ブロードとイェッタ -2
◆ ◆ ◆
その日の夜。
王直轄領にある、魔石卿の上屋敷にて。
「ヴィ―トは、聖剣使いなどと渾名されていましたが、単純に誰よりも魔剣の励起に成功していた──彼の根本にあった剣術と剣才こそ、“彼ら”を聖剣たらしめていた感じです」
この話を主人に語るのは二度目となるイェッタ。
ブロードは屋敷の大広間──間接照明の魔石で程よい光量──三階まで吹き抜けのリビングにて、500年前、否、505年前にあった『六帝との闘争』について、その当事者であったイェッタから、話を聞いていた。
ハーフダークエルフの声は、懐かしい昔語りに熱くなることなく、ただ昨日の思い出を語るように整然としている。
「彼の修業方法は過酷でしたが、それによって私も、《レード》との相性を深められました。感謝してもしきれません」
純白の聖剣使い──ヴィート。
伝承とは違い、巌を彷彿とさせる大男で、吟遊詩人が語るような美男子と言うよりも、ただのデカブツと言った方が正確だったようだ。彼の着込んだ全身鎧の色が純白であったがゆえに、彼の風聞・渾名は“純白の聖剣使い”として確立されていったのだろうと、イェッタは語る。
「そんなヴィートに想いを寄せていたのが」
「“黄金の女聖騎士”──グルドさん?」
イェッタは懐かしそうに微笑んだ。
ソファで実直に耳を傾ける主人の記憶力を「さすがです」と称揚しつつ、話を続ける。、
「二人は幼馴染だったわりに、犬猿の仲というか腐れ縁と言うか……当時の王国に臣従する騎士……その中でも一、二を争う剣の使い手として名高い人物でした。ヴィートにはいろいろと嫌味を言ってた割に、裏では彼の悪口を言う輩を絶対に許さないという、天邪鬼な性格というか」
「異世界の書物で言うところの“つんでれ”というやつ、だね」
頷くイェッタ。
「そんな二人の仲を取り持っていたのが、同じ騎士候の中でも特異な“魔術騎士”……水系魔術の才と剣技剣武の才に恵まれた“白銀の水騎兵”シルヴェル」
柔らかい物腰、というか、初対面ではひよわで軟弱で、泣き虫な一面が強調されやすい彼女であったが、一度戦闘となれば「水の悍馬」を将来し、戦場を縦横無尽に馳せた姿は勇壮そのもの。魔剣の適合者としても、勇名を轟かせていた。
実は、グルドと同じくヴィートに想いを寄せていたことはわかっていたが、彼女は一歩引いた位置で、二人の仲を取りもっていたと、イェッタは心に秘しておく。
「ブロンスは、伝承にある通りの雷魔術の使い手であり、魔剣に選ばれた──チビすけでしたね」
「確か伝承だと20代の若者って聞いてたけど」
「当時ではよくあった年齢詐称ですよ。当時、従軍可能年齢は18歳でしたが、あいつときたら15歳で志願入隊したらしいですから」
だが、その矮躯にもかかわらず、彼の雷魔術の適性は当時において最高クラスであった。
魔剣が彼を選んだのも、必然の結果だったとイェッタは認識している。
「そして、“大地の高位魔術師”ヨード」
「物語だと、大地の精霊に愛された純粋な魔術師って話だけど」
「彼は、そんな生易しい生物じゃあありません──これは以前、話しそびれたことですが、彼は人類種を超えた存在であり、自然を操る生物“ドラゴン”でした」
「ドラゴン!?」
ブロードは驚愕に目を瞠った。
「ということは、ドラゴンが人間の味方をしてくれたと?」
「ええ。そういうことになります」
ドラゴンは本来、魔族側の存在とされてきたが、どうにも事情が違う竜も存在するらしい。
イェッタは語った。
「ですが、私と同じかそれ以上に六帝の攻撃にさらされ、今も存命かどうかは──星の中心に鎮座する神竜、最高位竜のナチュール殿なら、あるいは詳細を知っているかもしれません」
なるほどと頷く魔石卿。
彼はさらに、目の前の“六英”の一人に言及する。
「イェッタさんも、“鉄の女魔剣士”だっけ?」
「ええ──私は御覧の通り、ダークエルフと人間のハーフ。それ故に体の頑強さは“鋼鉄並み”で、防御だけは、六人の中でも突出していたと自負しております」
ブロードは語られている伝承を思い出す。
漆黒の髪に褐色の肌、真紅の瞳を持つ女魔剣士は、赤き魔剣と共に、魔軍の侵攻に鎧も身に着けず立ち向かったと。
「当時の私は、絵に描いたような粗忽者でしたから。鎧などなくとも、ほとんどの攻撃は避けるか耐えれるか、《レード》を盾にして防げたので」
それでも、褐色の肌や長耳は、人類社会にとっては馴染みない色彩であり、黒い長耳も、エルフのそれとは違いすぎた。
戦闘時以外は面布で顔面を覆い、肌も極力露出しない恰好──男性ものを好んで着用した。それでも、胸や尻の肉感的な膨らみで、女であることは瞭然とした事実であったが。
「以上が、私が知りえる“六英”の情報というところでしょうか」
「うん…………」
ソファに横になるブロードは考える。
これらの情報を明日、王に奏上すべきか、否そうすべきだろう。
六人の英雄が、物語で語られるほど神がかりではないこと──魔族の侵攻に際し、全人類が協力関係にあったこと──そして、敵の情報。
「お話した通り、“六帝”の力は全魔族のそれを凌駕する勢いです。
【拳豪魔帝】アロガント、【髑髏賢帝】フェーグ、【吸血大帝】フングリング、【強欲女帝】シェルヴィスク──とくに【大愚魔皇】ドゥムなどは、魔剣保有者でも封滅することが厄介な存在です。それぞれに有効な戦場を設定することが出来れば、それに越したことはありませんが……」
イェッタの言葉を聞いてるうちに、睡魔がブロードの感覚を遮断しつつあった。
いくら緊急とはいえ、多くの情報をつめ込んだ脳髄が、痺れたように重くなる。ソファの心地よさもそれに手を貸していた。
「ブロードさま? ──本日はもうお休みなられますか?」
「だい、じょうぶ──まだ、聞き、たい──こと、が──」
しかし、そこでブロードの意識は途切れた。
「続きはまた明日にいたしましょう──私も、まだお伝えしたいことがございますので」
「……うん……おやすみ……イェッタ……」
ブロードはアイン新仕切った声音で、完全に眠りの国の住人となった。
イェッタは無理もないと思って、彼をリビングから寝室へと運ぶ。
今日一日だけで、とんでもない量の情報、事態、出来事に直面したのだ。脳が休息を求めるのも、むべなるかなである。
「お休みなさいませ」
イェッタはブロードを難なく寝室に運び、乱れた黒と白の髪を優しく整える。
彼の傷だらけの手に頬ずりし、口づけを落としかけ
刹那。
「ッ!」
ブロードに再調整された《心臓》の魔石が疼いた。
否。
彼女の胸部にある魔石に不調や欠陥が生じたわけではない──
『イェッタ』
魔剣を抜いて振り返る。
そう告げる声は、ブロードのそれよりも温度を感じさせない、厳しい声音。
『──505年ぶり、と言ったところか──イェッタ』
時空間を引き裂き現れた存在──イェッタが忘れようがない、真のダークエルフの声音が、イェッタの鼓膜のみを叩く。
イェッタは思わず口を開いていた。
「…………母さま」
時空間の狭間にいる、仮面をつけた漆黒の女騎士は、イェッタを手招いた。
「やはり、生きていらしたのですね」
『戻れ、イェッタ。──私のもとへ』
「母さま、私は……オレは……ッ!」
イェッタは唇を噛み締めた。そして、告げる。
「……いやです!」
『相変わらず聞き分けの悪い子だ……そんなにもここを、この屋敷と土地を戦場にしたいか? そこの少年を巻き込んで?』
「いいえ!」
『我が剣で、お前の主人をバラバラにしても良いと?』
「いいえ……けっして、それだけは!」
イェッタは切実な声音で叫んだ。ここは王直轄領の上屋敷。そこを戦場にするなど言語道断の行い。──それもあるが、彼女のそばには、完全に寝入ったブロードがいる。今日一日の疲労のせいで眠りは深く、起き上がる気配すらない。
彼を巻き込むことだけは、避けなければ。
『ならば、戻れ。──私のもとへ』
イェッタは、涙すら浮かべかけて、自分の主人を見下ろした。
ダークエルフの混血たる乙女は、「さよなら」を告げることもできず、広がった時空間に飲まれ──屋敷から消え失せた。




