでモーネはすくすくと成長していった──手足が動かないため、這いまわることしかできず、王族としての勉学も遅々として進まなかったが。
それでも、ヴォール王は愛情をこめて我が子に接した。
公務の合間、可能な時は自分の手で彼女を洗い、食事を与え、物語を読み聞かせてやった。
王は彼女を世間や貴族の眼から守るように、王宮の端の、人目を憚れる部屋の中で過ごさせた。
成長したモーネは、手も足も動かせない自分を悲嘆し、苦悩し、それでも恥の多い生活に堪えた。
一人で用を足すこともできない。一人で食事をとることもできない。一人で寝台にあがることすら、すべて人任せ。
想像を絶するとはこのことだ。
きっと、王女は自分を生かし続ける王を恨んだことだろう。恨んでくれて構わない。それだけ罪深いことをヴォール王は行っていると自覚していた。
生きていてほしかった。
自分が愛した女性との娘に、死んでほしくなかった。
ただそれだけの我儘であった。
そして。
モーネの幼馴染であるブロードの両親が死に、彼が魔工老のもとで修業することとなり、魔石錬成と魔剣鍛造の粋を極めた、三年後。
西暦にして3104年──今から三年前に、ブロードはモーネの呪いを《解呪》するための魔石を発明してくれたのだ!
彼の魔石をはめ込んだ手袋と靴のおかげで、モーネ・レグンボーゲは生まれて初めて自分の両手を握り、両の足で立ちあがってみせた。
王と王女は十三年分の想いを乗せて、互いを抱きしめた。
王は感謝と歓喜を極め、泣き続けた。
どれほどの褒賞をもってしても、報いきれないほどの恩をブロードに受けた。
そして、モーネも。
自分に手足の自由を与えてくれた幼馴染の少年に、心奪われるのは、当然と言えば当然であった…………
◆ ◆ ◆
一時間後。
「ブロード」
王は席を立って彼を迎え入れた。
疲れ切った様子で一行の待機する食堂に戻った魔石卿。
「《解呪》の魔石を通常の三倍、施しました。とりあえずは臓器への影響は避けられそうです」
ブロードは振り返った。
一応安静のため車椅子に乗せられた王女を、イェッタが押して現れる。
そして。
打てば響くような瑞々しい声で、はっきりと王女は宣うのだ。
「あら、どうしたのよ、お父様?」
王は緊張の糸を解いて、朗らかに微笑んだ。




