吸血大帝 -2
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六英伝説いわく、
『吸血大帝やその眷属の弱点は、“銀製の武具”』
実際、彼を討滅し果せた“銀の水騎兵・シルヴェル”は、純銀の騎士鎗によって吸血大帝を討ち取った──とある。
(こんなボウガンでも、ないよりはマシっしょ!)
音もなく引鉄を絞ったフェリ・エーブリクト。元傭兵時代からとった杵柄、そのボウガンの腕前は百発百中を誇る──はずだった。
「ギィ!」
しかし、あたったのは主人の盾のごとく飛び出した雑魚吸血鬼であった。
吸血鬼を一体仕留められたのは戦果ではあったが、
「こっちの場所がバレた!」
「移動する」と言ったノルシェーン。
その直後であった。
「うわっと!」
大量の蝙蝠の群れが、二人を取り囲むように飛行してきた。
蝙蝠たちはあっという間に吸血大帝の偉容と殺意を形作る。
「邪魔建てするな雑魚どもが──よろしい。私は前菜から手を付ける口なのでな」
「くっ!」
二人は魔剣を抜いた。
吸血大帝は感心したように息をつく。
「ほう。《ブロー》と《ローサ》の適合者か。懐かしいものだ、特に銀騎士が握っていた《ブロー》は、な!」
吸血大帝の長爪が、ノルシェーンの態勢を大きく崩した。
フングリングは一目で看破した。
「なんだ貴様。ずぶの素人か? 魔剣の戦闘能力に頼るのみでは、私は殺せぬぞ!」
「ぐぅあ!」
「ノル殿!」
すでにボウガンの装填を終えていたフェリが銀矢を速射していく。しかし、吸血大帝には当たらない。ここにいる体は、蝙蝠の分身体にすぎないからだ。あっさりと素通りしていくフェリの弓撃。
「フェリ、離れて!」
ノルシェーンは吼えた。
戦闘が苦手な自分でも、《ブロー》の最大励起までもっていけぬ非戦闘員でも、できることはある。
「《ブロー》──広範励起」
青白く輝く魔剣が、極冷気を纏いだす。
「《青昏き冷風》!」
「むうっ!」
屋根瓦を含むノルシェーンの前方空間が、凍てつく霜を降らせ始める。途端、蝙蝠たちが冷気に耐えきれず落下し氷結していく!
「はああああああ────ッ!」
ノルシェーンは吸血大帝の分身体を氷漬けにはできない。
それでも、奴の戦力の何割かを削り取ることが出来れば!
「なめるなよ、ハーフエルフの小娘」
フェリが悲鳴にも近い絶叫をあげた。
「ノル殿! 後ろ!」
振り返る間もなく、ノルの背中を長爪の閃きが襲った。
◆ ◆ ◆
「ふむ、あちらは問題なさそうだな?」
森の中で対峙するフングリングは、《フェシュテーラ》と《エーヴェヴィンナ》二剣を抜いた魔石卿の攻撃を五爪の長剣で受け止める。
そこへ、《レード》を数十本に分割統御したイェッタの小剣群が襲い掛かるが、
「おっと」
こちらも蝙蝠の群れに変じられ、すべて躱されてしまう。たたらを踏むブロードは、イェッタとナテュールで周辺を警戒し、とある木の幹の上に姿を現す。
「邪魔をしないでいただきたいものだな、魔石卿殿」
「だまれ」
ブロードは冷徹な声で告げる。
「僕の家族を傷つけて見ろ──強欲女帝のように、その胸切り開いてやる」
あまりにも静かすぎる殺意。
イェッタが思わず見惚れ、ナテュールが自分の鑑識眼の確かさを認めた時。
「む」
吸血大帝は、屋敷の屋上に飛ばした分身体の方に意識を向ける。
「新手か」
◆ ◆ ◆
ノルシェーンの命を輪切りにせんとしていた瞬間、
「これは?」
分身体は腕をからめとられたように固定されていた。
そして、その正体を正確に看破する。
「蜘蛛の、糸?」
「正解」
答え合わせをしてくれた魔剣保有者の一撃を、分身体は避けもせず躱した。蝙蝠の群れとなった分身体は、そこに現れた金髪の王女を見てほくそ笑んだ。
「これはこれは。モーナルキー王国第一王位継承者──モーネ・レグンボーゲ殿下ではありませんか」
「《リーラ》──最大励起」
モーネは何も答えず、ただブロードの家族を守るために出来得る限りのことを己に課した。
「《紫毒の大蜘蛛》!」
現れる女郎蜘蛛の特徴。紫紺色の毒霧。縦横無尽に張り巡らされる蜘蛛の巣。
「モーネ様! その力は!」
「お願い、今だけは見逃して!」
ノルが制止の声を張り上げる──ブロードがあれだけ使用を禁じていた最大励起の使用に対し、大蜘蛛と化した王女は敵を見据える。
「分身とはいえ、こいつは私の糸がないと倒せそうにない。協力して二人とも!」
黄金の髪を振り乱し、八眼を見開く第一王女。
モーネの覚悟を見届けたノルシェーンとフェリは、あらためて、吸血大帝の分身体と相対する。




