拳豪魔帝 -2
◆ ◆ ◆
王直轄領上空で、突如勃発した、魔王との戦い。
「急ぎ、スヴェート公を援護せよ!」
「おさがりください、王!」
ヴェン・スカープ辺境伯をはじめ、ソーリゲ伯、ヒンメル伯、ヴィンド伯ら王派閥の貴族が、王を安全と思われる場所まで護送する間も、王直轄領上空での戦いは加速していく。
ふと、辺境伯は貴族たちの頭数を数えて疑念する。
……魔術尚書……ミューレン伯の姿がない。
(この機に乗じて逃げ出したのか、それとも──)
王の都の直上で、魔王と少年公爵が激突する音圧がこだまする。
◆ ◆ ◆
「ギハハハハハッ! 思ってたよりやるじゃねえか、魔石卿さんよぅ!」
ブロードは舌戦に応じるそぶりすら見せず、“破壊”と号された魔剣の鎖を振り回す。
「形状変化する魔剣か! いいねいいね、最高だね! おまえら人間は! 復活するたびに新しい魔剣を鍛造して、俺らを愉しませてくれる!」
鎖鉄球に両腕をからめとられかけたアロガントは、しかし容易に魔剣の縛鎖攻撃を筋肉の膨張ではねのけてみせた。
それに対して、ブロードはやかましく怒鳴り返す。
「言え! イェッタさんの居場所を!」
「俺様に勝てたら教えてやらぁなッ!」
といいつつも、それが何よりも答えに近かった。
「イェッタさんは、おまえたちの手元にいる、そういうことだな!? ええっ?!」
「ご明察ダァッ!」
アロガントが興奮のあまり、普段は使用しない竜の息吹を直線状に吐きだした。
「おっと、いけねえ! 素手の決闘が、俺様の流儀だった! 当たらなくてくれて助かったぜえ!」
「ふざけたことを!」
左腕に握る《フェシュテーラ》の鉄球がアロガントを襲いつつ、右腕の《エーヴェヴィンナ》を励起させる魔石卿。
「第五励起!!」
それによって、漆黒の剣に岩の茨ともいうべきものが纏わりつく。第五属性“地”を征服し使役させた姿がこれであった。
「伸びろ!」
ブロードの掛け声と共に、岩の茨がアロガントの五体を巻き付き覆わんとするが、
「しゃらくせえ!」
人獣形態のドラゴンを拘束することはできなかった。
しかし、ブロードは諦めない。
「第四励起!!」
続けざまに《エーヴェヴィンナ》の能力を解放していくブロード。
地属性の次は雷を招来せんと漆黒の魔剣を振るう魔石卿であったが、
「そんなにペース上げて、後で音を上げるなよぅ!」
敵から注意喚起されるほどの、それは蛮行。
魔剣はたびかさなる連続励起によって、その刀身が一筋の罅が生じ始める。
と同時に、
「くっ、はぁ!」
それを右手一本に担う少年公爵にも限界は訪れかけていた。
魔王一人を相手に切り結ぶこと数分間。
常人では即死してもおかしくない戦況を、彼は耐え抜いてきたが、
「まだ、だ……」
ブロード・スヴェートは折れることを知らぬ剣のような愚直さでアロガントとの戦いに臨む。
『いいねえ──それじゃあ、こっちも本気でブン殴りにいこうか?』
そんな少年の戦気と戦意に敬意を表するかのごとく、魔王はさらに獣化形態──本物のドラゴンの姿で応戦しかけた……その時であった。
「魔術──《雷霆》」
雲一つない澄みわたった空から、一条の雷が落ちてきた。
それを分厚い龍の鱗で受け止めたアロガントは、不機嫌そうに地上──王城から遠く離れた時計塔を爬虫類然とした細長い瞳で見やる。
赤竜は盛大に舌打ちをした。その風圧だけでも人が吹き飛ぶ威力があった。
『チッ、魔術師か』
ブロードが見やった先にいた人物、その名はミューレン伯。
「ま、魔術尚書、殿?」
『け。一気に冷めたぜ。ヒトの喧嘩の邪魔する魔術師が、俺様は一等大嫌いなんだよ!』
ドラゴンはその機先を黒髪の若者に向けた。そして、その喉奥を灼熱の色に染める。
『死ね、魔術師』
本気のドラゴンブレスを吐き出されたミューレン伯は、《飛行》魔術でそれを回避せんとするが、いかんせん効果範囲が拡大されたドラゴンブレスに《防御》に徹さざるをえなかった。
「ふぅ」
ミューレン伯は高速で詠唱し、ドラゴンブレスを三重防壁の魔術を三回、計九枚の防壁を築いて、なんとかしのいだ。
さらに、地上部隊と連携し、何人もの王室魔術師が《火炎》や《雷霆》、《氷雪》といった魔術攻撃をしかけさせる。
それはミューレン伯という指揮者が奏でる、魔術の交響楽のようであった。
さしものアロガントも、巨体では防御しきれない攻撃量に歯噛みするしかない。
『ふん。うざってえ……今日のところは退いておくか。愉しみもできたことだし』
「ま、待て!」
ブロードは引き止めようとしたが無駄であった。
赤竜は巨大な被膜の翼で大気を叩き、あっという間に王の都上空から離脱していく。
『あばよ、魔石卿! イェッタのじゃじゃ馬娘が欲しけりゃ、とっとと俺らの支配領域に攻め入ってくることだなッ!』
そう言い残して、拳豪魔帝アロガントは空のかなたに消えた。
「はぁ……はぁ……はぁ……、イェッタ、さん……」
空中で気を失い墜落しかけた魔石卿を、《飛行》するミューレン伯が支えるように助けた。
◆ ◆ ◆
気が付いた時、ブロードは王宮の救護室のベッドの上で横になっていた。
ベッドわきには《シェルレース》《フェシュテーラ》、そして罅の入った《エーヴェヴィンナ》が見て取れる。
「気が付かれたようですね」
《回復》の魔術をかけていた魔術尚書に、ブロードは心からの感謝を込めて告げた。
「先ほどの戦闘ではありがとうございました、ミューレン伯」
「いえいえ、お礼など」
イフト・ミューレンという若者は、ただ実直に、王都防衛の任に就いたまでのこと。
伯爵はこう続けた。
「私の方こそ感謝を」
「?」
「貴公が、魔石卿殿が、あの強大な魔王を引き止めてくれている間に、我々王室魔術師は、奴から王直轄領を防衛する体制を整えられた。誠に感謝しております」
ブロードは軽く会釈して、ミューレン伯への評価を変更する方向に舵を切った。
得体の知れないところはあるが、彼がいたおかげで、王直轄領……王の都は守られたのだ。これを評価しない理由がない。
そのとき、救護室をノックする音が響く。
現れたのは国王と、王派閥貴族の一行であった。
王はミューレン伯の大儀を誉めそやし、ついで、今回の戦いで最も重要な役割を果たした少年に礼を述べる。
「ありがとう、ブロード。そなたがいてくれたおかげで、私は命を救われた──その礼と言っては何だが、何でも欲しいものを」
「欲しいものなどいりません」
少々食い気味に話す少年の姿に、貴族たちが驚きの声が。
ヴォール王はそれを手で振って制し、「では何を望む」と問い返した。
「僕の家族を取り返す……そのために、王よ、どうか」
「うむ。引き受けた」
もとより、六帝討伐は既定路線である。そこに、イェッタの救出が加わったところで、さしたる違いはない。
「問題は……あのような化け物が、あと五人もいるということだろうな」
王の重い沈黙が貴族たちにも伝播した。
先ほどの戦い──《シェルレース》を持った魔石卿が介入しなければ、十中八九、ヴォール王は崩御を余儀なくされていただろう。
王は告げる。
「逃げ出したいものは遠慮なく逃げ出すがいい。だが、私は戦うぞ……ブロードと共にな」
彼は腰の魔剣を掴みつつ、少年の左肩を笑って掴んで揺さぶった。
ブロードは、王の覚悟に感謝しつつ、深く頭を下げた。




