魔族の大侵攻
※R-15
※残酷な描写
◆ ◆ ◆
──“六帝”
それは御伽噺に謳われる悪者。
500年ほど前の大昔、魔族たちを統べる王が六人いた。
彼らは互いに結託し“魔王連合国家”を樹立し、人間の国を襲った。
森から。
山から。
川から。
海から。
野から。
空から。
大量の魔族による大侵攻によって、人間たちの王国は瓦解寸前にまで追い込まれ、たくさんの人々が血を流し倒れ、その万倍の哀しみの涙が流れた。
だが、魔族たちを討伐する、勇者たちが現れ、人々の王国を救済に導いた。
それが“六英”とよばれる六人の英雄たちであった。
純白の聖剣使い──ヴィート
黄金の女聖騎士──グルド
白銀の水騎兵──シルヴェル
赤銅の雷戦士──ブロンス
大地の高位魔術師──ヨード
そして、“鉄の女魔剣士”と呼ばれた──イェッタ
彼らによって魔族の脅威は打ち払われ、魔王との決戦を制し、世界に平和を取り戻した──
◆ ◆ ◆
六月。
スカープ辺境伯領。
国境地帯の城壁都市“スタルク”にて。
「──今日はやけに静かだな」
「斥候部隊からも“異常なし”との返礼ありっす」
「そうか。ならば問題なしか」
「ええ、こういう日が一日あっても、罰はあたらんでしょ」
「そういえば、昨日酒場で聞いたんだが。今年は大豊作だってな?」
城壁の向こう側は枯れ木一本もない荒れ野だが、隔壁上の歩哨を巡回する兵士が噂話に花を咲かせた。
「ああ。魔術尚書殿の発明した新しい土壌回復魔術と、魔石卿殿が建造した新しい開墾用ゴーレムで、農地開拓の道が開けたからな」
「勲章ものらしいですよ」
「あのお坊ちゃまが、ねー」
「なんだよおまえ、公を見たことあるのか?」
「そうか。おまえの出身はスヴェート領だったな?」
この都市には国内の各領地から徴兵、あるいは志願した兵らが多数存在する。
皆、一様にスカープ卿の掌管する立場にあるが、それでも望郷の想いはそれぞれにあった。
「なぁなぁ。魔石卿って、どんなお人だよ? え?」
「きっと綺麗な女中に囲まれて、さぞやウハウハな生活なんだろうな~」
「馬鹿いえ。魔石卿殿は未成年だぞ?」
「そんなの関係ないっしょ? 魔石作って魔剣打って、それだけで国の英雄扱いなんすから」
「いや、まぁ、そうだけど……俺が知る限り坊ちゃん──スヴェート公は普通、の、?」
彼は言葉を詰まらせた。
軽く咳き込んだと思った瞬間、彼は吐血していた。
仲間たちが身構える。彼は腰に佩いている魔剣を抜く間もなく、胴体を割られ絶命した。
「て、敵襲ッ!」
だが、敵がどこにいるのか、歩哨上にいる同輩たちには一人も分からない。にわかに城壁がやかましい鐘の音で満ちる。カンカンカンという音色が荒野を響もす。
全員が生唾を飲んで周辺を確認。
ゴブリンの短剣も、オーガの投石も、オークの戦鎚も、ミノタウロスの戦斧も、ケンタウロスの弓矢も、コボルトやドラゴニュートの爪牙も、何一つ確認できなかった。
必死に敵の姿を求め、荒涼の極みたる国境を望遠鏡で覗きこむが、斥候の影も形も見受けられない。
否。
敵は彼らの背後にあった。視線に気づいた一人が、鐘楼の頂に立つ何者かの人影をとらえる。
「う、上だ、上!」
それ以上言葉を紡ぐ間もなく、兵は兜ごと首を刎ね飛ばされる。
弓兵たちが一斉に鐘楼の頂に弓矢を照準するが、
「え」
「あ」
「嘘」
「な」
「っ」
何の兆候もなく、彼らの肉体が横薙ぎに引き裂かれる。
まるで紙を斬り裂くように、簡単に。
まるで木葉が落ちるように。静然と。
あっという間に歩哨が血の池地獄と化す中、悠々と歩を進める騎士が、一人。
──鎧とマントの上からでも女性とわかる身体の膨らみ。
──面貌を覆い隠す無機的な純黒の仮面。
──長く突き出した耳に褐色肌。
──そして、漆黒の髪。
彼女はただ一言。
「脆い」
まるで感情というものを伴わない、洞窟の深淵を思わせる暗い声音を吐き出した。
「人間とは、こうも脆かっただろうか──500年ぶりに斬ってみたが、ここまであっさり……おや?」
女騎士は、自分が切り伏せた人間の若者、その腰や背に装備されている兵装に興味をそそられる。
試しに剣を鞘から抜いて、矯めつ眇めつする。
「これは──簡素すぎるが【魔剣】ではないか。なるほどな。前の時代から学習して、魔剣の量産体制の構築を」
「そこを動くな!!!」
仲間たちの死を受けて、増援が到着した。が、遅きに失した。
歩哨の両端から弓矢とボウガンが、殺戮場の下手人へと狙いをつけている。
にもかかわらず。
大量の鏃に狙われているはずの漆黒の女騎士は、平素かつ平然とした声で問いを投げる。
「ああ、そこのおまえ、少し訊ねたいのだが」
「撃てェ!」
問答無用に女騎士へと弓矢を打たせた部隊長。
だが、それらは一矢もあたることなく、すべて躱される。
まるで何らかの舞踏のようにも見えるほど流麗かつ可憐な体捌きであった。
「ば、か、な」
「ふむ。質問がある──貴様らが装備している、この魔剣。誰が造った?」
「え、あ……」
どう答えたものか分からない隊長格の腹部を、女は一刀のもとに引き裂く。腹圧で臓物がまろび出る。
苦しみもがく人間のざまなど気にする様子もなく、女騎士は次に一兵卒へと、同様の質問をぶつける。
彼は国家機密というほどではない、自分たちの常識の範囲で、敵の質問に応じた──応じてしまった。
「ふむ。なるほど。『魔石卿』──ブロード・スヴェート公爵、か」
「そ、それが何、か、?」
答えた兵を、けっして苦しまぬように首を刎ねてやる女騎士。
「ふむ。どうにもここの連中はつまらん相手だ。あとは奴らに任せよう」
大量の血脂を血振り一回ですべて拭い落とした女は、歩哨上から姿を消した。
まさか城壁の内側に飛び降りたのではと、残された衛兵たちが嫌な予感に背筋を凍らせた時。
「東部から敵兵多数! ゴブリン、オーガ、オーク──ミノタウロスやケンタウロスも確認!」
「北東の歩哨から通信! コボルト、ドラゴニュートの侵攻を確認、とのこと!」
「至急! 各門に兵卒を固めろ! 弓隊前へ! 狙いはケンタウロスからだ!」
下半身が馬の化け物は、荒野を駆け巡りながら正確な弓術を披露してくる。
瞬く間に弓隊が率先してやられていく。
城壁は一挙に地獄と化した。
「衛生兵を早く!」
「投石機を用意しろ!」
「負傷者の手当てを急げ!」
「痛……痛い……痛いよぉ……」
「こいつはダメだ! もう死んでる!」
「戦闘用ゴーレム起動! 荒野に出します!」
「分隊長、南東からも新手が! ア、アンデッド軍です!」
次から次へと届けられる凶報と怒号と悲鳴。
次から次へと命を落としていく仲間たち。
分隊長は絶叫した。
「スカープ卿に早馬の伝令を出せ! 魔族、大侵攻せり! 魔族、大侵攻せりッ!!」
「何事だ!」
その声の主の出現に、兵士たちが歓呼の輪で白馬に跨った老騎士を包み込む。
「ストレーヴァ・ストレング騎士候!」
「おお、我等が総隊長殿!」
事情を知る一人が大声で叫んだ。
「敵襲です、それもこれまでの比にならぬ大侵攻です!」
「野蛮なる魔族共め……ただちに私が出る! 我が魔剣のもと、に、?」
馬上の彼の喉元を、黒い剣の刃が貫いて鮮血を吹き出させていた。
彼の背後を飛行する漆黒の女騎士は、つまらなさそうに嘆息する。
「ふむ。貴様がここでの強者らしいが…………やはり、その…………脆いな」
あの漆黒の女騎士が、再び現れ、ストレング卿の手足を刎ねた。老騎士は大量出血によるショック死を迎え、その死体は無惨にも落馬を余儀なくされる。
「あ、ああ……」
「うわあああああああああ、総隊長殿がああああああっ!」
「もうだめだ、逃げろ!」
「待て、戦え! 戦うんだ、おまえたち!」
「戦えって言ってもっ!」
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!」
兵士たちの士気は完全に瓦解し、城壁にとりつく魔族どもを取り払うことはできなかった。
そちらの方には目もくれず、漆黒の女騎士は、老騎士の死骸から黄色の魔剣を取り上げる。
「安心せい。魔剣──かつて雷使いの若造・ブロンスが扱っていた剣は、我々が預かろう。人間には過ぎた名剣だ。捨て置くのは忍びない」
そのとき。
都市の東大門が破られた。
大量の魔族が雪崩込み、戦意を失った兵士や都市の住人を虐殺していく。
ゴブリンの短剣が兵士の腹を裂き、オーガの投石が幾人も轢き潰し、オークの戦鎚が重装甲兵の鎧を穿ち、ミノタウロスの戦斧が兵の手足を切り落とし、ケンタウロスの弓矢が逃げ惑う人間の背中を斉射し、コボルトやドラゴニュートの爪牙が都市住人の血肉を飛び散らせる──そうして、魔軍の主君たる者たちを載せた輿が六つ、大魔たちの肩に担がれ運び込まれる……
城壁都市“スタルク”は、わずか一日の戦闘で、失陥した。




