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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第二章
24/53

天上五剣と虹色の魔剣






 ◆ ◆ ◆





「ずいぶんと、派手に使い込みましたね……」


 ブロードは自領の屋敷へと戻り、地下工房にこもった。

 ノルシェーンに《エーヴェヴィンナ》を見せたところ、紡がれたのがその感想であった。

 漆黒の刀身が(なか)ばあたりで罅割れ、まるで夜空を走る流星雨のような、惨憺たるさま


「これでは各励起機能にも影響が出るでしょうに」

「ああ。でも、そうしなければ、百中百の確率で、僕の方が死んでた」


 魔剣の補助機能を最大にし、第三、第一、第五、第四励起を使用して、そこで限界が来た。

 相手が悪すぎたという側面も勿論ある。何しろ彼が戦ったのは伝説の魔王──拳豪魔帝アロガント。

 その力も技も速さも、何もかもが桁違いであった。

 それでも、ノルシェーンは慨嘆を禁じ得ない。


「ブロード様の“天上五剣”でも、敵わぬ敵がいるとは」


 天上五剣。

「征服」の機能を持つ《エーヴェヴィンナ》

「寛大」の権能を持つ《シェルレース》

「破壊」の権化である《フェシュテーラ》

 そして、あと二振りを合わせて、『天上界にもその名を轟かす』とされる最高峰の魔剣を、ブロード自身の手で鍛造し、その担い手となって久しい。

 だが、そのうちの一本が、魔王一人との戦闘で破壊される寸前にまで追い込まれた。


「まだまだ──まだまだ強化する余地がある」


 己に言い聞かせるような声音で、魔石卿は並べられた五本の剣を見比べた。


「ノルシェーン、悪いけど僕は数日工房にこもる」

「かしこまりました。食事等はフェリ殿に運ばせましょう」

「それと、王から蔵にある魔剣の解放特例が来る。そっちの準備をお願いしたい」


 委細承知した家令(ハウススチュワード)は、さっそく《エーヴェヴィンナ》の強化と補修を始める主人に一礼し、地下工房を後にした。






 ◆ ◆ ◆





 現在。

 ブロードの手元にある魔剣は、天上五剣や一般兵科のものをのぞいて、三つ。


 橙色の《オランジュ》

 桃色の《ローサ》

 灰色の《グロー》


 この三つは現在適合者が、つまり“担い手”がいない状態で魔石卿の蔵の中に留め置かれている。


 赤色の《レード》は、イェッタに。

 青色の《ブロー》は、ノルシェーンに。

 紫色の《リーラ》は、モーネ第一王女に。 

 黄色の《ギュール》は、ストレング騎士候に。

 緑色の《グレーン》は、セリエース騎士候に。


 だが、上記五つのうち、イェッタは《レード》と共に敵の手に堕ち、《ギュール》もまた魔王連合に奪略されている。

 伝承によれば、“六英”は魔剣の力をフル活用することで、六人の魔王を討ち破ったとされる。

 どうにかして《レード》と《ギュール》の奪還を考えたいところではあるが、敵は魔王連合。


「一筋縄ではいかないよな……」


 そうひとりごちながら、ブロードは三本ある魔剣のうち、《グロー》を手に取ってみる。

 蔵の中で魔剣の担い手が今代にいるのか“問いかけてみる”が、


「やっぱり。君の担い手はいない?」


《グロー》は灰色の光をボウと浮かび上がらせながら、ブロードに応えた。


「だとすると、僕が君を使うことは?」


 答えは芳しくなかった。

 魔工老シェーン・クラフトが集めた「虹色」の魔剣は、気位が高く、ブロードでも扱うことに苦労する。

 何より、ブロードは自分自身の手で自分の手にあった魔剣の鍛造が可能な、稀有(けう)な存在だ。

 それゆえに、他の魔剣との親和性を無理やり同調同期させるという荒業(あらわざ)も、できなくはないが、


「どうしたらいいんだろう……」


 ブロードは師匠の言葉を思い出す。

「魔剣には魔剣の意思がある。想いがある。魔剣は所有者を選ぶ。選ばれないことを悲観することはない」

 しかし、今は少しでも戦力が欲しい。


「君たちの力を担うにふさわしい存在は、本当にいないのかな」


 再三の質問に対し、三本の魔剣は答える。






 ◆ ◆ ◆





 ブロードの執務室にて。


「はぁ!? ボク、いや、私が魔剣の担い手にぃ?」


 そう疑義をこぼしてやまないのは、スヴェート家に仕えるようになった元傭兵──フェリ・エーブリクトだった。

 ブロードはしっかりと「うん」と頷く。彼は桃色の魔剣ローサを差し出してきたので、いやでも本気であることが分かった。

 フェリは水色の髪を振り、首をぶんぶんと横に振ってみせる


「そん、そんなの受け取れませんよ! わかってるでしょ? ボクは元傭兵で、今はメイドで!」

「けれど。《ローサ》が『君となら』って言ってくれたんだ」


 そう言って二の句を告げなくさせる主人の言う通り、桃色の魔剣はフェリの手を選んだことをつげるように、彼女の手の中で淡い輝きを放って見せる。


「ちょ、まじっすか」

「うん、まじっす」


 絶句するメイド。

 そんな彼らの遣り取りを、面白おかしく眺めていた男が一人。


「たはははは。我らが救世主であられるお坊ちゃまも、随分と奇特な人選をなさる!」


 そう言って、隻眼に赤毛の傭兵は細巻をくわえて笑みを浮かべた。


「あんたを殺しに来た俺たちに、大事な魔剣を託送だなんて、正気とは思えませんぜ?」


 そう言いつつ、スコーグ・エーはブロードの差し出す橙色の魔剣オランジュの柄を握る。

 奇妙なまでに手になじむ感覚に「へぇ」と驚きつつ、「殺し屋」と渾名される傭兵は相棒の方を仰ぎ見る。


「やけにしっくりくるな……そっちはどうだ。ブロンマ?」

「……もんだい、ない」


 彼女が握る灰色の魔剣グローは、「壊し屋」ブロンマの身長に比すれば短剣のようにも思える短さだ。

 しかし、何はともあれ。


「これで貴重な戦力は揃った」


 と判断していいだろうと思うブロード。

 あとは魔術尚書の卜占(うらない)待ちである。

 その事実に対し、スコーグは異を唱えた。


「いいんですかい? 元々はあの方も貴族派閥でしょうに」

「うん」

「人類存亡のために協力し合う……なんて御伽噺の物語、いやさ幻にすぎないと思いやすが?」

「うん。スコーグのいう通りかもしれない」


 けれど。


「僕は、あの人に借りがある──だから信じてみることにしようと思った。それじゃあ、駄目かい?」


 ダメとはいわないが、スコーグはオスカ伯の傭兵時代からミューレン伯を知っている。

 得体の知れない御仁だ。もしもの時は、自分が身を賭してでも、ブロードを護る覚悟でいなければなるまいと、そう思考するスコーグ。


「魔術省から《通信》です、坊ちゃま」


 ノルシェーンが伝文をもって執務室に現れた。


「イェッタ殿がいるのは、旧城壁都市スタルク──旧政府庁舎の一室とのこと」

「──そう」


 ブロードの声の音階が数段ほどさがった。


「イェッタさんは取り戻す……必ず」


 貴重な魔剣保有者だからではない。

 ブロード・スヴェートの家族として。

 彼女はもはや、いなくてはならない存在となっていた。


「じゃあ、作戦通り、僕らはいくよ」

「気を付けて。いってらっしゃいませ」

「あれ? ノルシェーン殿は居残り?」

「ええ。この屋敷をカラにするわけにはまいりませんから……皆さんが無事にイェッタ殿と戻られるのを、心待ちしております」


 懇切丁寧に主人を送り出す家令に対し、ブロードは強く頷いてみせた。


「じゃあ、行こう!」


 今は奪われた魔族の都市──スタルクへ。










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