星竜/ナテュール -2
◆ ◆ ◆
「今、なんと申された? 髑髏賢帝フェーグ殿?」
都市スタルクの旧政府庁舎は半壊の憂き目にあい放棄された。
現在、彼らが集っているのは、山間にほど近い旧区役所に移した円卓の間。
そこに六帝中五人が集結していた。
怯えきったような声音の髑髏賢帝が、どもりながら告げる。
「そ、それが……わ、我が魔法によると、あの星竜/ナテュール、が」
「復活した、と?」
同胞の一人であるスヴァットが確認するように呟くと、【剣豪魔帝】【強欲女帝】【吸血大帝】の顔色が目に見えて変わる。
とくに、吸血大帝フングリングは激昂したかのように、手元のワイングラスを握りつぶしていた。人血のワインが床を赤黒く染める。
「おいおい。相手は真の竜とか冠される婆様だぞ」
「私としても~、二度と会いたくない感じ~?」
「奴さえ、奴さえいなければ、この世界は!」
自分たちのものになっていたはずだと豪語する吸血大帝。
彼は大量の眷属──吸血蝙蝠の群れを呼び寄せて、骸骨の仲間に問う。
「彼奴はどこだ?」
「すす少し、おおお待ちいただけないでしょうか?」
「ならん! 奴の首を掻き切るまで、この怒りは収まらん!」
「おちつけ、フングリング大帝──フェーグ賢帝には何か考えがあるのだろう?」
スヴァットの声に、吸血鬼の王帝は表情を静謐なものに変える。
「考え?」
憤気を一旦おさめ、剥き出しの乱杭歯を口中にしまったフングリングは、フェーグの次の言葉を待つ。
「ええ……はい。──ふぅ」
フェーグは髑髏の口で深呼吸し、改めて告げた
「かの星竜は、確かに我等にとっての脅威です。ですが、人間どもがこれだけの量の魔剣を開発・鍛造している現状を座してみるほど」
「“人間寄りではない”、か」
髑髏賢帝と死刑剣王の言葉が、一同の熱意と怒気で沸騰しかけた意識を冷却させる。
「確かに。あのババアは魔剣の始祖ではあるが」
「今は、充分に人間側に力があるってこと~?」
「どうかな? あの星竜のことだ。我r話魔族を目の敵に、新たな魔剣を授けるやもしれんぞ」
「それは……今後の動向次第でしょう」
「今後、というと?」
スヴァット・シュークの問いに、フェーグは髑髏の口を上下させた。
「奴は今、件の魔石卿、スヴェート公ブロードと接触中のよう、です…………あ」
言うべきではないことを言ったと自覚したフェーグ。
吸血大帝の顔が、まるで赤く細い三日月のような笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
「僕を、止めに来た?」
ナテュールの主張する内容を鸚鵡のごとく繰り返すブロード。
「理由を聞いてもいい、ですか?」
「君の魔剣鍛造技術──それは君の命を削る“外法”だ」
「“外法”? 馬鹿な、これは僕の師匠である」
「ドワーフの技術として、僕が与えた……圧倒的弱者の側だった人族に、魔族と拮抗する力となるべく、山の民に与え継承させた力。『魔石錬成』と『魔剣鍛造』の技工。だが、君は“人間だ”」
魔剣は文字通り、魔を討つ剣。
魔石錬成と魔剣鍛造の技術は、人に与えた魔剣を、修繕し修復するための技法だった。
ナテュールは人が座れるサイズの魔石の上に腰かけ、工房内の熱気もそっちのけで話し出す。
「僕の左眼──片眼鏡をかけた側の眼を代価に、私は星と取引をした──『人々を守れる力を、この英雄たちに』……覚えているだろう、《レード》使いのイェッタくん」
イェッタは震えるように頷いた。ナテュールは言葉を続ける。
「だが、今の世の中を見てびっくりしたよ。ここまで魔剣の鍛造技術が精錬されるとは……だが、はっきり言おう、ブロード・スヴェート。君のその能力は危険だ。もっと言えば、君の寿命を」
「削り取っている」
ブロードがそう答えたことに、イェッタとナテュールは瞠目を余儀なくされた。
「ええ、わかってはいたんです。魔剣と呼ばれる超常の力。それを鍛造する技術はドワーフだけに相伝されてしかるべきもの。けれど、ドワーフたちは数を減らし、魔剣を鍛造できるほどの『資格者』は現れなくなったと、師匠から聞き及んでいます」
「資格者?」
イェッタの口から出た問いかけに、ブロードは微笑む。
「何が何でも魔剣の力を使いたいとする意志……僕の場合は、“両親の仇を討つこと”その“復讐心”“闘争心”が、魔剣を打つための必須要件」
「その通りよ……そこまでわかっているのなら、これ以上の魔剣鍛造は」
「いいんです。ナテュールさん」
ブロードは微笑みっぱなしで答えた。
「僕は復讐者だ。師匠のように純粋な闘争心の塊ではなく、僕から両親を奪ったものを殺さんと欲する者──その代価と考えれば、僕の命程度」
「いやです!」
そう叫んだのはイェッタであった。
「坊ちゃまが死ぬ、なんて、そんなの!」
イェッタは無意識に自分の胸の中心を掴んだ。
そこにある魔石の製造者が死ぬことへの恐怖ではない。
「私はブロード様の剣です! 主人を失うなんて、そんな……そんなことッ!」
到底受け入れがたい事実。
イェッタの想い。焦がれるほどの恋情。主人に対する、切なる心。
それを奪うものあれば切り捨てようと誓った。彼の懐剣として、あまたの命を屠り焼いた。
だが、彼が魔剣を打てば打つほど寿命を失うなど!
「黙っていてごめんね、イェッタさん」
黒白の髪を揺らして、主人はメイドの涙をぬぐう。
「それでも僕は魔剣を打つよ……父さんと母さんを殺したものを、見つけ出して、この手で──すまでは」
17歳の少年らしくない、それは宣誓であった。
その場に泣き崩れるイェッタ。
ナテュールもさすがにそこまでの覚悟があったのかと、少年の心向きに感心した、直後であった。
『見つけたぞ、星の竜よ』
暗闇の洞窟から聞こえるような、反響を伴う声。キシキシと鳴く獣の声。
同時に、どこからともなく吸血蝙蝠の群れが地下工房を満たし始め──何か邪悪な存在の襲来をこれでもかと告げてくる。
星竜は白衣の裾を翻し、ブロードらを護る位置に降りたった。
「吸血大帝」
静かに告げるナテュール。
「以前あった時から、505年ぶりといったところかしら?」
「ああ。待ち遠しかったぞ……貴様の首を、この手で捥ぎ取れる、この時をな!」
現れたのは長い金髪を波打たせた、尋常でない怒気をため込んだ表情の若者であった。
彼は血走った眼でナテュールらを見据え、乱杭歯だらけの口元を剥き出しにしながら、ブロードたちに襲い掛かる。




