凶報
◆ ◆ ◆
「いま、何と申した?」
王は、震える声で求めた。
緊急に、王宮へと参内した文武百官の前で、辺境伯スカープは唇を嚙み締めながら、事実を王に伝える。
「我が国の極東に位置する城壁都市“スカルタ”が、魔王連合国家の大侵攻により、陥落いたしました」
騒然となる城内。
居合わせたブロード・スヴェート公爵も、年来の友人がもたらした凶報に「信じられない」という視線を送るしかない。
貴族たちの声がざわめき立つのも無理からぬ事態であった。
「大侵攻だと!」
「そんなバカな!」
「何かの誤報では?」
「魔族の蛮獣どもめ!」
「それが事実であるという証拠は?」
「スカープ辺境伯、責任はどうとられるつもりか?」
三々五々、意見や悲嘆の声があがるのを、王が片手を振って場をおさめた。
「申し開きもございません、王よ、すべては我が不手際」
「いやよい。それよりも詳しく説明せよ、ヴェン・スカープ辺境伯」
金剛石を思わせる光沢を放つ純白の長い髪の若者は、起こった事実をそのまま奏上していった。
斥候部隊からの警告も警報もなく、突如、大挙して現れた魔族の混成部隊。城壁は混乱の極みに達した上、都市を護る要──ストレング騎士候──魔剣の担い手まで敗死した事実により、都市は十全な防衛能力を発揮する機会を永遠に喪失。大門は破られ、兵士と住民の多くが虐殺の憂き目にあったと、辺境伯は怒りに震える心と体で告げてくれた。
「もうよい、辺境伯。して、反撃の目途は」
「それが…………」
明朗闊達な彼らしくない、重い沈黙。
彼は浅い呼吸を繰り返し、意を決したように宣った。
「敵の数があまりにも多く──報告が正しければ“数万”の軍勢が、城壁都市に進駐したとのこと」
「数万!」
ヴォール王は王笏を取り落としてしまうほどの衝撃に呻いた。
貴族たちからも悲鳴に近いざわめきがこぼれる。
「蛮獣どもの群れが数万だと?」
「これまでは多くとも数千だったはず、それが何故?」
再びどよめく城内。
人間と魔族。
その戦いの歴史は古く、少なくとも星暦1000年の二千年前までさかのぼることができるという。
魔族は総じて人間よりも優れた感覚、優れた筋力、優れた脚力、優れた膂力の持ち主であり、しかも種によっては群体……軍勢を結集して、人を襲う。
しかし。
魔族は魔族同士の折り合いが悪く、他種族同士で小競り合いを起こすこともあるほどだ。
それが一堂に会して戦場を席巻するなど、それこそ500年前の御伽噺でしか聞いたことがない。
「──まさかとは思いますが」
魔術尚書ミューレン伯が蒼白な面で、最悪の可能性に思い至る。
「ミューレン伯。まさかとは何だ」
「いえ、王の宸襟を騒がせ奉るほどのことでは」
「よい。話せ」
命令だという言葉を続けるまでもなく、ミューレン伯は百官の前で奏上する決意を固める。
「──魔王“六帝”が復活した可能性が、あるものかと」
そう愚考した次第であると、黒く長い髪の若者は答えた。
対して、王は瞠目してしまう。
「ば、──馬鹿な」
その一言を皮切りに、場内の騒音が最高潮に達した。
「あ、ありえないことを」
「そんなの、お、御伽噺のはず」
「だが実際、魔族どもは結託して、都市を襲った」
「それが証拠ではない、のか?」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!」
500年前の御伽噺、その再演がはじまっている。
恐慌状態に陥りかける文武の高官たちに対して、
「皆、鎮まれっ!」
壮年の王の号令が、春の雪解け水のように心地よく耳に浸潤する。恐怖と狂喜に荒み始めた心が、なんとか平静さを保つ。
「事は急を要する! 魔術尚書ミューレン伯、全王室魔術師を総動員し、魔王復活が事実であるかどうか確認させよ! 外務尚書ディンマ伯、レプブリーグ共和国および北方蛮領に魔王復活の可能性ありとの報告を共有せよ! 各元帥は緊急動員令を発令! スカープ辺境伯領内に兵を送るのだ! これは勅令である!」
流れる水のように必要な手段を講じていくヴォール・ヴェーデル・レグンボーゲⅡ世。
「魔石卿──ブロード・スヴェート公爵、ならびにヴェン・スカープ辺境伯は、我が執務室へ」
「「畏まりました」」
二人は同時に頷きを返した。
「皆、すぐさま行動に移れ!」
承知の声と共に「散会!」の声が響いた。
◆ ◆ ◆
王の第一執務室にはすぐさま近衛兵らによって作戦指揮所の様相を呈していた。
各省庁各都市に繋がる《通信》の魔石がおかれ、城壁都市スカルタの地図や、辺境伯領の精巧な地図が並べ置かれる。
「本当に魔族どもは結託していたのか?」
王は執務机の椅子に腰掛け、ヴェンへと最期の確認を取る。
「生き残った兵や都市住人の証言です。ゴブリン、オーガ、オークのみならず、ミノタウロスやケンタウロス、コボルトやドラゴニュート、アンデッドまでもが同じように進軍し、都市を襲ったと」
辺境伯は応えた。
「ブロードの、失礼、スヴェート公の開発した戦闘用魔石ゴーレムと、一般兵の魔剣のおかげで、全滅だけは避けられましたが、都市に残ったものたちの命は……」
悲痛な顔色を浮かべる親友に、ブロードはかけてやる言葉が見つからない。
「なんとかして救助することは」
「無理だ、ブロード」
ヴォール王は噛み締めすぎた唇の端から血が流れ出るほどの表情で裁定を下す。
「都市スタルクは敵の手に堕ちた。その事実を受け入れねば、逆にこちらの被害を拡大させかねない」
「……はい、申し訳ありません、王」
ブロードは罪を謝した。
三者は地図を睨み据えながら、敵の兵力数万がどのように動くか思案する。
「こちらであらたな斥候を送っておりますが、都市から魔族の侵攻は確認できておりません、王」
「何故、500年後の今……いや、そんなことはどうでもよい。問題は対処だ」
「スタルクに隣接する都市住民の避難は?」
「完了している。だが、足の速い魔族──ケンタウロスやコボルト、ドラゴニュートに追いつかれる可能性もある」
「ならば、戦闘用ゴーレムで各街道に封鎖線を?」
「相手が街道を使ってくれればな、ブロード」
だが、相手は魔族だ。
森や山、林や草原、渓谷や荒野まで踏破できる魔物の群れだ。
「街道の封鎖を考えるより、防衛戦を主体に考えた方が得策かと愚考いたします、陛下。すでに隣接する三都市や各村落に手配を出しましたが……」
「が、何だ?」
「相手が魔王“六帝”率いる部隊である可能性を考えますと、防衛戦が本当に正しいのかどうか」
「重要なのはそこだ」
王は一人の少年公爵を見つめつつ、告げる。
「伝説によれば、魔王を討てるのは『魔剣の力のみ』だと聞く──ブロード」
「はい。いま以上に、一般兵装の量産を」
「いや、そうではない」
王は首を振ってみせた。
「まだ未成年であるお前に、こんな頼みをすることは非道だと思うが……おまえこそが我が軍の切り札となるはずだ。“天上五剣の担い手”よ」
つまり。
「王は、ブロードを戦地に送られるつもりか? わが国で唯一の魔石錬成者にして魔剣鍛造者を?」
「ほかに処方がない」
王は続けざまに言う。
「戦況次第によっては、おまえの家族にも出征を命じねばならんだろう──《レード》使いのイェッタ殿は、特にな」
彼女は500年前の戦いの生き証人であり、六帝を覆滅してくれた六英雄の生き残りだ。これほどの適任者御ほかに考え難い。
しかし、ブロードは脊髄反射的に反発してしまう。
「そんな! イェッタさんはようやく魔王討伐の日々から解放されて! 今、このときを!」
「時がそれを許さなかったということだ。恨むならば、彼女のいう「時の狭間」とやらに恨みをぶつけるしか他にあるまい」
王は目をつむる。
「それに──まだ、魔王“六帝”の復活は『確定』ではない──そうだ……超偶発的に、全魔族が結集してスカルタを掠め取っただけの可能性も、ある」
あるはずだと唸る王。
こればかりは続報を待つしかないが、果たしていつまで待てばいいのやら。
二人は作戦案を二つ三つ話し合い王に採択されながら、今日はひとまず屋敷に戻ることが許された。ヴェンもブロードもは王直轄領にある上屋敷に寝泊まりすることになるが、火急の時ゆえ、しようがない。みすみす戻って魔族の巣窟化した領地に入り込む可能性を考えれば当然の行動選択であった。
「ブロード」
廊下を共に進み、馬車へと向かうまでの間、ヴェンが小声で教えてくれた。
「王にも伏せておいたことだが、これは、おまえの耳に入れておきたい」
「──僕だけに?」
それぞれの従者が馬車の前で主人を迎えるべく待機しているところに、ヴェン・スカープ辺境伯は宣言する。
「都市を最初に襲い、ストレング騎士候から魔剣を奪ったのは、“漆黒の髪に褐色の肌そして長耳の女騎士”だという話だ」
ブロードは足を止めて目を瞠った。
「なにを……いって?」
「用心しろ。敵は案外、身内にひそんでいるやもしれんからな」
歩き去っていく友の背中を、魔石卿は見送るしかなかった。
そんな主人の様子を、イェッタは怪訝そうに見つめていた。




