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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第一章
13/53

新たな脅威 -2






 ◆ ◆ ◆





 イェッタたちを襲った鳴轟の気配は、湖から遠く離れた屋敷にも届いていた。


「あら、何事?」


 久方ぶりにブロードのもとを訪ねた──先月の襲撃で破壊された大食堂に、供回りも連れずにやってきた第一王女モーネは、ノルシェーンの作ってくれたコース料理に舌鼓を打ちつつ、ブロードと歓談している最中であった。

 次いで鳴り響く警報。

 何者かの襲撃を受けたことを報せてくれたが、詳細が分からない。


「ノル」


 ブロードは家令に鋭い視線を投げる。

 ノルシェーンは怖じることなく片膝をついて応じた。


「警備システムは万全でした。ゴーレムも魔術対策を施した最新鋭機です。なのに……」


 何故という疑問符が立ち消える中。


「とにかく、ノルはモーネを連れて避難を!」

「畏まりまして」

「えええ。私も戦えるのに?」


 彼女の手には杖代わりに《リーラ》の魔剣が握られている。その戦闘力も申し分ない。このことが、第一王女が近衛も連れずにここへ来れる理由となっていた。実際には、


「“呪われた王女”に近づきたがる近侍や女中なんて、いないのが普通よ」


 とはモーネの言である。

《解呪》の魔石で自由の身を得た彼女のことを、ブロードは決して憐れんだりしない。そう幼き日に約束している。

 魔石卿は「それでも」と言って、モーネの避難をノルシェーンに命じた。


『おっと、そいつは困るな』


 ブロードは即座に《エーヴェヴィンナ》を空間から抜剣(ばっけん)。漆黒の刀身を露わにする。

 魔剣の効能によって、その場にはありえざる人物が割れた鏡の中から出てきたように現れた。

 赤毛の挑発を一房にまとめた、右目に黒いアイパッチを施す隻眼の侵入者。

 その右手には怪しく輝く暗殺者の担当が握られている。

 即座に《ブロー》と《リーラ》を構えるノルシェーンとモーネ。

 ブロードは微笑みつつ言ってのけた。


「玄関ベルは、押してもらわないと困ります」

「おーう、思ったより言うねぇ、お坊ちゃま」


 魔剣エーヴェヴィンナ

 その名の意味である“征服”という効能を発揮し、あらゆる異能力を無効とする。

 この魔剣にかかれば、邪剣も、魔術も、魔族の特殊能力も意味をなさない。

 まさに“征服”の名にふさわしい魔剣。

 だが、


(次の使用可能時間まで、あと一時間)


 魔剣は万能の武器ではない。

 強力な能力を持つほど使用者への負荷も増していく。それを熟知している魔剣鍛造者は、《エーヴェヴィンナ》の最大励起に至らぬよう(・・・・・)細心の注意を払わねばならない。

 故に、彼は新たな魔剣を抜く。


「《フェシュテーラ》」

「噂に聞く、天上五剣とは違うな? 能力は確か」


 問答の余地なし。

 ブロードは“破壊”の名を冠する超重量の極大剣を両手に持ち、隻眼の男めがけて斬りかかる!


「ひゅー♪ さすが魔石卿。その剣捌き、魔剣の補助なんていらねえんじゃねえか?」


 そう素直に賞賛する侵入者に対し、ブロードは冷徹に応えた。

 ノルシェーンとモーネが逃げる時間を稼ぐために、あえて舌戦に応じたのだ。


「これにはもとから補助能力なんて備わっていません。はじめから僕専用に調整(チューン)した、“破壊力特化”の魔剣──だから」


 隻眼の男の軽装鎧がバラバラと砕け崩れた。


「……なるほどな。破壊力特化は伊達じゃねえってわけか」

「ところで、あなたの素性をお伺いしても?」

「いやいや、それを言ったら傭兵の信用ガタ落ちだからな」


 そうやって間合と情報を探りあうような会話を続けていると、


「スコーグ・エー」


 鈴を転がす音色にも似た少女の声が響いた。

 ブロードは慎重に背後を振り返る。


「赤毛の長髪に右目の眼帯……間違いないわ、傭兵ギルドが発刊してる『傭兵一覧』に載ってた特徴だわ」

「あちゃー、しまったな。まさか、お姫さんに身バレするとは」

「小さい頃から動かない手足で出来ることは、『本を眺め見る』くらいだったからね」


 その話は真実であったが、一部虚偽が含まれている。

 モーネは鞘から抜きかけの魔剣リーラの能力で、相手の心を見透かすことができる。

 今では異世界より流れ着く書籍の類を翻訳したものに熱をあげているが、『傭兵一覧』の内容にまで食指を伸ばせるはずがない。


「んじゃあ、お姫さんは俺が何て呼ばれてるか、御存じ?」

「それは…………!」


 モーネの表情が蒼褪(あおざ)めた。


「そう。俺様は」

「《シェネレース》!」


 敵が言い終える前に、ブロードは“寛大”の魔剣を抜き払い、起動。

 フェリ・エーブリクトの戦意を根こそぎ奪い取った純白の刀身は、しかし、傭兵の攻撃を受け止めていた。

 ありえざる事態であった。

 魔剣シェネレースの効果は発動している。発動しているのに、スコーグという傭兵は臆面もなく切り結んできたのだ!


「へへ。どうしたい、お坊ちゃん? 俺が攻撃するのが──殺しにかかってくるのが、そんなにも意外か?」

「──っ!」


 隻眼の男は「殺し屋」──スコーグ・エー。

 すでに四半世紀を“暗殺”と“謀殺”に捧げた、その道のプロフェッショナルである。

 握る得物は当然のごとく邪剣。効果不明。銘は──


「《ティスト》」


 低声と共に、邪剣が発動した。

 そう確認できた時には、ブロードの頬に傷が(はし)っていた。まるですべての音を置き去りにするかのような速度で。


「よくも、ッ!」


 そう言って魔剣ブローを突き立てに突貫するノルシェーンであったが、


「残念はずれ」


 弄ぶようにノルシェーンの利き腕を引き裂く短剣。

 やはり、尋常ならざる速度だ。男の脚力もさることながら、おそらくはそれが邪剣の効能なのだろう。

「いけない」とブロードは叫んだ。「ノルシェーンはモーネを連れてさがれ!」

「しかしスヴェート公!」

「命令だ!」


 ノルシェーンは唇を噛んで、主君の姪に従おうとした──が。




「よくも、私のブロードに傷をつけたわね?」




 王女は魔剣を抜いた。




「《リーラ》──最大励起!」






 ◆ ◆ ◆






 一方、北の湖畔にて。


「……そーーーれッ!」


 スコーグの相棒であるブロンマ・ベリが、岩塊の山をハーフダークエルフの女中──魔剣レードの保有者に向けて投擲し続けていた。


「くっ!」


 炎の刀身で切り払い薙ぎ落とす瓦礫の山。それは湖へと落ち、湖水を沸騰させん勢いで蒸発音を奏でる。

 イェッタはたまらず汗をぬぐった。あたりは自分で生じさせた蒸気に満たされ、霧のように視界を霞ませる。

 ちなみに熱さによる変調とは無縁だ。何しろ魔剣レード自体が炎熱を発する武装。その加護がイェッタには授けられるのだ。

 しかし、


「いい加減!」


 攻撃がしつこすぎる。イェッタは本気で魔剣の最大励起《赫灼たる火山》の使用を思案するが、相手との距離を考えると、当たるかどうかは五分五分と言ったところ。

 イチかバチかの賭けに出るには危険すぎる。

 イェッタはひたすらに待った。岩塊の驟雨の中を、炎の魔剣でしのぎながら。

 そして、ついに攻撃の雨が止む。


「よし!」


 メイド服をぐっしょりと濡らしながら、イェッタは敵の位置を再確認。

 巨大と言ってよい女だ。身長は2メートルを軽く超えるだろう。顔や腕、肩や脚にいたるまで全身に戦傷痕が目立つ、黒髪の大女が屹立していた。

 勝負はここからだ。

 イェッタはお返しとばかりに、《レード》の分身たる小刃二十本を一挙に射出する。

 ()った)と確信した。相手は無防備な態勢であるのに対し、二十本の小剣はすべて相手の致命箇所を捉え、


「……ふん!」


 られなかった。

 言葉もなく瞠目するイェッタが見たのは、巨躯の女が放った右手の正拳が、足元の大地を突き穿(うが)って、即席の「盾」を作り上げたところであった。


「馬鹿力が!」


 そう呻くハーフダークエルフに対し、大女は「盾」を円盤投げの要領で投げつけてきた。

 その攻撃を辛くも《レード》の回転斬りで叩き割るイェッタ。

 しかし、次の瞬間であった。


「まさか!」


 大女が信じられない脚力で跳躍し、大地を穿った正拳を、イェッタの身体の中心めがけ振りぬいていた。

 だが。


「……あれ?」

「──くッ!」


 魔剣レードの強靭かつ幅広な刀身を「盾」として、イェッタは相手の攻撃をいなし躱した。


「《レード》20本追加!」


 イェッタの命令を理解した魔剣が、巨躯の襲撃者を取り囲むように小剣を発生させる。

 そして、主人の「穿て!」という号令と共に、20本の燃え立つ刃が、ブロンマ・ベリの五体に突き刺さった。

 しかし、それでも。


「……無駄」


 巨神を思わせる拳は、己を燃え焦がす刃など気にする風も見せず、左の拳を握り──

 来ると思った瞬間よりも先に、「壊し屋」と渾名(あだな)される女の正拳は、イェッタの鳩尾(みぞおち)にめり込んでいた。









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