イェッタ奪還作戦 -4
◆ ◆ ◆
一方。
王国軍が、三都市に攻勢を仕掛ける中。
「あァん?」
「なにッ?」
「そんな!」
三都市に散っていた六帝のうちの三人、アロガント、フングリング、フェーグが驚愕の声をあげた。
「おいおいおい。強欲女帝がやられてるだと?」
「はぁ……まったくもって、不甲斐ないことであるな?」
「はわわわわわ。それほどの相手がいたということでしょうか?」
可能性があるとすれば、
「魔石卿の野郎かな?」
「話に聞く魔石卿か」
二人が正答をはじき出す一方、フェーグは大慌てで“進言する”。
「わ、我等も一旦スタルクに戻って、彼女の復活準備を?」
「はぁ? いらねえだろ、そんなの」
「おそらく死刑剣王殿が事に当たってくれるだろう……我らが盟主【大愚魔皇】と共にな」
「そ、そうですね。拙案、失礼いたしました」
「まぁ、焦慮する気持ちも分かる、フェーグ殿」
「だからといって、目の前の喧嘩をほっぽりだしておけるわけねえだろうが?」
骸骨の魔王は築き上げた陣地内で頷いた。
「にしても。強欲の収奪能力を突破して殺すことができるなんてな?」
「魔剣の力に違いないだろうが……あるいは《リーラ》の所持者が?」
強欲女帝を殺した英雄について話題は展開されていったが、
(シエル殿、あまり苦しまずに逝けたのでしょうか?)
そんなことを心配する髑髏賢帝であった。
◆ ◆ ◆
「よし、開いた!」
旧政府庁舎地下を掘削し終えたスコーグは快哉を発した。
「侵入路確保、と」
「……さすが、すこーぐ」
鮮やかなドリル捌きであった。
相棒に誉めそやされて鼻高々な傭兵であったが、それに先んじてブロードは建物の地下に乗り込んでいく。
不自然なまでに静かだ。
内部を警備巡回する魔族と鉢合わせする可能性ぐらいは想定していたのだが、
「誰かの命令で、廊下の警備を抜いたのかしら?」
モーネの発現に「まさか」とフェリが応じる。
「だとしたら。相手は何のために?」
「無駄に同胞を死なせないため、とか」
それっぽいことを口にしたモーネの言に、全員が畏怖にも近い感情を覚える。
それが事実だとしたら、これから相対するのは魔剣所有者と伍する敵か──それとも魔王か。
「考えても埒が明かない。急ごう!」
《ローサ》の導きによれば、《レード》の反応は最上階付近にあるというフェリ。
五人は慎重に、だが迅速に上階へと続く階段を見つけ駆け上がった。
予想されていた敵の逆撃や迎撃は一切なかった。
「ここです!」
フェリが指さした客室の扉を、ブロードは蹴破った。
「イェッタさん!」
「……坊ちゃま?」
漆黒のドレス姿という見慣れぬ姿ではあったが、漆黒の長髪と黒い長耳、真紅の宝石のような瞳は健在であった。
イェッタの無事を確認したブロードは、彼女に歩み寄ろうとして、
「来てはいけません!」
その一言に足を止めた。
「どうして!? いや、そもそも何故、君が魔王に捕らわれて?」
「私のことはいいのです……ブロード様。私はこのままここで」
一方的に別れを告げようとするイェッタに対し、
「いやだ!」
ブロードは頑として譲らなかった。
「イェッタさんは僕の家族だ!」
「……家族?」
「そう家族」
震える瞳をブロードは真摯に受け止める。
「イェッタさんにも事情があることはなんとなくわかる。けれど、これは僕の我儘だ。もう家族と離れたくない」
「っ!」
「一緒にいてほしいんだ、イェッタさん」
「……ブロード、さま」
ハーフダークエルフの少女は手を伸ばしかけ、歩を進めようとした。
瞬間だった。
ブロードたちとイェッタとを分かつ鋼鉄の壁が、ギロチンのごとく降ってきた。
「ブロード様! 皆!」
イェッタの声が、戦塵の奥で響く。
「だ、大丈夫! こっちは大丈夫だから!」
「な、なんだ、今のは! 敵の罠?!」
「それ以外の何がありますの!」
「というか、この壁って──」
「……でかい、つるぎ?」
鋼の壁が上にズゴゴという鳴動と共に動き出した。
あまりにも巨大な刀剣だ。五階建ての政府庁舎を輪切りにするほどの巨大さということは、幅は少なくとも数十メートルに達する。刃渡りなど計測もできない。
「ふむ。いま一歩のところであったか」
そう告げるのは長耳に仮面の女騎士。漆黒の髪をなびかせ、巨大な剣をもちあげ天を踏みしめる。
「あれは?」
「【死刑剣王】──スヴァット・シューク──六帝の一人です!」
イェッタの発する声に、一同は震えながら身構えた。
魔王と呼ばれた漆黒の女騎士が、ゆっくりと巨剣を振り上げ、振り回すのを確認できた。
「ブロンマ!」
一同の中で最も膂力に自信のある女傭兵が、魔剣を構え、一行の盾となる。
「……ぐ、ぅあ!」
それでも、巨剣の一撃は容赦なく政府庁舎を破壊していった。
ブロードはなるほどと得心を得る。この場所に警備の類がいなかったのは、魔王の攻撃に巻き込まないための避難であったのだ。
「《フェシュテーラ》!」
破壊の魔剣を用いて盛大に巨剣の横っ腹を叩く──が、巨剣は刃こぼれ一つ起こさない。
「無駄なこと。我が処刑剣には、魔剣の効果は通じぬ」
「スコーグ! 《オランジュ》で巨剣を!」
最後まで言い切るよりも早く、隻眼の傭兵は魔剣を巨大な手の形にしてみせ、巨剣を固定してしまった。剣と剣の交錯とは思えない風景である。
「ふむ。なかなかにやる。状況判断も迅速的確──だが」
死刑剣王は空間から黄色の魔剣を取り出し、天を差した。
「な、やばい!」
魔石卿が全員に退避を促した瞬間、雷霆と鳴轟がブロードたちの周辺に突き刺さった。
「馬鹿な!」
ブロードは叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「魔王が魔剣を使う!? そんなこと!!」
不可能だと伝説は語っていた。しかし実際として、スヴァット・シュークのなした技法は、魔剣の備わる「雷属性操作」に他ならない。
ドレス姿のイェッタが告げる。
「あの方は死刑剣王。文字通り、剣の王です。六人いる魔王の中で唯一、あの方だけは“魔剣を使える”のです!」
「……あの方?」
イェッタの言い様に微細な違和感を覚えるブロード。だが、状況はそれを確認させる時すら与えない。
「どうする、我等が公爵閣下ッ!?」
スコーグが悲鳴もあげずに判断を促す。
《ギュール》の威力に耳を劈かれるのを防ぐように両手を耳にあてがうみんなの姿を確認し、ブロードは一声する。
「《転移》で逃げる!《ギュール》奪還は諦めるしかない!」
そう宣告する間にも、雷霆の威力は政府庁舎を薙ぎ払い、小規模な火災を発生させている。これ以上の戦闘は望むべくもない。
ブロードはイェッタの身体を抱き寄せ、全員に退避準備を要求。
「逃がさん」
魔剣を空間にしまい、次に取り出したのは刃渡り数百メートルはあろう長刀であった。
攻撃は刹那。
その長刀を、イェッタの振るう《レード》が受け止めてみせた──まるでどこから攻撃が来るか分かっていたかのような反射速度で。
「全員つかまったな、逃げるぞ!」
《転移》の魔石が発動した。
半壊した政府庁舎を見下ろしながら、漆黒の女騎士は何の感情も表すことなく、ただ一言。
「やはり、おまえは愚かな娘だ、イェッタ」




