星竜/ナテュール -1
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大洋スティッラ・ハーヴェットの中心。
どの大陸からも隔絶された、星の真ん中に位置する、とある島。
生い茂る豊かで巨大な森。
清廉を極めた湖。
苔むす岩。
人の手の全く入らぬ巨大原生林の奥深くに、彼女はいる。
「ん?」
原生林の奥深くに開いた、宮殿のごとき異空間。
玉座のごとき巨大樹に腰掛け寝入っていた人物が、一人。
純白の髪に純白の一本角、衣服も純白に染まった彼女は、片眼鏡をかける顔を歪ませる。
「なんてひどい臭い……」
彼女は鼻をつまみたくなるほどの臭気を感じた。
森の香りではなく、世界に満ちる悪意と戦意が、彼女を微睡から覚ましたのだ。
「とてつもなく濃い瘴気……これは魔王たち“六帝”が復活を果たしたようですね」
片眼鏡をかけた左眼の方は白く濁っていた。
かつて、とある英雄たちのために力を使った代償である。
彼女は物の見える右目で世界を見つめる。
「しかし、今回は一段と……おや?」
彼女は、自分が感知したおかしな気配に小首を傾げる。
「おやおや? なんでしょう、この魔剣の数は? 私が一眠りしている数十年の間に、これほど大量に?」
生産できるものであっただろうか。人間側に何らかの技術革新でも生じたとでもいうのか?
彼女の興味は尽きない。
純白の羽毛を思わせる白衣の両袖を振って、巨大樹の幹に跳びあがる。
彼女のすべてを見透かす右目が、一人の少年を見つけ出した。
「魔剣の製造元は…………随分と錬磨された、けれど復讐と闘争を胸に宿す心の持ち主…………なるほど」
良き魔剣鍛造者になれるはずだとひとりごちる。
「おや? 少年の傍にいるのは……イェッタ・イェーン!」
興味が好奇心へと昇華していくのを自覚する女性。
「……少しだけ外出しても怒られませんよね?」
純白の女性は、衣服を脱いで水浴びに興じ、そして、その姿を人のそれから逸脱させた。
彼女の名は、星竜/ナテュール
真の竜。
ドラゴンの上に立つドラゴン。
500年前のかつて、魔王討伐を求めた六人の英傑に『虹』の魔剣を託した大賢者の正体が彼女であった。
◆ ◆ ◆
「うん?」
「どうかされましたか、坊ちゃま?」
魔石錬成と魔剣鍛造に汗水たらす魔石卿は、なにか視線を感じた気がした。
誰かに見られているという感覚が膨大化し、心の深部まで見透かされるような、不思議な感覚。
屋敷に戻ったブロードとイェッタは、来る戦い──“六帝”との戦いを想定し、新たな魔石を錬成し、新たな魔剣の鍛造に尽力していた。
とくに、一般兵に配給される魔剣以上の性能を持った魔剣を量産、とまではいかずとも、将官クラスには行きわたる量を鍛造中である。
そんな時に味わった、不可思議を極めた感覚。
これは一体なんだと疑念をこぼす間に、
「はじめまして」
突然の声の出現に、ブロードもイェッタも、完全に居を突かれた。
双方ともに、敵意とも戦意ともかけ離れた純白の女性を見やって愕然とする。
この屋敷の深部である地下工房に侵入者など、考え難い事態であった。
しかも、イェッタはブロードとは全く違う反応を示す。
「ナ、ナテュール殿っ?!」
どうやらイェッタの知己らしい片眼鏡の女性は、白衣を翻し、とりあえず挨拶を交わす。
「久しぶり。イェッタ──505年ぶり、といったところかな?」
「ええ……よく覚えておいでで」
「それはそうと……すごい魔石と魔剣の数だね?」
「イェッタさん──この女性は?」
作業を中断し、汗まみれの顔をタオルで拭ったブロードが問う。
「以前、お話したこともあったと思いますが」
「私は星竜のナテュール」
ナテュールと名乗った女性は、左眼の濁った眼に片眼鏡をかけ、純白の羽毛を思わせる白衣を身に纏い、魔石卿と相対する。
「君らが持つ『虹色』の魔剣──それを鍛えあげた張本人、といえば理解も早いかな?」
ブロードは目を瞠った。
「正直、いきなりそんなことを言われても」
信じることは難しい。
ナテュールは人差し指を頬にあて、「じゃあ、これならどうだろう」と、左眼付近に手を添えた。
手の動きに合わせて、赤い魔剣・イェッタの愛剣に酷似した模造品が形成されていく。
魔剣はその外見を似せて造ることができない。
それができるのは鍛造した本人だけだとされる。
魔術でも魔石でも、ブロード自身ですら真似しようがない芸当に違いなかった。
「これはただのハリボテだけど」
ナテュールは何のためらいもなく、ハリボテの《レード》を叩き折った。砕け壊れた赤い破片が塵と化し、白く濁った左眼へと戻っていく。
「なんだったら、私の竜化した姿を見せてもいいけど?」
ざわりと空気が変わった。
白い一本角が鋭角に伸びあがり、彼女の右目が爬虫類然としたものに変わる中。
「いいえ、充分です」
ナテュールの話は、イェッタからあらためて聞かされていた。
どの大陸にも属さない小さな島。そこを縄張りとする星の竜。そして、イェッタたち六人に、虹の魔剣を供与してくれた協力者。
「それで、星竜ナテュール殿は、どのような御用件で、はるばる屋敷へ?」
そう訊ねるブロード・スヴェートに対し、星の竜は笑みを消して答えた。
「君を止めようと思って、ここへ来た」




