天上五剣と虹色の魔剣
◆ ◆ ◆
「ずいぶんと、派手に使い込みましたね……」
ブロードは自領の屋敷へと戻り、地下工房にこもった。
ノルシェーンに《エーヴェヴィンナ》を見せたところ、紡がれたのがその感想であった。
漆黒の刀身が半ばあたりで罅割れ、まるで夜空を走る流星雨のような、惨憺たるさま
「これでは各励起機能にも影響が出るでしょうに」
「ああ。でも、そうしなければ、百中百の確率で、僕の方が死んでた」
魔剣の補助機能を最大にし、第三、第一、第五、第四励起を使用して、そこで限界が来た。
相手が悪すぎたという側面も勿論ある。何しろ彼が戦ったのは伝説の魔王──拳豪魔帝アロガント。
その力も技も速さも、何もかもが桁違いであった。
それでも、ノルシェーンは慨嘆を禁じ得ない。
「ブロード様の“天上五剣”でも、敵わぬ敵がいるとは」
天上五剣。
「征服」の機能を持つ《エーヴェヴィンナ》
「寛大」の権能を持つ《シェルレース》
「破壊」の権化である《フェシュテーラ》
そして、あと二振りを合わせて、『天上界にもその名を轟かす』とされる最高峰の魔剣を、ブロード自身の手で鍛造し、その担い手となって久しい。
だが、そのうちの一本が、魔王一人との戦闘で破壊される寸前にまで追い込まれた。
「まだまだ──まだまだ強化する余地がある」
己に言い聞かせるような声音で、魔石卿は並べられた五本の剣を見比べた。
「ノルシェーン、悪いけど僕は数日工房にこもる」
「かしこまりました。食事等はフェリ殿に運ばせましょう」
「それと、王から蔵にある魔剣の解放特例が来る。そっちの準備をお願いしたい」
委細承知した家令は、さっそく《エーヴェヴィンナ》の強化と補修を始める主人に一礼し、地下工房を後にした。
◆ ◆ ◆
現在。
ブロードの手元にある魔剣は、天上五剣や一般兵科のものをのぞいて、三つ。
橙色の《オランジュ》
桃色の《ローサ》
灰色の《グロー》
この三つは現在適合者が、つまり“担い手”がいない状態で魔石卿の蔵の中に留め置かれている。
赤色の《レード》は、イェッタに。
青色の《ブロー》は、ノルシェーンに。
紫色の《リーラ》は、モーネ第一王女に。
黄色の《ギュール》は、ストレング騎士候に。
緑色の《グレーン》は、セリエース騎士候に。
だが、上記五つのうち、イェッタは《レード》と共に敵の手に堕ち、《ギュール》もまた魔王連合に奪略されている。
伝承によれば、“六英”は魔剣の力をフル活用することで、六人の魔王を討ち破ったとされる。
どうにかして《レード》と《ギュール》の奪還を考えたいところではあるが、敵は魔王連合。
「一筋縄ではいかないよな……」
そうひとりごちながら、ブロードは三本ある魔剣のうち、《グロー》を手に取ってみる。
蔵の中で魔剣の担い手が今代にいるのか“問いかけてみる”が、
「やっぱり。君の担い手はいない?」
《グロー》は灰色の光をボウと浮かび上がらせながら、ブロードに応えた。
「だとすると、僕が君を使うことは?」
答えは芳しくなかった。
魔工老シェーン・クラフトが集めた「虹色」の魔剣は、気位が高く、ブロードでも扱うことに苦労する。
何より、ブロードは自分自身の手で自分の手にあった魔剣の鍛造が可能な、稀有な存在だ。
それゆえに、他の魔剣との親和性を無理やり同調同期させるという荒業も、できなくはないが、
「どうしたらいいんだろう……」
ブロードは師匠の言葉を思い出す。
「魔剣には魔剣の意思がある。想いがある。魔剣は所有者を選ぶ。選ばれないことを悲観することはない」
しかし、今は少しでも戦力が欲しい。
「君たちの力を担うにふさわしい存在は、本当にいないのかな」
再三の質問に対し、三本の魔剣は答える。
◆ ◆ ◆
ブロードの執務室にて。
「はぁ!? ボク、いや、私が魔剣の担い手にぃ?」
そう疑義をこぼしてやまないのは、スヴェート家に仕えるようになった元傭兵──フェリ・エーブリクトだった。
ブロードはしっかりと「うん」と頷く。彼は桃色の魔剣を差し出してきたので、いやでも本気であることが分かった。
フェリは水色の髪を振り、首をぶんぶんと横に振ってみせる
「そん、そんなの受け取れませんよ! わかってるでしょ? ボクは元傭兵で、今はメイドで!」
「けれど。《ローサ》が『君となら』って言ってくれたんだ」
そう言って二の句を告げなくさせる主人の言う通り、桃色の魔剣はフェリの手を選んだことをつげるように、彼女の手の中で淡い輝きを放って見せる。
「ちょ、まじっすか」
「うん、まじっす」
絶句するメイド。
そんな彼らの遣り取りを、面白おかしく眺めていた男が一人。
「たはははは。我らが救世主であられるお坊ちゃまも、随分と奇特な人選をなさる!」
そう言って、隻眼に赤毛の傭兵は細巻をくわえて笑みを浮かべた。
「あんたを殺しに来た俺たちに、大事な魔剣を託送だなんて、正気とは思えませんぜ?」
そう言いつつ、スコーグ・エーはブロードの差し出す橙色の魔剣の柄を握る。
奇妙なまでに手になじむ感覚に「へぇ」と驚きつつ、「殺し屋」と渾名される傭兵は相棒の方を仰ぎ見る。
「やけにしっくりくるな……そっちはどうだ。ブロンマ?」
「……もんだい、ない」
彼女が握る灰色の魔剣は、「壊し屋」ブロンマの身長に比すれば短剣のようにも思える短さだ。
しかし、何はともあれ。
「これで貴重な戦力は揃った」
と判断していいだろうと思うブロード。
あとは魔術尚書の卜占待ちである。
その事実に対し、スコーグは異を唱えた。
「いいんですかい? 元々はあの方も貴族派閥でしょうに」
「うん」
「人類存亡のために協力し合う……なんて御伽噺の物語、いやさ幻にすぎないと思いやすが?」
「うん。スコーグのいう通りかもしれない」
けれど。
「僕は、あの人に借りがある──だから信じてみることにしようと思った。それじゃあ、駄目かい?」
ダメとはいわないが、スコーグはオスカ伯の傭兵時代からミューレン伯を知っている。
得体の知れない御仁だ。もしもの時は、自分が身を賭してでも、ブロードを護る覚悟でいなければなるまいと、そう思考するスコーグ。
「魔術省から《通信》です、坊ちゃま」
ノルシェーンが伝文をもって執務室に現れた。
「イェッタ殿がいるのは、旧城壁都市スタルク──旧政府庁舎の一室とのこと」
「──そう」
ブロードの声の音階が数段ほどさがった。
「イェッタさんは取り戻す……必ず」
貴重な魔剣保有者だからではない。
ブロード・スヴェートの家族として。
彼女はもはや、いなくてはならない存在となっていた。
「じゃあ、作戦通り、僕らはいくよ」
「気を付けて。いってらっしゃいませ」
「あれ? ノルシェーン殿は居残り?」
「ええ。この屋敷をカラにするわけにはまいりませんから……皆さんが無事にイェッタ殿と戻られるのを、心待ちしております」
懇切丁寧に主人を送り出す家令に対し、ブロードは強く頷いてみせた。
「じゃあ、行こう!」
今は奪われた魔族の都市──スタルクへ。




