イェッタ奪還作戦 -3
◆ ◆ ◆
旧政府庁舎、周辺にて
「本当に、あそこにイェッタの嬢ちゃんが?」
二手に分かれたうちの一方、モーネたち四人組による快進撃は続いていた。
「《ローサ》は、そう言ってるけど」
「……なら、きょうこうとっぱ」
「待て待て待て待て」
旧政府庁舎周辺は、大量のアンデッド兵──黒い骸骨たちの尖兵によって覆いつくされている。
あれを相手にして無事に済む公算はないに等しい。
そんんあ状況下で。
「なぁ、このあたりの地下構造ってわかるか?」
「地下?」
スコーグは妙案を思いついたらしく、モーネが差し出してきた旧政府庁舎周辺の地図を確認する。
「うん。これならいけるかもな」
熟達した隻眼の傭兵が何か企んでいるその時、
「あら、ブロードから《通信》? どうしたのかしら?」
モーネ王女は彼から渡されていた《通信》の魔石を手に取った。
◆ ◆ ◆
時を少し遡る。
「ねぇねぇ、いいでしょ、ブロードくん♪ 私のコレクションになりなよ?」
「悪いけど。死んでもごめんだね」
悪いようにはしないからと再三告げてくる強欲女帝。
「私のこと『シエル』って呼んでいいからさ。月に二回、いや三回、ううん四回は会いに行ってあげるよ? ごはんだってちゃんとお世話するし?」
「そういう問題じゃあ、ない!」
人をペットかそれに類するものとしか見ていない女帝の主張に、ブロードは頭痛すら催す。《フェシュテーラ》の形状を弓矢状に変え、それを十連射するブロード。
相手が、触れるだけでその物体を収奪──異空間に吸収するかのようなタイプが相手では、遠距離戦主体にならざるをえない、だが。
「あは、その魔剣も素敵じゃない。天上五剣っていうんでしょ? あと二つはどんなのかな? 見たい見たい!」
色々な意味でブロードの苦手なタイプであった。
このような難敵を、イェッタたち六英は討伐したと思うと、本気で頭が下がる。
(魔剣で切り伏せようにも、触れた傍から収穫されちゃ……うん?)
ふと、ブロードの脳裏に閃くものがあった。
彼は戦闘を一時中断し、モーネと《通信》魔石でやりとりする。
そして、確信を得る。
「よし」
「作戦タイムは終わり?」
ウキウキと次に出てくる一手を待ち構えるシェルヴィスク。
だが、ブロードは《エーヴェヴィンナ》を空間にしまい、《フェシュテーラ》の大剣状態を正眼に構える。
ついにブロードが自分のものになる覚悟を固めたのかと思う一方で、強欲女帝の勘が、何か言い知れぬ不安を告げてきた。
次の攻撃を喰らってもいいものかどうか……
「──いざ」
考えている暇はない。
何より、シェルヴィスクの強欲能力……収奪は無敵といっても良い。
全身のどこかに触れただけで、彼をコレクションできると思うだけで絶頂級の快楽が脳内を満たした。
「おいで♪」
そう言わんばかりに両腕を広げた強欲女帝に対し、魔石卿はただ愚直に剣を突き入れに来る。
拍子抜けもいいところだ。しかし、これで、敵の最大特記事項は女帝のコレクションに加えられ──
「あれ、嘘?」
なかった。
鮮血が先ほどシェルレースを飲み込んだ胸元から吹き上がり、あまつさえ、少年の拳が無理やりに傷口を押し開きにかかる。
「あ、ああ、あああ──」
恍惚とした響きと共に、肉感的なものが彼女の全身を支配する。
彼は平然と、胸元に格納された魔剣を奪還してみせたのだ!
「ちょ、ま、そんなのアリ?」
収奪は?
コレクション能力は?
何もかも疑問符だらけの女帝は、その場で崩れるように尻もちをつく。
血の海に沈む魔王の一人に、ブロードは告げる。
「あなたを仮定として湖や海と同じと考えた場合、命綱を付けた状態でなら、問題なく攻撃行動がとれると、そう考えた」
「い、命綱? そんなもの、どこ、……に?」
言いながら、ブロードの全身を眺めまわした女帝は気づいた。
彼の背中に、蜘蛛の糸のようなものが一本、確認できる。
強欲女帝は理解した。
「《リーラ》の“蜘蛛の糸”!」
「そういうこと」
「へへ、まいったな……昔から、あの剣とは、相性サイアクだったから……」
血反吐を吐きながら崩れていく女帝の肉体。
核となる心臓部への攻撃に、体は耐えられそうになかった。
ブロードは、彼女が最後のひとかけらになるところを確認するまで見届け、その場を後にした。
◆ ◆ ◆
「……シェルヴィスクが、やられたか」
驚きも憐れみも懐くことのない【死刑剣王】の呟き。
彼女は今、魔王同士の繋がりめいたもの──魂の鎖でそれを感じ取る。
「今代の魔剣使いも、存外にやるではないか」
たった一人の円卓の間を出ていった彼女は、然るべき準備のため、己に割り振られた自室に向かう。
◆ ◆ ◆
「まったく驚きましたわ。『君の《糸》を少し借りたい』だなんて」
旧政府庁舎前の地下で合流を果たしたブロードは、蜘蛛の糸を貸与してくれた命の恩人に深く感謝する。
「でも、おかげで強欲女帝の収奪能力からは逃れられた──ありがとう、モーネ」
「そ、そう? それはなによりだったかしら?」
「それで。スコーグはここで何を?」
「ああ、ちょっと穴掘りをな」
「穴掘り?」
そう言って彼が取り出してみせた魔剣は、いわゆるドリル状に尖鋭化されていた。しかも、人間大の大きさのドリルに。
「《オランジュ》の便利なところだ。形態変化は思いのまま。破壊力も邪剣なんかとは比べようもない」
ギュイーンという、けたたましい音色あげるドリル状態の魔剣。
500年前の英雄たちも、こうして穴掘りに興じたのだろうかと思いつつ、スコーグの作業をブロードは眺めることにした。




