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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第一章
15/53

少年と魔剣と魔工老

第一章、終了。







 ◆ ◆ ◆





 貴族派閥に属していたシェニー・オスカ伯爵が謎の死を遂げた。

 屋敷は炎上し、《放水》の魔石や《消化》の魔石を投じても、消し止めるのに半日を要した。彼が死ぬ直前まで通信に使っていた魔術水晶は欠片も残されていなかった。

 生き残ったオスカ伯の愛妾や娘、従者たちは一様に「大きな爆発音」を聞いていたが、それ以上の証言は得られなかった。

 結局、オスカ伯が何らかの理由で自死の爆死を遂げたか、雷などの自然現象によるものと結論付けられた。

 が、問題は伯の遺した領地であった。

 オスカ伯には娘がいたが、愛妾の──正式な妻ではない女性の──子であり、嫡出子とは認められない。

 彼の領地は隣接するディンマ伯爵とヴィンド侯爵によって分割統治される運びと、相成った。


「それにしても」


 王宮。

 王の執務室にて。


「オスカ伯も思い切ったことをする。魔石卿を、スヴェート公を暗殺するために、「殺し屋」と「壊し屋」のチームを向かわせるとは」

「ええ。お父様」


 ブロードの《解呪》の魔石を両手足に二つずつ増設した第一王女は、杖代わりの魔剣(リーラ)を突いて参内する。


「当の暗殺者たち本人から証言は得られましたが、まさか、自死するとは」

「ええ。僕も驚きました」


 私的な会合の場であるため、少々砕けた言葉遣いになるブロードをたしなめることもなく、ヴォール王は頷く。


「調査団の報告では遺書の類は確認できていないというのが、不審と言えば不審だが」

「──もしくは、何者かによって殺害された可能性が?」

「ありえない、とは言い難いか。いずれにせよ、貴族派閥の気勢は削げ落ちるのは僥倖、と呼ぶには複雑な気分だ」


 引き続き調査を続行させるとして、王はブロードに詫びる。


「すまない、スヴェート公」

「?」

「娘の婚約発表から、こうも立て続けに命を狙われるとは……さすがに、私の見通しが甘かったやもしれん」

「──そんなことなど」

「私も、ごめんなさい」


 ブロードは否定するが、モーネも責任の一端を担った身の上、苦虫を噛み切れないような表情で婚約者に頭を下げる。

 さらに、彼女には謝らなければならないことがもう一つ。


「あなたの師匠の形見──《リーラ》を託されておきながら、あんな軽挙に奔って」

「モーネ、謝るのはむしろ僕の方だ」


 黄金の髪を揺らして首を傾げる幼馴染の姫君に対し、ブロードは黒白の髪を横へ振った。


「《リーラ》は君の自衛手段として最適な魔剣だけど、最大励起に至った時の反動を考えれば、やはり他の魔剣を」

「いいえ、ブロード──この()は私を選んだ、選んでくれた(・・・・・・)、そうでしょ?」


 魔石卿は「うん」と頷くしかなかった。


「ならば、私はこの魔剣に応えたい──応えることで、貴方の負担を減らすことが出来れば……そう思ってはいけない?」

「──いいや。ありがとう、モーネ」


 二人は微笑みあった。

 そんな娘の様子を見て、王は感涙にむせびだす。


「もう、なんでここでお父様が泣き出すのよ?」

「いや、すまん──本当に、立派になったと思って」


 普段、王族は感情を表に出さないものだ。しかし、ここにいるのは王と王女と婚約者のみ。


「それにしても、『魔工老』のじいさまも、とんでもない遺産を残してくれたものだ」

「仕方ありませんよ。《レード》たちはもともと、師匠の打った剣ではありませんでしたから」


 赤色の《レード》

 青色の《ブロー》

 紫色の《リーラ》、

 黄色の《ギュール》

 橙色の《オランジュ》

 緑色の《グレーン》

 桃色の《ローサ》

 灰色の《グロー》


 合計八色からなる『魔工老の遺産』『虹色』とも称される魔剣群は、その実、彼が魔剣鍛造の研究のために蒐集したものであり、彼自身の作ではない。

 現在このうち、所有者の選定が済んでいるのは上記の5つのみで、残りは魔石卿の蔵の中に、厳重に保存管理されている状況にある。


「イェッタさんの話だと、500年前、師匠が生まれるずっと前から、この世界に存在する『原初の魔剣』という話ですから」

「うむ。その話は聞き及んでいる──“六帝”を滅ぼせし“六英”の中で、唯一命を落としたとされる“鉄のイェッタ”殿、か」


 いまも執務室の隣の小部屋で待機している、通称・スヴェート公の懐剣。

 彼女が振るう《レード》の威力を思い出し、背筋を冷たくしてしまう王。


「そもそも、どうしてあのような魔剣が存在するのか……いっそ破壊する方向で研究してみる、には強力かつ有用すぎる武具だからなぁ」


 王がポツリとこぼすので、ブロードは苦笑いを浮かべるしかない。


「我が国が、東の魔族との闘争に敗れずに済んでいるのも、ブロードが、魔石卿が量産してくれている魔石と魔剣、そしてゴーレムのおかげだしなぁ」

「王。いくらなんでも誉めそやし過ぎですよ?」

「いいや、事実だ」


 実際として、ヴェン・スカープ辺境伯から戦況報告を受けている王は書類の束を取り出した。

 ブロードは手渡されたそれに視線を落とす。


魔剣シェーラの戦闘補助能力と、戦闘用ゴーレムのおかげで、戦線は一進一退を極めている証拠だ。おまえさんはもっと自分の仕事を誇ってよい」

「……ありがとうございます」


 彼が見たものは、魔剣投入部隊の死亡率や戦闘用ゴーレムの戦果を記したリストであり、それらは他部隊の兵の損耗率を著しく下げてくれていた。

 だが、ブロードはわかっている。理解している。

 数%とはいえ、死亡している兵士は確実に存在しているという事実を。


「陛下」

「? どうした急にあらたまりおって?」

「魔王連合国家との戦い、できれば、僕も参加を」

「ならん」


 けんもほろろに一蹴する王。

 そうするだけの意味が、価値が、魔石卿たる少年には備わっていた。


「確かに……確かに貴公の有する魔剣と戦力ならば、戦場を一変させ()るだろう。だが、公はまだ17だ」

「父が実戦を迎えた時は16と(うかが)っておりますが?」

「いやそういうことではない」


 王は、亡き侯爵の──自分の命の恩人たる英雄の息子に説いて聞かせる。


「おまえにはおまえの天分──役割があるのだ。それを自覚してくれ」

「それが、魔石を作り、魔剣を打ち続けること、ですか?」


 王は壁に飾られた、彼が鍛えてくれた《シェシュペッシュトレード》の魔剣を見やる。

 見れば見るほど素晴らしい魔剣だ。

 それを成し遂げられる才能は、この世にただ一人……目の前にいる少年公爵以外ありえない現状。


(そもそも、どうしてブロードにだけ……『魔工老』以外のドワーフでも不可能な芸当を、何故この子が……何か理由があるのではないか?)


 それを考え出すには検証材料に欠けるヴォール王。


「とにかく、おまえは引き続き魔石錬成と魔剣鍛造、あとゴーレム建造に精を出してくれ」

「畏まりました、陛下」

「あと(モーネ)の世話──《解呪》の方も、よろしく頼む」

「もう、お父様ったら、ブロードの仕事を増やし過ぎよ?」


 微笑みを増した魔石卿は、深々とお辞儀して王と婚約者のモーネを残し退室した。

 王宮内の赤絨毯を踏みしめ歩いていると、隣室で待機していたメイドキャップを装備して長耳を隠した丸眼鏡のイェッタと合流。


「おやおや、これはこれは」


 そのとき。

 節度と礼儀に満ちた男の声が、ブロードたちの進む廊下から聞こえてくる。

 魔石卿は振り返った。


「ミューレン伯」


 王国の北東部を治める、長い黒髪が特徴の貴族が、大量の随従や魔術師を連れて現れた。胸に手を当て敬礼すべく腰を折る。

 ミューレン伯爵との面識は、これが初というわけではない。彼は魔術尚書として文官の一長官の地位を占める若者であり、モーネとの婚約発表の場にも参内していた。他にも様々な貴族の合議や会合の場で知った中ではある。が、ブロードはイェッタを背後に隠すように前へ進み出る。


「伯も王に呼び出されたのでしょうか?」

「おお、公爵閣下。私は一伯爵に過ぎませぬ。そのように敬語など扱われては、我が立場がありません」

「──失礼した。それで、私に何用かおありか?」


 ブロードは警戒心を内に秘めつつ、慎重に言葉を選ぶ。相手は貴族派閥に属するものだと、魔石卿は心得ている。


「いえいえ。用向きというほどでは。ただ、此度の王の召集令につきまして。オスカ伯が自死されたというお話を耳にしましたが?」

「どうやら事実のようです」

「そうですか、それは残念至極。オスカ伯は新進気鋭の空軍元帥。それが自死を選ぶなど」

「にわかには信じがたい話──詳細は王の口から、直接聞かれるがよろしかろう。それでは、これにて」

「ええ。御引止めして申し訳ございません、スヴェート閣下」


 ブロードは最敬礼を施す魔術尚書に対し、何か聞いておこうかとも思ったが、寸手のところでやめておいた。

 魔石卿は帰宅の途に進む直前、首だけで振り返る。

 魔術尚書の姿は、近衛兵が押し開いた王の執務室へと入っていく。

 それを、ただただ見送った。








 ◆ ◆ ◆







 ブロードは帰りのゴーレム馬車・スヴェート公の旗印を掲げたそれに揺られながら、王直轄領の賑わいを抜ける。

 カーテンの隙間から車窓を覗く。

 そこから広がる世界。

 (わだち)と森林と草原と、麦畑で農作業に従事する農夫らが、馬車に敬礼する様などを眺めやる。

 魔石ゴーレムが開拓開墾作業に従事しているものを見るのは、少し気恥ずかしい。

 外の様子を遠目にしつつ、魔石卿は思い出す。


 今から六年前。

 星暦3101年。

 ブロードが11歳となった冬。

『魔工老』シェーン・クラフトが死んだ。

 ブロードは新しい設計図をもって、ドワーフの師匠の部屋を訪れた。


「魔石を使ったゴーレム? ふむ……作れるものなら作ってみい。とらい・あんど・えらー。千里の道も一歩からじゃ。おぬしの父君の言葉ぞ? ああ、じゃが無理だけはせんよう、な」


 老衰死であった。303歳の大往生であった。

 ドワーフである彼は死ぬときに、彼の所有する財を……工房を……魔剣を……すべて弟子である人間の子供──ブロード・スヴェートに譲った。


「よいな、ブロード」


 今でも時々夢に見る、師匠の最期。


「魔剣には魔剣の意思がある。想いがある。魔剣は所有者を選ぶ。選ばれないことを悲観することはない」


 ブロードは「はい」と答えた。


「そもそも魔剣なんぞなくとも人間は強くなれる。強く在れるのだ。そのことは、お前さんが一番よく理解しているはずじゃろう」


 ブロードは頷いた。頷きながら涙を流した。


「ふふふ。ああ、おまえさんが儂の技能を受け継いでくれて本当に良かった……人間の子とはいえ、本当によくできた弟子じゃったよ」


 無骨で傷だらけの雄々しく老いた掌が、ブロードの頭を探るように撫でた。


「まったく、──よい人生じゃったわい──」


 呼吸が弱々しくなり、目から炎のような輝きが失せようとしている。

 力強い腕力が、弟子の頭から離れていこうとする。


「師匠、待って──逝かないでください!」


 ブロードにはまだまだ学びたいことが、語りたいことがたくさんあった。

 だが、魔工老は微笑みを浮かべ目を閉ざしたまま、永遠の国へ旅立った。

 頭を撫でていた手が落ちるのを、ブロードは泣き咽びながら受け止めた。



 それは、彼が経験した二度目の家族の死であった。



 故に、彼は決意した。

 もう二度と、家族を失うまいと。

 家族を傷つけるものは誰であろうと許さないと。




 ………… 




「坊ちゃま? ブロード坊ちゃま?」


 夢うつつをさまよっていた魔石卿の意識野に、メイドキャップを脱いだ女中──漆黒の髪と褐色の肌、真紅の瞳が飛び込んできた。


「…………あれ。イェッタ、さん?」

「もう、屋敷に到着されます、が?」

「ああ……うん……はい……」


 ブロードは微笑みながら、目の端にある涙をぬぐう。

 新たな家族と共に、少年は自分の屋敷へと帰っていった。









次回から第二章。

ご期待ください。


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― 新着の感想 ―
[一言] イェッタを庇うシーンに、ぞくりとしました。 まどろみの中に主人公の思いを端的に表現。つい読まされてしまいます。
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