吸血大帝 -1
◆ ◆ ◆
黒雲のごとき、大量の吸血蝙蝠のいななき。
おどろおどろしい雰囲気を存分に演出する吸血大帝は、大口を開け、まるで人一人を丸のみにしそうな勢いで、星竜ナチュールに牙を剥く。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアア────ッ!!」
人外じみた形相で爪牙を振るい、地下工房の魔石を細切れにしていく吸血大帝。
「此処じゃ狭すぎるな……外に出るよ、二人とも」
完全に巻き込まれた形のブロードたちを引き連れ、ナテュールは白衣の両裾に二人を包んで外の森に《転移》する。
「逃がさん」
冷然とした声音がそのあとに続いた。
「ごめんね。まさか、こんなにも早く連中に見つかるとは。私の失点だ」
「いや──でも、あれが吸血大帝」
吸血大帝フングリング。
使役する吸血蝙蝠の群れで構築された肉体が金髪の美丈夫の姿と仕立ての良い王の礼装を形作りあげ、その眼球は怒りと狂喜に血走って赤く輝いていた。
その性格は暴食と暴慢に彩られ、人間を食料か家畜程度にしか見ていないと、イェッタは語ってくれた。まさにその通りの人物であるように見受けられるが、
「ナテュールは、どうしてフングリングに?」
「私が魔剣を与えたことをグチグチ根に持ってる──だけとは言えないわね」
フングリングの爪牙がナテュールに向けて伸びる中、彼女は白衣の裾を羽毛に変えて迎撃。
木の葉よりも軽そうな羽毛は鉄壁の守護をしき、ブロードと、彼を守るべく魔剣を抜いたイェッタとを完璧に守り抜く。
「私は星の竜。いうなれば星の意思と同格であり、それによる権能で、魔族たちの大王──【大愚魔皇】ドゥムの復活阻止に貢献した……いうなれば、“六英”伝説に語られなかった七人目が私、ってところかしら?」
六英伝説は、人間の国の伝承であり軍記であり、寝物語であり御伽噺だ。
そこに、星の竜がかかわったという記述はないが、イェッタが皇帝の首肯を落とすので、そういうことなのだと納得するブロード。しかし、それでも。
「だからといって、吸血大帝のあのキレっぷりは」
どう説明したものだろうか。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ! 星の代行者を気取る竜ごときに、敗れる我々ではない!」
吸血大帝は吸血蝙蝠のみならず、己の眷属とした元人間──吸血鬼の尖兵を用意した。
皆、一様に口元を漆黒のマスクで鍵かけられた姿は、主人の意思でのみ食事を許されているということの顕れかどうか、判断がつかない──が、どれもが美男美女の化け物が、獣爪を武器にブロードたちを取り囲み始める。ブロードもまた純白の魔剣を取り出すが、
「数が多い!」
敵はフングリングや吸血鬼の尖兵のみならず、幾千も森の空を蹂躙する吸血蝙蝠の眷属たちだ。いかに“寛大”の効果をもってしても、攻撃を強制停止できる物量ではない。
吸血大帝が愉快気に大笑する。
「フハハハハハ! 噂に名高い魔剣鍛造者も、この程度の雑兵であったか?」
挑発するような口調にイェッタが表情を暗く厳しいものにするが、ブロードは一切気にせず《フェシュテーラ》──“破壊”の魔剣を手に吸血鬼の一人をモーニングスターで横殴りにしていた。
「ほう? 存外に体術の心得もあるか! 当然と言えば当然か、我等が同胞【剣豪魔帝】や【強欲女帝】、【死刑剣王】と存分にやりあった実績の持ち主ならばな! しかし!」
ブロードとイェッタを、吸血蝙蝠の群れが確実に圧し包み始める。
「いま、貴殿らに用はないh。用があるのは!」
「そりゃあ、私でしょうね?」
ナテュールは拳を握っての接近戦を選択していた。
「そうこなくてはな!」
鬼気迫るフングリングは、伸ばした十爪で、竜の拳と鍔迫り合いを演じる。
星の竜と吸血大帝が数十合も打ち交わすなか──
とある者たちが、戦闘を注視していた。
◆ ◆ ◆
屋敷の屋上にて。
青瓦の上に立つ従者が、二人。
「当てられそうですか、フェリ殿」
屋敷に詰めていた家令ノルシェーンと、メイドで元傭兵のフェリであった。
彼女はボウガンに照準した吸血大帝──化物じみた表情で殺し合いに興じる男の胸部を狙う。
「滅茶苦茶に、速い、けど……当てられないことはなさそう」
観測手兼護衛を務めるノルシェーンは、ハーフエルフの眼により、正確に森の中で戦いを繰り広げる主人たちを観察していた。
フェリも指示に合わせて、微細な角度調整を行う。
まず、敵の頭を潰す。
そう決めた二人は、木々の間より漏れ見える魔王の胸部──吸血鬼の弱点とされる銀の弾丸ならぬ“純銀のボウガン”を、放った。




