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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第三章
32/53

星竜/ナテュール -2







 ◆ ◆ ◆






「今、なんと申された? 髑髏賢帝フェーグ殿?」


 都市スタルクの旧政府庁舎は半壊の憂き目にあい放棄された。

 現在、彼らが集っているのは、山間にほど近い旧区役所に移した円卓の間。

 そこに六帝中五人が集結していた。

 怯えきったような声音の髑髏賢帝が、どもりながら告げる。


「そ、それが……わ、我が魔法(・・)によると、あの星竜/ナテュール、が」

「復活した、と?」


 同胞の一人であるスヴァットが確認するように呟くと、【剣豪魔帝】【強欲女帝】【吸血大帝】の顔色が目に見えて変わる。

 とくに、吸血大帝フングリングは激昂したかのように、手元のワイングラスを握りつぶしていた。人血のワインが床を赤黒く染める。


「おいおい。相手は真の竜とか冠される婆様(ばあさま)だぞ」

「私としても~、二度と会いたくない感じ~?」

「奴さえ、奴さえいなければ、この世界は!」


 自分たちのものになっていたはずだと豪語する吸血大帝。

 彼は大量の眷属──吸血蝙蝠の群れを呼び寄せて、骸骨の仲間に問う。


彼奴(きゃつ)はどこだ?」

「すす少し、おおお待ちいただけないでしょうか?」

「ならん! 奴の首を掻き切るまで、この怒りは収まらん!」

「おちつけ、フングリング大帝──フェーグ賢帝には何か考えがあるのだろう?」


 スヴァットの声に、吸血鬼の王帝は表情を静謐なものに変える。


「考え?」


 憤気を一旦おさめ、剥き出しの乱杭歯を口中にしまったフングリングは、フェーグの次の言葉を待つ。


「ええ……はい。──ふぅ」


 フェーグは髑髏の口で深呼吸し、改めて告げた


「かの星竜は、確かに我等にとっての脅威です。ですが、人間どもがこれだけの量の魔剣を開発・鍛造している現状を座してみるほど」

「“人間寄りではない”、か」


 髑髏賢帝と死刑剣王の言葉が、一同の熱意と怒気で沸騰しかけた意識を冷却させる。


「確かに。あのババアは魔剣の始祖ではあるが」

「今は、充分に人間側に力があるってこと~?」

「どうかな? あの星竜のことだ。我r話魔族を目の敵に、新たな魔剣を授けるやもしれんぞ」

「それは……今後の動向次第でしょう」

「今後、というと?」


 スヴァット・シュークの問いに、フェーグは髑髏の口を上下させた。


「奴は今、件の魔石卿、スヴェート公ブロードと接触中のよう、です…………あ」


 言うべきではないことを言ったと自覚したフェーグ。

 吸血大帝の顔が、まるで赤く細い三日月のような笑みを浮かべた。






 ◆ ◆ ◆






「僕を、止めに来た?」


 ナテュールの主張する内容を鸚鵡(オウム)のごとく繰り返すブロード。


「理由を聞いてもいい、ですか?」

「君の魔剣鍛造技術──それは君の命を削る“外法”だ」

「“外法”? 馬鹿な、これは僕の師匠である」

「ドワーフの技術として、僕が与えた……圧倒的弱者の側だった人族に、魔族と拮抗する力となるべく、山の民に与え継承させた力。『魔石錬成』と『魔剣鍛造』の技工。だが、君は“人間だ”」


 魔剣は文字通り、魔を討つ剣。

 魔石錬成と魔剣鍛造の技術は、人に与えた魔剣を、修繕し修復するための技法だった。

 ナテュールは人が座れるサイズの魔石の上に腰かけ、工房内の熱気もそっちのけで話し出す。


「僕の左眼──片眼鏡(モノクル)をかけた側の眼を代価に、私は星と取引をした──『人々を守れる力を、この英雄たちに』……覚えているだろう、《レード》使いのイェッタくん」


 イェッタは震えるように頷いた。ナテュールは言葉を続ける。


「だが、今の世の中を見てびっくりしたよ。ここまで魔剣の鍛造技術が精錬されるとは……だが、はっきり言おう、ブロード・スヴェート。君のその能力は危険だ。もっと言えば、君の寿命を」

「削り取っている」


 ブロードがそう答えたことに、イェッタとナテュールは瞠目を余儀なくされた。


「ええ、わかってはいたんです。魔剣と呼ばれる超常の力。それを鍛造する技術はドワーフだけに相伝されてしかるべきもの。けれど、ドワーフたちは数を減らし、魔剣を鍛造できるほどの『資格者』は現れなくなったと、師匠から聞き及んでいます」

「資格者?」


 イェッタの口から出た問いかけに、ブロードは微笑む。


「何が何でも魔剣の力を使いたいとする意志……僕の場合は、“両親の仇を討つこと”その“復讐心”“闘争心”が、魔剣を打つための必須要件」

「その通りよ……そこまでわかっているのなら、これ以上の魔剣鍛造は」

「いいんです。ナテュールさん」


 ブロードは微笑みっぱなしで答えた。


「僕は復讐者だ。師匠のように純粋な闘争心の塊ではなく、僕から両親を奪ったものを殺さんと欲する者──その代価と考えれば、僕の命程度」

「いやです!」


 そう叫んだのはイェッタであった。


「坊ちゃまが死ぬ、なんて、そんなの!」


 イェッタは無意識に自分の胸の中心を掴んだ。

 そこにある魔石の製造者が死ぬことへの恐怖ではない。


「私はブロード様の剣です! 主人を失うなんて、そんな……そんなことッ!」


 到底受け入れがたい事実。

 イェッタの想い。焦がれるほどの恋情。主人に対する、切なる心。

 それを奪うものあれば切り捨てようと誓った。彼の懐剣として、あまたの命を(ほふ)り焼いた。

 だが、彼が魔剣を打てば打つほど寿命を失うなど!


「黙っていてごめんね、イェッタさん」


 黒白の髪を揺らして、主人はメイドの涙をぬぐう。


「それでも僕は魔剣を打つよ……父さんと母さんを殺したものを、見つけ出して、この手で──すまでは」


 17歳の少年らしくない、それは宣誓であった。

 その場に泣き崩れるイェッタ。

 ナテュールもさすがにそこまでの覚悟があったのかと、少年の心向きに感心した、直後であった。






『見つけたぞ、星の竜よ』






 暗闇の洞窟から聞こえるような、反響を伴う声。キシキシと鳴く獣の声。

 同時に、どこからともなく吸血蝙蝠の群れが地下工房を満たし始め──何か邪悪な存在の襲来をこれでもかと告げてくる。

 星竜は白衣の裾を翻し、ブロードらを護る位置に降りたった。


「吸血大帝」


 静かに告げるナテュール。


「以前あった時から、505年ぶりといったところかしら?」

「ああ。待ち遠しかったぞ……貴様の首を、この手で()ぎ取れる、この時をな!」


 現れたのは長い金髪を波打たせた、尋常でない怒気をため込んだ表情の若者であった。

 彼は血走った眼でナテュールらを見据え、乱杭歯だらけの口元を剥き出しにしながら、ブロードたちに襲い掛かる。










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