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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第一章
14/53

新たな脅威 -3






 ◆ ◆ ◆





「《リーラ》──最大励起!」




 モーネ・レグンボーゲは、杖としていた紫の細剣を完全に抜き払った。

 そして告げる。



「《紫毒の大蜘蛛(リーラ・スピンデル)》!」



 紫紺色の霧が、屋敷の大食堂を覆った。

 ブロードはノルシェーンを肩に担ぐようにして退避し、スコーグもそれに(なら)う。

 そして、霧が晴れた先に現れた姿に、愕然となる。


「おいおい、こりゃ……」


 見目麗しい第一王女の下半身を覆う、蟲の腹部──節足生物の鋭い(あし)──牙を剥いて威嚇音を発する王女の口唇──次の瞬間、血走った八眼が見開かれる。

 その姿はまるで、魔族の女郎蜘蛛(アラクネ)種を思わせる異形であった。


「ちょ、第一王女様がしていい姿かよ、これが!」

『黙れ』


 そう言ってモーネは蜘蛛の糸を指先から射出し始める。自由に動く六本肢からも蜘蛛糸が量産され始め、大食堂は大蜘蛛の巣へと様変わりしていった。


『私のブロードと、その家族を傷つけるものは、絶対に許さない──』


 静かな宣告であり殺意であった。

 彼女は本気でスコーグという暗殺者を捕らえ、亡き者にしようとしている。しかし……


「モーネ、だめだ」


 彼女の背に隠されていたブロードが、毒霧を意に介すことなく、蜘蛛の女王と化した幼馴染を背後から抱き包む。


『ブロード──でも!』

「だめだ。……だめだから」

『わ、私なら大丈夫よ? あなたたちを守れるなら、たとえバケモノの姿になったってかまわない!』

「うん……それでも、……だめ」


 有無を言わさぬ発音であった。

 まるで幼子によく言い聞かせる父のような声色に、モーネも折れるしかなかった。

 そして、大蜘蛛の姿も蜘蛛の巣も消え失せた後。


「う、ぐぅうう…………」


 魔剣リーラの最大励起の反動によって、彼女の両腕両脚に刻まれた呪いが、じわりと拡大していく。あのまま戦闘を継続していれば、呪いの拡大範囲は想像もつかない広範囲になったことだろう。この魔剣は、呪われた身の者にしか扱えない正真正銘の魔剣──今代(こんだい)においては、王女(モーネ)以外の誰にも適合しえなかったのである。

 あらためて、モーネをノルシェーンに託した魔石卿は、遠く離れた位置の暗殺者に申し出る。


「どうかこのまま、帰ってもらうことは、できませんか?」

「そいつぁ…………無理な相談ってものさ、魔石卿の旦那」


 ブロードは金銭で交渉しようとするが、その機先をスコーグは制する。


「金額の云々(うんぬん)じゃねえ。俺たちが生きていく(・・・・・)には、今の飼い主様に仕える以外にねえのさ」


 奇妙な話だとブロードは思った。

 まるで何らかの人質を取られているかのような雰囲気を感じ取るが、スコーグはそれ以上を語らない。

 屋敷の外でも轟音と爆音が嵐のように響き渡っている。ガラス窓が軋み、風圧だけで割れ砕けそうな勢いだ。

 イェッタたちの方にも刺客が差し向けられたものとみて、ほぼ間違いない。彼女たちの援護は望みが薄いと判断できた。


「さぁ、どうする、魔石卿? 俺の邪剣ティストの速度を止められるか? はたまた──」

「…………しかたない」


 ブロードは新たな魔剣を空間から引き抜いた。

 しかし、その魔剣は天上五剣には属さない、ただの魔剣。

 (めい)は《シェーラ》──王国軍に多く支給されており、“斬る”ことに特化しただけの、いうなれば一般兵士の補助兵装という扱いだ。

 何故、いまさら無名にも等しい大量生産品を、そうスコーグが思ったのも束の間。

《転移》の魔石で背後に回ったブロード。

 無論、長年の経験から、その手を使ってくる敵にも対応できるスコーグ。

 だが、彼は一合を受けて感じ取った。数合を交わすうちに違和感が確信へと変わる。


(なんだ、こいつは?)


 あえて言えば、雰囲気が、変わった。

 柔和で穏当な若者が、何か、得体のしれない、底知れない穴にでも変わったような印象。 

 失った右目が危機感に(うず)く隻眼の男は、数十合を打ち合う内に、魔石卿の変化の正体を察した。

 それは、絶対の害意であり殺意。

 自分たちの敵となるものを、この世から抹殺しようとする、膨大な戦意。

 それを証明するように、少年公爵は宣告する。




「僕の家族を傷つけるものは、誰であろうと許さない」




 一瞬の太刀筋。

 スコーグの頬に傷が奔る。腕にも。肩にも。脚や腹部にも。


(な、なめていた、俺としたことが!)


 魔剣の補助など一切介しない、純然たる剣術と剣技。

 それが、ブロード・スヴェート公爵にはそなわっていたという、事実。

 魔石錬成や魔剣鍛造の才能があるだけのお坊ちゃんという前情報は、完全に誤りであった。


(一体、どれほどの修練を積んだら、この俺を圧倒できるまでになれる!)


 自己陶酔などではなく、あくまで客観的意見として、スコーグは自分の短剣術と暗殺技能に絶対の自信を持っていた。その短剣で、邪剣で、雇い主たるオスカ伯の政敵を無数に狩り殺し、共和国の不穏分子を密殺して……そして、いまの相棒──ブロンマと出会い、保護し、育て、己の相棒とした。


(ッ、らしくない感傷に(ひた)ってる場合か!)


 スコーグは、何が魔石卿を駆り立てているのかは知らないが、ここでむざむざ負けるわけにはいかない。

 負けたら自分たちはおしまいだ。


(あいつのためにも、俺は勝つ。勝たねえとな!)


 そうして、スコーグは最後の手段を発動しようとして──


 その時だった。






 ◆ ◆ ◆






 鳩尾を盛大に吹き飛ばされたイェッタは、湖に落ちた瓦礫の山に墜落した。


「……てごたえ、あり」


 それと同時に、魔剣レードも湖畔へと落ちて突き刺さる。


「……にんむ、かんりょー」


 ブロンマは徹底していた。相手の生死を確認するべく、巨躯の脚力でイェッタのもとへ向かう。

 直前であった。


「……い、た、い?」


 どこからか射出されたボウガンが、ブロンマの右腕を貫通していた。


「起きろ、メイド長(イェッタ)!」


 叫び声の主を探すと、湖畔で荒い呼吸を整えた傭兵──ではなく、ボウガンを構えた屋敷のメイドが、ひとり。

 さきの岩塊の驟雨から逃げ出した──屋敷に戻るよう命ぜられたフェリ・エーブリクトであった。

 ブロンマは右腕に突き刺さるボウガンの矢を無造作に引き抜き、それをフェリめがけて投げつけた。

 瞬間だった。


「……え?」


 魔剣レードが、何者かの意思を受け、担い手もなしに、投擲された矢を切り落としていた。


「あの()は──戻れと命じたはずなのに。あとで罰しなくちゃ」


 ブロンマは振り返った。


「……な、んで?」


 むくりと起き上がったイェッタ・イェーンは答えた。


「ダークエルフの頑強さ、なめてもらっちゃ困るわ」


 イェッタ・イェーンは深く呼吸する。

 そうして、ブロンマに飛んできたのは、白い手袋に包まれた、拳。

 だが、その威力はブロンマのそれに勝るとも劣らない。

 なにがどうなっているのか理解しきれない巨躯の女に、イェッタは冷然と言葉を送る。


「私は肉弾戦の方も得意という、ただそれだけの話よ」


 お返しとばかりに、ブロンマの鳩尾を抉り穿つイェッタの拳。

 巨躯の女は胸骨にひびが入るのを自覚した。


「あいにくだけど。私は魔王とも肉弾戦闘(ステゴロ)で戦ったこともあるの。──500年前の戦いに比べれば、オレにとってはまだまだ(ぬる)すぎるわ!」


 盛大にブロンマの脇腹を蹴り払うイェッタ。

 一時、呼吸困難に陥る大女のノースリーブを掴んで、イェッタはブロンマを放擲する。


「うわぁ……ナニコレ……」


 遠くでその様子を観戦していたフェリは、そそくさと屋敷への道を急いだ。


「……げ、ほ、けほ」

「あなたもなかなかに頑丈ね──何かの混血(ハーフ)?」

「……ぐ。──だ、ま、れ!」


 ブロンマが初めて感情の起伏を露わにした。

 おまえなんかに何が分かると、ブロンマは肉弾戦闘を再開。

 だが、


「来い、《レード》」


 むざむざと相手の土俵に降り立つイェッタでは、なかった。

 主人の意を受けた魔剣が、彼女の手元に回転しながら届く。

 そうして、刀身の輝きを、一挙に最大励起までもっていく。


「《赫灼たる火山(レード・ヴルカーン)》!!」


 火山噴火もかくやという衝撃と炎熱が、ブロンマの全身を至近距離から覆いつくしていた。

 南の方角に向かって放たれた魔剣の最大励起の威力をもろに食らい、ブロンマ・ベリは屋敷の方へと吹き飛ばされた。






 ◆ ◆ ◆





 

 その時だった。

 ガシャン!──という音色と共に、大食堂のガラス窓を突き破り、炎上するブロンマ・ベリが飛び込んできたのだ。 


「ブロンマっ!?」


 スコーグは、敗着し飛び込んできた──魔剣の一撃によって吹き飛ばされてきた相棒の様に驚愕を隠せない。

 また新しい戦傷を作ってしまった相棒の「壊し屋」に駆け寄る「殺し屋」の男。


「ブロンマ、しっかりしろ!」

「……が、げほ、ごめん、すこーぐ、まけちゃった」


 率直に告げる相棒に、スコーグも疲れたような笑みで応えた。


「そう、か──ここまでだな」

「……ごめんね……すこーぐ」

「これまでよくがんばったな、ブロンマ」

「……うん、ありがとう、すこーぐ」


 隻眼の男が、邪剣の柄を握り直し、巨躯の女の喉元めがけ振り上げる──

 その手を、ブロードの手が制した。

「」

「勝手に死なれたら、困る」

「お気持ちはうれしいがね」


 意外と力強い傷だらけの手に腕を取られたスコーグであったが、彼は謝絶の言を吐きつつ、自分の右目の眼帯をおろしてみせた。


「見なよ」


 そこに刻まれているのは、潰れた右目の傷だけではない。

 毒々しい色合いの印章──魔術印章の類であった。

 スコーグは語りだす。


「御厚意は本当にありがたいが。俺たちの頭は伯の手によって、任務失敗と同時に死亡・自爆する魔術印章を施されてる。これは《解呪》の魔石でも解けないものだ」


 そういうことかと呻くモーネたち。

 襲撃者二人は、互いに別れの言葉を口にする。


「……さよなら、すこーぐ」

「ああ。あばよ、ブロンマ」


 二人の脳内で、ピピピピピ、という警報音が響きだす。

 両者とも、次の瞬間に訪れる死の運命を体内に感じていた──だが。


「────?」

「……あれ?」


 呆ける二人。

 振り返ってみるスコーグ。

 ブロードの手には、天上五剣のうちの“一本目”が握られていた。


「《エーヴェヴィンナ》」


 魔石卿の握る、漆黒の魔剣。

 その能力は、異能力の無効化。

 二人の魔術印章が臨界し発動せんとした、このタイミングだからこそ行える離れ業であった。

 つまり、


「これで、あなた方にかけられた術理、魔術印章とやらを無効にしてやりました」

「……本当に?」


 そんなことが可能なのかと疑ってかかる「殺し屋」であるが、確かに、自爆の魔術は発動しない。

 ガラス片に映る自分の右目から、禍々しい印象がほつれる用に消え去るのを見た。

 ブロードは誠実な声で宣う。


「これで、あなた達は自由だ」


 スコーグ・エーとブロンマ・エリは、スヴェート公ブロードによって命を救われた。

 それは紛れもない事実であった。






 ◇ ◇ ◇






「くそ、くそ、くそ!」


 オスカ伯は憤死しかねないほどの怒気を部屋中の調度品に当たり散らしながら、自分の子飼いの傭兵が公爵の手に堕ちた事実を嘆いた。


「どいつもこいつも使えぬ駒ばかりか! あの役立たずどもめ! いや、それよりも、連中の口をどのように封じるべきか──役立たずに用はないとはいえ、このままでは我が身が危うい……」


 考える必要がある。

 だが、何の妙案も浮かんでこない。そんなことは不可能だ。スヴェート公に近づくことも、王に取り入り直訴することも、すべてが悪い結果の果実を生み育む行為にしかならぬと理解しているオスカ伯。


「くそ! いったい、どうすればよいのだ!」

『心配はご無用ですよ』


 ふと、誰もいない大部屋に声が響いた。

 観れば、魔術尚書謹製の魔術水晶が輝きを放っている。


「おお、ミューレン伯!」

『此度の失敗はとても残念なものでございましたな、オスカ伯。ですが、ご安心を』

「伯には何か妙案があるということか?」


 自分ではまったく考えつかないことを、魔術尚書たる黒髪の若者は握っているらしい。(わら)にも縋る思いで、オスカは耳を傾け魔術水晶を覗き込む。


『このままでは我ら貴族派閥の企図が露呈するのは好ましくありません』

「うむ、それで? 奴らに与えた《隠蔽》の魔術用具に、何か細工でも?」

『いえいえ、さすがの私でもそこまで器用なことは』


 魔術などという不器用さとは縁遠いことを生業(なりわい)としている男ならば、それぐらいできて当然な印象を受けるが、どうにも事情が違うらしい。


『私に出来ることは、オスカ伯──貴方にご退場していただく以外の方策はないものと愚考した次第』

「……いま、なんと申し」


 たと告げるよりも先に、魔術水晶が地獄のごとき業火を吹き出し、至近距離にいたオスカ伯の肉体にむかって、起爆。

 爆風をもろに浴びる貴族派閥の男。

 大炎上を余儀なくされる大部屋と伯爵の屋敷。

 最期に、魔術水晶の欠片が、途切れ途切れに通信を続ける。


『役立たず 用はなぃ 確かに その言葉 通りでし な──では ぁの世までごきげんよう、ォスカ伯』










・登場人物紹介


〇スコーグ・エー

 凄腕の「殺し屋」であり、隻眼の暗殺者。

 奴隷だったブロンマを買って解放、己の相棒とする。


〇ブロンマ・ベリ

 通称「壊し屋」といわれる、怪力の大女。

 奴隷として売られていたが、スコーグの相棒となる。


●シェニー・オスカ伯爵

 貴族派閥に属する空軍元帥。上記二人の主人。

 魔石卿暗殺を謀るが、魔術水晶の大爆発により死亡。

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