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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第二章
25/53

イェッタ奪還作戦 -1






 ◆ ◆ ◆





「陛下」


 玉座の間に奏上へきたのは、魔術尚書ではなく、海軍元帥ハンス・アクセルストルム伯爵──海軍元帥と、彼の副官であった。


「用件は?」

「件の奪還作戦が始まりました由、そのご報告を」


 王は力なく「そうか」と頷きつつ、気もそぞろであった。

 ストルム伯爵は軍人らしい鋼の語調で、作戦概要を改めて奏上する。


「南からヴェン・スカープ辺境伯率いる左翼、レンナート・ヴィンド陸軍元帥率いる中翼、北からはベルナドッテ・ヒンメル王室顧問兼近衛元帥率いる右翼が、都市スタルクへと至る三都市──魔王の支配領域と化した国土を包囲しつつ、進軍」

「さ、三都市には【髑髏賢帝】フェーグ、【吸血大帝】フングリング、そして、あの【拳豪魔帝】アロガントの存在を確認済みです」


 副官の言葉に、ヴォール王は顎髭に手を添える。


「ふむ……その間に、スヴェート公ブロード率いる魔剣奪還作戦部隊がスタルクに侵入する、か……」


 後詰の部隊には魔術尚書の『魔術師団』が控えている。

 これ以上の布陣は、現在のところ考えられない。存在しないと言ってよい。

 近隣諸国、北方蛮領は穴熊のごとく沈黙を貫き、レプブリーグ共和国に関しては色よい返答は得られなかった。


「成功すると思うか?」

「成功してもらわねば困ります」


 そうだなと受け答えつつ、王は作戦の成功を祈らずにはいられなかった。


「ところで、モーネは?」


 ヴォール王は、第一王女である自分の娘の所在をたずねた。


「お部屋でお休みになっているはずですが」

「あの我儘娘、いや、我が娘であれば、作戦に随行したいなどと言い出すかと思ったが……」


 そういう気配は全くなかった。

 それどころか、作戦の詳細に興味を示すこともなかった。

 腑に落ちないものを感じた王は、モーネに与えた居室に向かった──だが。


「いない?」


 姫の身辺に侍らせていたメイドたちは、一様(いちよう)に「お休みにならえれておいでです」と答える中。


「では、姫はどこだ?」


 返答は返ってこなかった。

 まさかという思いを懐いた王は、モーネの魔剣にこめられた特殊な力を想起する。

 王は、ブロードより送られた魔剣の能力を使い、メイドたちを操っていた“蜘蛛の糸”を断ち切った。


「やられた、あのバカ娘が!」






 ◆ ◆ ◆






 くしゅんと可愛らしいくしゃみを立てながら、モーネはブロードたち電撃作戦の要に参じていた。


「風邪かい、モーネ?」

「いいえ……お父様あたりが噂してるのかも」


 両手足に呪いを宿す姫君は、魔剣リーラで操ったメイドらの支配が途切れるのを感じていた。

 どうやらバレたようだと勘づくモーネ。


「しかし、本当によかったんですか姫様? 一国の王女が、こんな危険な作戦に」


 魔剣ローサを背負うことになったスヴェート家の身命メイド──元傭兵──フェリが確認を求める。

 第一王女の返答はこうだ。


「ブロードの家族は、私の家族も同然よ。取り戻しに行くのに、理由など必要かしら?」


 そういう話ではないのだがと困り顔で頭をかくフェリ。


「坊ちゃまも、止めなくていいんですか?」

「止めたよ、……うん、一応はね」


 そうっすかと空笑うフェリ・エーブリクト。


「敵陣地に突貫する王女様なんて、聞いたことないんすけど」

「まぁまぁ」


 ブロードは落ち着き払ってモーネの出陣を許した。

 モーネ・レグンボーゲもまた貴重な戦力である。彼女は魔剣リーラに選ばれた唯一の適合者。その手足の呪い故に、城内のものにも疎まれ忌み嫌われる半生を過ごしてきた彼女にとって、手足の《解呪》を成し遂げてくれたブロードは真の恩人であり、その主義思想を何者よりも尊重する。それが長じて春先には婚約関係まで結んだ両者であるが、その実戦闘力は馬鹿にはできない。


「それじゃあ、作戦概要の説明をば」


 一行の中で一番の年長者たるスコーグ──凄腕の傭兵が地図を広げる。


「本日1200より、ヴェン・スカープ卿らの軍団が、魔族どもに支配された三都市奪還のために軍を動かす。

 敵に捕らわれたイェッタ嬢を救うべく、俺ら電撃部隊は《転移》の魔石で都市スタルクに飛ぶ。その後は情報収集をしつつ、イェッタ嬢がいるはずの魔王共の支配領域とやらに潜入し、これを奪還する──こんなところだったな、スヴェート公?」

「うん。問題はイェッタさんの居場所を割り出す手段だけど」

「それがボクの役目、っすか」


 魔剣ローサの特殊能力──というよりも、魔剣同士の相互干渉作用を利用した探査機能である。

 赤色と桃色、両者は互いの存在を感知しあう色彩の魔剣だ。そういう意味では橙色の《オランジュ》も、《赤色》を混ぜ合わされた色合いであるが、


「《オランジュ》は黄色の《ギュール》探知に使ってほしい。やり方は」

「魔剣が知っている、ですかい?」


 にわかには信じがたいことだろうが、魔剣には魔剣の意思がある。

 今回はそれを最大限利用するつもりで、ブロードたちは敵陣の奥深くに潜り込むのだ。


「……しつもん、いい?」


 魔剣グローを握るブロンマが小さく挙手してみせた。

 大の男を優に超す巨躯の女性は、軽装鎧を身につけ、腰の鞘におさまる魔剣の柄を握ってたずねる。


「……てきとせんとうになったばあい、どこまで《ぐろー》たち、まけんをつかっていい?」


 当然の質問だった。


「“最大励起の使用”は原則禁止しておきたい。今回の目的は魔王の覆滅ではなく、イェッタさんや《レード》を含む魔剣の奪還がメインになる」

「……りょーかい」


 そうこう言いつつ作戦プランを確認した一行は時計を確認する。


「まもなく作戦時刻です、ブロード様」

「うん。ノルシェーン、留守を頼むね」


 委細承知した家令(ハウススチュワード)が腰を折る姿を確認しつつ、ブロードは秒読みを開始。


「8……7……6……5」


 五人全員が手を繋いで、一ヵ所に集中転移できるようにする。


「4……3……2……1」


 作戦決行である。

 ブロードが錬成した《転移》の魔石が、都市スタルクまでの長距離移動を可能にした。

 奇妙な浮遊感の後、一行は荒れ果てた無人の民家の二階にたどりつく。


「ここは?」

「どうやら、無事に転移できたらしい」


 全員が身を潜め足音を殺し、窓の外を注視する。

 民家の外からやかましく響く蛮声。豺狼(けだもの)たちの(わら)う声。

 獰猛きわまる魔族たちが一堂に会し、見るも無残な姿となった都市住人の血肉で饗宴を催しているところであった。、


「う、げえ」


 フェリがあまりの凄惨さに口元を抑えるが、ブロードたちの目的を忘れてはならない。


「フェリ、《ローサ》はどちらに」

『行けと言ってるのかしらねえ?』


 全員が反射的に魔剣を抜いた。

 十代の少女としか見えない美貌の持ち主は、ブロードの姿を見て心底たのしげに手を振ってみせる。


「ハ~イ、魔石卿くん?」


 髪は短い金色。青白い肌に血塗られた爪。衣服は華やかなドレスではなく、異世界で言うところの“逆・ばにーがーる”めいた感じ。露出の多いぴっちりした被服に、秘部を最低限は隠す意図のハートマーク。太腿を扇情的に彩る網タイツで包み込み、腹部には淫らな紋様が浮かび上がって明滅している。明らかに人間ではない証拠に、兎耳の代わりに生える悪魔の角と尖った尻尾。幾多ものベルトを繋ぎ合わせたような奇怪極まる装束だが、そんなことなどブロードたちには一切関係ない。


「君は誰だ」


 魔剣を構えるブロードの問いに、少女は答えた。


「【強欲女帝】シェルヴィスクよ♪」


 誰もいないはずの民家に突如として沸いた声の主は、蠱惑的な衣装に、悪魔的な嗤笑を浮かべ、一同を歓待するように手を広げていた。


「スヴァットが、【死刑剣王】が《レード》使いを拉致(らち)った時から、こうして奪還チームが来ることは、想定済みだったからねぇ?」


 蜜のように甘ったるい声音。

 衣装の大胆さも合わさって、男の股間(さが)を刺激してやまぬ挑発的な微笑は、それだけで暴力的だ。

 だが、相手は魔王。

 最悪の事態も想定していた。

 ──だとしても、ここまでピンポイントに待ち伏せなど可能だろうか?

 そんなブロードたちの疑義を完全に無視して、魔王の一人は猫なで声で宣言する。


「う~ん、大切な仲間のために命を懸けてやってくるなんて、それでこそ英雄の資格ありよね。……もっとも」


 品定めするような視線が五人を眺め、ついで蛇のように長い舌で唇をなめずる。


「私はメインディッシュから頂いちゃう派なの♪」


 次の瞬間。

 ブロードの強化した〈エーヴェヴィンナ〉が、少女の細長く伸びた赤爪と一合を交わす。


「全員、プランEに変更! 僕を置いて先に行け!」

「しかし閣下!」

「命令!」


 ブロードは鋭く発した。

 スコーグが「全員で総力を挙げて魔王に挑む」という案は、口に出される前に棄却される。

 作戦目標に変更はない。

 イェッタと魔剣二つの奪還。

 モーネ、フェリ、スコーグ、ブロンマの四人は、魔剣ローサの導きを受けたフェリの指示の下、民家を後にする。

 強欲女帝は乱杭歯だらけの口を開いて、闇色の眼を見開き(のたま)った。


「さぁ、二人きりで楽しみましょう……魔石卿の坊や♪」









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