宴
◆ ◆ ◆
「ほ、報告!」
通信武官が《通信》魔術でもたらされた吉報をもって、ヴォール王の鎮座する玉座の間に現れた。
片膝をついて恭しく報告内容を奏上する。
「ヴェンスカープ卿率いる左翼、南都奪還に成功! 中翼、右翼ともに、そのあとに続き、魔王の支配領域を奪還いたしました!」
場内がどよめいた。
ヴォール王はほっと胸をなでおろす。
「そうか、よかった……」
多大な犠牲を払いはしたが、魔王の侵攻を止める一助にはなろう。
その間に軍備を整え、諸国への望みをつなぐのだ。
「して、魔石卿──スヴェート公たちの方は」
「心配いらないわ、お父様」
戦いの疲れなどおくびにも出さず、モーネは玉座の間に参内する。
「モーネ、おまえという娘は」
勝手に出征したことを咎める語調であったが、それにもまして、モーネのもたらした朗報は玉座の広い空間をどよめかせた。
「作戦は成功といってよいでしょう──魔剣と、その使い手・イェッタを回収。魔剣は敵の手に堕ちたままですが、これは大戦果といえるでしょう」
◆ ◆ ◆
ささやかな宴の席にて。
「えー、というわけで。我々は無事、イェッタの奪還に成功いたしました!」
スヴェート公の屋敷に戻ったモーネは、水入りの杯を手に音頭を取った。
家令のノルシェーンが用意した宴席と料理を前に、ブロードをはじめ電撃部隊に参加した五人が大テーブルの席に着き、奪還されてきたイェッタが所在なさげに主賓席に座る。
「第一王女様は、お城で戦勝記念式典に出られるんじゃあ?」
「細かいことは言いっこなしよ、元傭兵のメイドちゃん?」
フェリに指摘されたことを一旦おいて。
「堅苦しいのはここまで! 乾杯!」
乾杯の声が唱和し、盛り付けられた料理やパンの山に手が伸びる。
「ほんとう、今回は何度しぬかとおもった」
「フェリの嬢ちゃんの活躍のおかげだろうが、ほれ食え食え!」
「……おいしい、これ」
魔剣、《オランジュ》、《グロー》を腰に佩く三人がスープや肉料理に舌鼓を打つ。
「今回は私のおかげで、魔王の一角を討滅できたのよね、ブロード?」
「うん。《リーラ》の能力があったからこそ、僕はこうして無事でいられる。ありがとう、モーネ」
素直に感謝され、頬が緩むのを抑えきれない第一王女。
だが、その話を聞いたイェッタが疑義を呈した。
「強欲女帝を、討った?」
「ああ、そのはずだけど?」
「え、なに問題でもあるの?」
一座がシンと静まり返る。
「……誠に言いにくいことですが」、強欲女帝は生きている……いえ、復活する可能性が高いと思われます」
イェッタは詳細を語った。
俄かには信じがたい内容であったが、彼女が500年前の“六英”の一人である事実を考えると、否定する材料がない。
「あれだけ苦労して討滅したのに」
「復活ありとか、マジで言ってる?」
「はい。大マジです」
沈みまくる場の雰囲気。
だが、やはりイェッタを奪還して正解であったとブロードは考えをあらためる。
イェッタは訥々と話し始めた。
「あれは500年前────」
◆ ◆ ◆
「イェッタさん」
作戦成功を祝う宴が散会を告げ、酒がまわり酔い潰れた傭兵二人を尻目に、ノルシェーンとフェリ、そしてモーネまでもが後片付けに参加する。
「坊ちゃま」
「まだ、話せてないことがある──そうだね?」
ブロードは気づいていた。
彼女が語った500年前の戦いとは別に、彼女には明かしきれてない秘密があることを。
しかし、それでも。
「今は話せなくてもいい」
そう告げる主人の言葉に、イェッタは心の底から救われる。
「それでも」
「それでも?」
「それでも。何も話さないでいなくなるのだけは、やめてね?」
微笑みを深くするブロードの言葉に、イェッタの内にある《心臓》の魔石がトクンと脈打った。
「はい。お約束します」
夜気の中、ともに涼む二人
自分はもう迷うまいと心に誓うイェッタ。
彼女の脳裏に、かつての優しい母の面影がちらつくが、魔石卿のメイド長は今度こそ、彼と共に戦う決意を固めたのだった。
◇ ◇ ◇
魔王連合国家の首都“ヒューヴドスタード”。
その宮殿にて。
厳かな空気の中、輿の上に乗せられた悪魔の娘が一人。
彼女は己の運命を見定めたような鋭敏な視線を、ひたすらに前へ向けて、小魔たちの担ぐ神輿の上に鎮座する。
向かう先は宮殿の奥──復活した魔王“六帝”のうち五人が集っている。
その中で唯一玉座に腰掛けるのは、虚空をぼんやりと眺める子ども【大愚魔皇】ドゥム。
やがて、悪魔の娘を載せた輿が、ドゥムの眼前へと運ばれる。闇色の涎と涙を流しながら、彼は告げる。
『余は悲しい』
普段の様子が信じられないほど英哲な声の響き。
他四人の六帝が片膝をつく死聖というのも、普段の様子からは逸脱している。
『余はこれから、我が仲間を復活させねばならない──そのための犠牲に選ばれた其方のことを、本当に気の毒に思う』
「どうか、そのようなことはおっしゃらずに、我等が大王にして魔皇陛下。すべて、覚悟の上です」
『──すまない』
悪魔の娘は、自分に下される運命を称揚と受け入れた。
そして、玉座から一歩ずつ降りてくる少年魔王を、神の啓示を待つがごとく、両手を組んで待ちわびる。
ドゥムは告げる。
『我らが同胞【強欲女帝】の、“復活の儀”を執り行う』
魔皇は悪魔の娘に接吻を落とした。
情熱的な、官能的な、淫靡と貪欲極まる水音が玉座を染める。
そして、彼の闇色の体液──純黒の中身が、娘の口から体内に落ち切った時。
「んぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
ドゥムが唇を離し、その場をさがった。
くぐもった悲鳴と断末魔が、宮殿内にに響きわたる。
娘の体躯が、黒髪肌色の瘦せ型の躯体が、青白く染まりだした。
黒髪が金色に染まり千切れ、角や尻尾が隆起し、淫蕩な乳房や臀部が形成され──ついには【強欲女帝】の姿そのものへと変化。
すべてのものを収奪する能力を秘めた女帝は、とろんとした目つきを、やがて鋭くも楽し気な調子にゆがめる。
「やぁ【大愚魔皇】──それに、我が仲間たち。復活させてくれて、ありがとう」
魔王復活はなされた。
ここに、【強欲女帝】は復活をはたした。
ささやかな祝宴が饗され、“六帝”はその絆を新たなものとした。
第二章、終了。
第三章に続きます。




