イェッタ奪還作戦 -2
◆ ◆ ◆
イェッタ・イェーンは、都市スタルクの政府庁舎に、半ば幽閉されていた。
だが、幽閉というと語弊があるかもしれない。
悪魔の侍女たちの手によって見事に整えられた髪、豪奢で華美な漆黒のドレスを着せられ、最高級の客室のひとつが与えられていた。
首のない楽師がバイオリンを弾き、見事なまでに外での魔族たちの獣声をかき消してくれている。
それでも、彼女の心は晴れやかさから程遠い。
「昼食の時間です、姫様」
悪魔の女中がワゴンで運び入れる食事も最高級品だ。人肉などは一切使用されていない、イェッタの健康と栄養管理を考えた、素晴らしいフルコースである。
だが、
「いりません」
ここに囚われてからというもの、イェッタは満足に食事をとることを拒絶していた。
もっとも、ダークエルフの血が混ざっているため、空腹という感覚を遮断するということができるからこその反応といえた。
女中らは仕方なしに料理を下げようとしたとき。
「イェッタ」
「!」
ハーフダークエルフの少女は席を立った。
現れたのは、漆黒の仮面を纏う女騎士……この都市の征服者……すべての魔族の頂点に位置する上位存在。
冷厳な声が告げる。
「わざわざおまえのために作らせた特別品だ。これを食せる者は」
「私しかいない。だから食べろ、と?」
「ダークエルフでも腹は空くはずだ」
「それなら母様が食べればいいはずです!」
女中らをさがらせた漆黒の女騎士は、仮面越しに娘を見る。
「わかっているはずだ、イェッタ。いまの私は魔王──六帝が一人【死刑剣王】──この身はダークエルフであって、ダークエルフのそれではなくなった」
「ッ! どうして──」
「『人間は死すべし』それが我が願いなれば」
「そんな! どうして、そんなにも!」
「これ以上の問答は不要だ。『鉄の女魔剣士』よ」
イェッタは《レード》を抜くべきか迷った。迷った末に、席に座りなおした。
「いい子だ」
母だった魔王の言葉に、今にも泣きだしたい気分を味わうイェッタ。
そんな彼女の耳に、かすかな戦闘音が窓の外から響いた。
「何事だ?」
スヴァット・シュークが仮面を振り向けて女中に確認を求めると、強欲女帝・シェルヴィスクが侵入者を発見したという報せが届いた。
「して相手は?」
「それが……」
「かまわん。この子の前では、声をひそめても無意味だ」
そう理解している母。
そんな死刑剣王に促され、悪魔の女中は正直に答える。
「──相手は魔石卿と、魔剣で武装した一味だそうで」
イェッタは再び席を立った。立たざるを得なかった。
◆ ◆ ◆
「次の路地を右に!」
その先にいたゴブリンの群れを、ブロンマの《グロー》が掃滅する。
「次の十字路を左に!」
そこで鉢合わせたコボルトの精鋭兵を、スコーグの《オランジュ》が捕らえ、フェリのボウガンで皆殺しにする。
スコーグは口笛を吹いて賞嘆した。
「いい腕してるな嬢ちゃん! メイドにしておくには勿体ねえ! この仕事が終わったら、俺らと組む気はあるかい?」
「残念ですけど!」
魔剣を抜いたフェリの一刀によって、空から降ってきたドラゴニュートがバラバラに寸断される。
「結構な額を公からいただいちゃってるんです、私」
快速で進行していく三人。
それに対し、一人だけ後れを取る魔剣使いが、一人。
「大丈夫ですかい、王女様?」
「これぐらい……平気……です……わよ……」
肩を弾ませて呼吸を整えているが、先ほどから飛び出してくる魔族の群れに対して、あまり戦果らしい戦果は挙げていない。
なんとか傭兵と元傭兵の三人の速度についていくのがやっとというありさまだ。
「ブロンマ、運んでやれ」
「……わかった」
「ちょ、誰が王女を肩に担ぐ許可を出しましたか!」
抗議の声をあげるモーネに対し、スコーグは実際的な問題をつきつける。
「今回はスピードが命だ。とっとと目標に到達してやらねえと……」
遠くで響く地響きにも似た戦闘音、いくつもの民家を破砕してもやまないブロードと強欲女帝の戦いぶり。
「それに、王女様には体力を温存してもらった方がいい。その魔剣の能力、頼りにしてるんだからよ?」
「わ、わかりましたわよ!」
大人しく巨躯の女の肩に座りなおすモーネ。
「よし。じゃあ、行こうか!」
「うん。次の突き当りで右!」
魔剣の持ち引きのもと、四人は魔族の都市となり果てたスタルクを踏破していく。
◆ ◆ ◆
一方で。
「《エーヴェヴィンナ》──第三励起!」
魔石卿の解放する魔剣の性能によって、大気中に水の塊が生成される。
「《征服する波濤》」
属性“水”の一刀は、確実に津波のごとき勢いで強欲女帝を包み込む。
「あは、今は水浴びって気分じゃな~い!」
シェルヴィスクが手をかざした──たったそれだけの動作で、ブロードの攻撃が“消失”する。
「でも、君の魔剣って本当に面白いね。ここまで多機能な魔剣は始めて見たよ?」
油断なく相手を見据えるブロードの瞳に、強欲女帝は魅入られたように蕩けた視線を向ける。
「欲しいなあ」
彼女の欲求が口からこぼれ出た。
「欲しいなあ、欲しいなあ、欲しく欲しくてたまらないなあ!」
おもちゃを求めねだる子供よりも厄介極まる強欲ぶり。
「ねえ──その魔剣、君ごと私のコレクションに加えてもいい?」
「……僕ごと?」
「うん、そう!」
お断りだと言うように、ブロードは新たな魔剣を引き抜いた。“寛大”のシェルレース。その効能は、敵対者の敵意や戦意を削ぎ落すこと。ただし、効果発動可能なのは、一日に一度だけという条件があった。いま使うべきだと判断したブロードの判断は、
「だーめ♪」
完全に失敗した。
「アロガントから聞いてるよ? その白いの。こっちの敵意や殺意を止めて、攻撃の手を強制的に止めるんでしょ? ──でも」
シェルヴィスクは淫靡なまでに赤く染まる頬で純白の刀身を頬ずりした。
「私はもう、君に戦意も敵意も懐いてない。だから」
何かする気だとブロードの直感が告げる。
しかし、シェルレースは強欲女帝の両掌と乳房の間に挟まれ、
「無・駄♪」
消失する。
先ほどの水の攻撃が、何の兆候もなく消え失せたように、ブロードの手から純白の魔剣が消え失せていた!
(いったい何を?!)
考察を余儀なくされるブロード。
イェッタとの会話で、強欲女帝との情報はなかったか、超高速で記憶をたどる。
が、その必要はなかった。
女帝は語る。
「私は【強欲女帝】よ? 欲しいものはすべて、私の手に触れた途端に収奪されるの♪」
ブロードは恐怖を腹の底に感じた。
この女に触れられれば最後、自分も“コレクションとやら”の一部にされてしまうのだ。
「ほら、ここまで聞いたのなら、私にコレクションされてみない? きっと私、あなたのこと大事にするから♪」
「……誠に嬉しい申し出だけど」
そう嘯きつつ、奪われた魔剣の代わり──《フェシュテーラ》を即座に用意する魔石卿。
「僕には、やるべきことがある。だから、」
ブロードは冷然とした瞳で言い放った。
「僕の《シェルレース》を、返せ!」
《エーヴェヴィンナ》の第二励起で大嵐の風を巻き起こしつつ、相手の体制を盛大に崩すブロード。
強欲女帝との戦いはまだ序盤も序盤にさしかかったところであった。




