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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第二章
16/53

魔族の大侵攻

※R-15

※残酷な描写






 ◆ ◆ ◆





 ──“六帝”


 それは御伽噺に謳われる悪者。

 500年ほど前の大昔、魔族たちを統べる王が六人いた。

 彼らは互いに結託し“魔王連合国家”を樹立し、人間の国を襲った。


 森から。

 山から。

 川から。

 海から。

 野から。

 空から。


 大量の魔族による大侵攻によって、人間たちの王国は瓦解寸前にまで追い込まれ、たくさんの人々が血を流し倒れ、その万倍の哀しみの涙が流れた。

 だが、魔族たちを討伐する、勇者たちが現れ、人々の王国を救済に導いた。

 それが“六英”とよばれる六人の英雄たちであった。


 純白の聖剣使い──ヴィート

 黄金の女聖騎士──グルド

 白銀の水騎兵──シルヴェル

 赤銅の雷戦士──ブロンス

 大地の高位魔術師──ヨード

 そして、“鉄の女魔剣士”と呼ばれた──イェッタ


 彼らによって魔族の脅威は打ち払われ、魔王との決戦を制し、世界に平和を取り戻した──





 ◆ ◆ ◆





 六月。

 スカープ辺境伯領。

 国境地帯の城壁都市“スタルク”にて。


「──今日はやけに静かだな」

「斥候部隊からも“異常なし”との返礼ありっす」

「そうか。ならば問題なしか」

「ええ、こういう日が一日あっても、罰はあたらんでしょ」

「そういえば、昨日酒場で聞いたんだが。今年は大豊作だってな?」


 城壁の向こう側は枯れ木一本もない荒れ野だが、隔壁上の歩哨を巡回する兵士が噂話に花を咲かせた。


「ああ。魔術尚書殿の発明した新しい土壌回復魔術と、魔石卿殿が建造した新しい開墾用ゴーレムで、農地開拓の道が開けたからな」

「勲章ものらしいですよ」

「あのお坊ちゃまが、ねー」

「なんだよおまえ、公を見たことあるのか?」

「そうか。おまえの出身はスヴェート領だったな?」


 この都市には国内の各領地から徴兵、あるいは志願した兵らが多数存在する。

 皆、一様にスカープ卿の掌管する立場にあるが、それでも望郷の想いはそれぞれにあった。


「なぁなぁ。魔石卿って、どんなお人だよ? え?」

「きっと綺麗な女中に囲まれて、さぞやウハウハな生活なんだろうな~」

「馬鹿いえ。魔石卿殿は未成年だぞ?」

「そんなの関係ないっしょ? 魔石作って魔剣打って、それだけで国の英雄扱いなんすから」

「いや、まぁ、そうだけど……俺が知る限り坊ちゃん──スヴェート公は普通、の、?」


 彼は言葉を詰まらせた。

 軽く咳き込んだと思った瞬間、彼は吐血していた。

 仲間たちが身構える。彼は腰に佩いている魔剣シェーラを抜く間もなく、胴体を割られ絶命した。


「て、敵襲ッ!」


 だが、敵がどこにいるのか、歩哨上にいる同輩たちには一人も分からない。にわかに城壁がやかましい鐘の音で満ちる。カンカンカンという音色が荒野を(どよ)もす。

 全員が生唾を飲んで周辺を確認。

 ゴブリンの短剣も、オーガの投石も、オークの戦鎚も、ミノタウロスの戦斧も、ケンタウロスの弓矢も、コボルトやドラゴニュートの爪牙も、何一つ確認できなかった。

 必死に敵の姿を求め、荒涼の極みたる国境を望遠鏡で覗きこむが、斥候の影も形も見受けられない。

 否。

 敵は彼らの背後にあった。視線に気づいた一人が、鐘楼の頂に立つ何者かの人影をとらえる。


「う、上だ、上!」


 それ以上言葉を紡ぐ間もなく、兵は兜ごと首を()ね飛ばされる。

 弓兵たちが一斉に鐘楼の頂に弓矢を照準するが、


「え」

「あ」

「嘘」

「な」

「っ」


 何の兆候もなく、彼らの肉体が横薙ぎに引き裂かれる。

 まるで紙を斬り裂くように、簡単に。

 まるで木葉(このは)が落ちるように。静然と。

 あっという間に歩哨が血の池地獄と化す中、悠々と歩を進める騎士が、一人。


 ──鎧とマントの上からでも女性とわかる身体の膨らみ。

 ──面貌を覆い隠す無機的な純黒の仮面。

 ──長く突き出した耳に褐色肌。

 ──そして、漆黒の髪。


 彼女はただ一言。


(もろ)い」


 まるで感情というものを伴わない、洞窟の深淵を思わせる暗い声音を吐き出した。


「人間とは、こうも脆かっただろうか──500年ぶりに斬ってみたが、ここまであっさり……おや?」


 女騎士は、自分が切り伏せた人間の若者、その腰や背に装備されている兵装に興味をそそられる。

 試しに剣を鞘から抜いて、()めつ(すが)めつする。


「これは──簡素すぎるが【魔剣】ではないか。なるほどな。前の時代から学習して、魔剣の量産体制の構築を」

「そこを動くな!!!」


 仲間たちの死を受けて、増援が到着した。が、遅きに失した。

 歩哨の両端から弓矢とボウガンが、殺戮場の下手人へと狙いをつけている。

 にもかかわらず。

 大量の(やじり)に狙われているはずの漆黒の女騎士は、平素かつ平然とした声で問いを投げる。


「ああ、そこのおまえ、少し(たず)ねたいのだが」

「撃てェ!」


 問答無用に女騎士へと弓矢を打たせた部隊長。

 だが、それらは一矢もあたることなく、すべて(かわ)される。

 まるで何らかの舞踏のようにも見えるほど流麗かつ可憐な体捌(たいさば)きであった。


「ば、か、な」

「ふむ。質問がある──貴様らが装備している、この魔剣。誰が造った?」

「え、あ……」


 どう答えたものか分からない隊長格の腹部を、女は一刀のもとに引き裂く。腹圧で臓物がまろび出る。

 苦しみもがく人間のざまなど気にする様子もなく、女騎士は次に一兵卒へと、同様の質問をぶつける。

 彼は国家機密というほどではない、自分たちの常識の範囲で、敵の質問に応じた──応じてしまった。


「ふむ。なるほど。『魔石卿』──ブロード・スヴェート公爵、か」

「そ、それが何、か、?」


 答えた兵を、けっして苦しまぬように首を()ねてやる女騎士。


「ふむ。どうにもここの連中はつまらん相手だ。あとは奴らに任せよう」


 大量の血脂を血振り一回ですべて拭い落とした女は、歩哨上から姿を消した。

 まさか城壁の内側に飛び降りたのではと、残された衛兵たちが嫌な予感に背筋を凍らせた時。


「東部から敵兵多数! ゴブリン、オーガ、オーク──ミノタウロスやケンタウロスも確認!」

「北東の歩哨から通信! コボルト、ドラゴニュートの侵攻を確認、とのこと!」

「至急! 各門に兵卒を固めろ! 弓隊前へ! 狙いはケンタウロスからだ!」


 下半身が馬の化け物は、荒野を駆け巡りながら正確な弓術を披露してくる。

 瞬く間に弓隊が率先してやられていく。

 城壁は一挙に地獄と化した。


「衛生兵を早く!」

「投石機を用意しろ!」

「負傷者の手当てを急げ!」

「痛……痛い……痛いよぉ……」

「こいつはダメだ! もう死んでる!」

「戦闘用ゴーレム起動! 荒野に出します!」

「分隊長、南東からも新手が! ア、アンデッド軍です!」


 次から次へと届けられる凶報と怒号と悲鳴。

 次から次へと命を落としていく仲間たち。

 分隊長は絶叫した。


「スカープ卿に早馬の伝令を出せ! 魔族、大侵攻せり! 魔族、大侵攻せりッ!!」

「何事だ!」


 その声の主の出現に、兵士たちが歓呼の輪で白馬に跨った老騎士を包み込む。


「ストレーヴァ・ストレング騎士候!」

「おお、我等が総隊長殿!」


 事情を知る一人が大声で叫んだ。


「敵襲です、それもこれまでの比にならぬ大侵攻です!」

「野蛮なる魔族共め……ただちに私が出る! 我が魔剣ギュールのもと、に、?」


 馬上の彼の喉元を、黒い剣の刃が貫いて鮮血を吹き出させていた。

 彼の背後を飛行する漆黒の女騎士は、つまらなさそうに嘆息する。


「ふむ。貴様がここでの強者らしいが…………やはり、その…………脆いな」


 あの漆黒の女騎士が、再び現れ、ストレング卿の手足を刎ねた。老騎士は大量出血によるショック死を迎え、その死体は無惨にも落馬を余儀なくされる。


「あ、ああ……」

「うわあああああああああ、総隊長殿がああああああっ!」

「もうだめだ、逃げろ!」

「待て、戦え! 戦うんだ、おまえたち!」

「戦えって言ってもっ!」

「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!」


 兵士たちの士気は完全に瓦解し、城壁にとりつく魔族どもを取り払うことはできなかった。

 そちらの方には目もくれず、漆黒の女騎士は、老騎士の死骸から黄色の魔剣を取り上げる。


「安心せい。魔剣ギュール──かつて雷使いの若造・ブロンスが扱っていた剣は、我々が預かろう。人間には過ぎた名剣だ。捨て置くのは忍びない」


 そのとき。

 都市の東大門が破られた。

 大量の魔族が雪崩込み、戦意を失った兵士や都市の住人を虐殺していく。

 ゴブリンの短剣が兵士の腹を裂き、オーガの投石が幾人も轢き潰し、オークの戦鎚が重装甲兵の鎧を穿ち、ミノタウロスの戦斧が兵の手足を切り落とし、ケンタウロスの弓矢が逃げ惑う人間の背中を斉射し、コボルトやドラゴニュートの爪牙が都市住人の血肉を飛び散らせる──そうして、魔軍の主君たる者たちを載せた輿(こし)が六つ、大魔(イェッテ)たちの肩に担がれ運び込まれる……





 城壁都市“スタルク”は、わずか一日の戦闘で、失陥した。








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