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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第一章
12/53

新たな脅威 -1






 ◆ ◆ ◆





『いやはや。誤算でしたね』

『まさか、あのような手段を魔石卿がとるとは』

「ふん! 財力に物を言わせるやり方とは、公爵も存外俗物(ぞくぶつ)ではないか!」


 貴族派閥の三者が繋がっているのは《通信》の魔石……ではない。

 魔術省が開発している《通信》宝玉、その試作品。

 そもそも魔術省とは、三十年前の戦争において、共和国の魔術師団に対抗して創設された歴史を持ち、その大部分は軍事利用可能な魔術の開発にある。

 たとえば、異世界への門を開き召喚されたものを自由自在に使役するとか。あるいは、大量の魔術装置から火砲火線を射出するなど。

 現に三十年前の戦争においては異世界より召喚した「異世界人」の膨大な力を利用し、共和国軍を瓦解せしめることに成功。ちなみに、その異世界人のその後については、歴史書には記されていない。風聞によれば、恋人と共に元の世界に還されたとも、仲間と共に流浪の旅に出たとも、巨大な力を恐れた先王によって秘密裏に抹殺された、などとも噂されている。

 魔術の宝玉で遠隔地から繋がった三者を含む十数名の貴族派閥は、そうした魔術の恩恵をこそ第一に考えている、というわけではない。

 単に、スヴェート公ブロードの魔石(ちから)に依存する現体制に危機意識を懐いているというのが、対外的な(うた)い文句であり、それを擁護する現王の政体に不満を懐いている、という(てい)である。実態は、我こそが王たらんと欲する我欲の集団にすぎなかった。

 ちなみに、ミューレン伯などに言わせれば、「魔術と魔石を統合できれば、より面白い結果になるのではないか」とも考えているが、あくまで彼個人の心情であり、研究意欲に過ぎない。


「して? この責任はどう取られるおつもりか、ミューレン伯」

『おやおや。たった一度の失敗で仲間割れですか? 節操のないことでありますな』

「だまれ! 傭兵の邪剣使い、奴の弱みが握れなくなったなどと、ぬけぬけとぬかしおって! 見通しが甘すぎるのではないか!?」


 傭兵エーブリクト。

 彼女(・・)の絶対の弱みとも言える孤児院であったが、ブロードの根回しは素早く、即座に該当孤児院は王の掌握する事態となった。

 さすがの魔術尚書も、王の権勢の前では無茶は演じられない。

 見かねたディンマ伯の老いしわがれた声が仲裁を試みる。


『まぁまぁまぁ、お若いの。我等同士で言い争っても詮無いことだ』

「っ……失礼した、ミューレン伯」

『いえいえ。こちらこそ失態を演じ申し訳ない、オスカ伯』


 うさんくさいほど慇懃なやりとりの後に、オスカ伯は黄金の髪を揺らして腕を組む。 


「それよりも“次”の策だ」

『国内で引き受けてくれるものを、つのってはいるのですがね』


 なかなか色よい返事がもらえないとわざとらしく悲嘆にくれる魔術尚書。

 オスカ伯は苛立ちをおさめるように告げた。


「もうよい! 私の子飼いの傭兵をあてがってやる! 今は所要で共和国に潜入させているが、充分な戦力だ!」

『おお、それはありがたい!』


 ミューレン伯は長い黒髪をひるがえして歓声をあげる。

 だが、ディンマ伯は渋面で呟いた。


『噂に聞くオスカ伯の傭兵──「殺し屋」と「壊し屋」か。しかし危険ではないか?』


 失敗した時のリスクを思う老紳士に、黒髪の若者はにこやかに応じる。


『オスカ伯のお墨付きです。なんの問題もないことでしょうな。そうだ。せめてものお詫びといいますか、私の方からも魔術道具などを供与しましょう』

「そうか、助かる」


 オスカ伯はそれだけを言って、通信装置を傭兵たちのそれと繋いだ。






 ◆ ◆ ◆






 王国とグレンス山脈を挟んだ西の隣国・レプブリーグ共和国。

 王政──君主政治を布くモーナルキー王国とは違い、共和国は民主政治・議院内閣制によって成り立っている。

 つまり、国民一人一人が投票した代表者に、自分たちの政治主導を任せるというもの。君主政治は、王が暴走した際の歯止めが効かないという短所を備えているが、民主共和制においては政治的代表者を引きずり下ろすことに抵抗がないという利点がある。もっとも、それが故に君主政治に備わる果断即行とは縁遠く、空転する議論で時間を費消させることもままあるという弱点が存在していた。たとえば、ひとつのことを決定するのに王の署名(サイン)のみで決裁されるところを、民主共和制は様々な議会の承認なくして決裁に踏み切ることはできないのである。また、衆愚政治に陥る危険性も孕んでおり、絶対君主制とは水と油のような関係と言ってよい。

 そんな共和政体の中にも、傭兵ギルドは存在する。

 三十年前の東側の王国との戦争で生じた傭兵という存在は、民主共和制の国でも存在しえた。おもに何でも屋として。出没するモンスターの退治屋として。

 しかし、王国でもそうであるように、共和国にも表沙汰に出来ないような案件を請け負う裏ギルドは存在していた。その潜入調査をしていた二人組のチームがいた。

 とある食事亭にて。


「仕事だ、ブロンマ」

「……おしごと?」


 ああ、と言って、右目に黒いアイパッチをした隻眼に長い赤毛を一房にまとめた髭面の大男は、相棒の大女に依頼内容を記載した白用紙の束を見せつける。


「御主人様から御依頼だ。給金はバカ高いが──」

「……もんだい、ある?」

「そうだな。目標(ターゲット)はスヴェート公ブロード──「魔石卿」という名で知られてる、王国のお偉いさんだ」

「……ませき、きょう?」


 いまいち会話の要領を得ない大女は、身の丈2メートルを超す巨躯を窮屈そうに椅子の上におさめていた。その全身は、隻眼の男よりも深く多い戦傷の痕に覆われているが、それをまったく隠す気もない袖無姿(ノースリーブ)だ。全身筋肉の束で(よろ)った歴戦の戦士、といった風情がある。とても人類の領域におさめてはならない漆黒の双眸(そうぼう)を渦巻かせながら、隻眼の男のいうことに逐一反応を返す。

 と、そこへ給仕の女性(ウェイトレス)がオーダーを運んできた。女にはフルーツパフェ。男にはブラックコーヒー。

 隻眼は女性の端正の顔立ちを見て、これ幸いと誘いをかける。


「お。ねえちゃん別嬪(べっぴん)さんだねえ? 今夜あいてる?」


 が、すげなく無視される。

 隻眼の男の申し出をやんわり受け流す給仕に気を悪くした風もなく、男は肩をすくめた。


「……すこーぐ、あのおんな、ヤる?」

「やらないやらない」


 スコーグ・エーという名の男は手を振って、ブロンマ・ベリの提案を即座に却下する。

 ナンパを一回断れたくらいで仲間をけしかけるほど、彼は狭量な人物ではなかった。


「そんじゃ、魔石卿の情報だが、宿でみっちりと教え込む。よく覚えてくれよ?」

「……うん……わかった」 


 人呼んで「殺し屋」と「壊し屋」と称される傭兵コンビはオーダーを一気に(から)にし、食事らしい食事もとらず宿屋に戻った。






 ◆ ◆ ◆






 フェリを加えた新メイド体制が軌道に乗り出した五月の頃。


「今日はいい天気ですね」

「スヴェート領は気候に恵まれた土地ですからね」


《洗濯》の魔石を使って洗われた洗濯もの類、それを満載にした籠。

 屋敷領内の湖付近で大量のシーツを干しているイェッタとフェリの姿があった。

 清爽な風になびくシーツの群れは、まるでそれ自体が白い海のようにも見えて心地よい。

 イェッタ自身、海など見た記憶などないが、遠い母の記憶に、淡い潮騒と、眩い太陽の輝きが混在している。


「メイド長、海みたことないんすか?」


 (はす)()な口調で確認するボクっ()メイドに対し、イェッタは律義に対応する。


「小さい頃に見た記憶があるってだけよ。見たことがないってわけじゃない」

「でも、ここに務めだしてからは一度もないんですよね?」

「……それは否定しない」

「じゃあ。坊ちゃまに頼んで連れて行ってもらったらどうです? 少しだけ海を見に行きませんか、って?」

「そうね、考えておくわ」


 自分担当の洗濯物をロープに張ったイェッタ。


「──ここが終わったから、屋敷に戻って紅茶の特訓です」

「ええ~、ボクはコーヒーの方が得意なんですけ、ど、?」


 フェリは長年の傭兵稼業で(つちか)った勘がささやくのを感じた。

 それを伝えようとしたが、無用であった。警報が鳴り響くよりも先に、イェッタは動き指示した。


「下がりなさい、フェリ!」


 押し飛ばされる形で洗濯物の山に倒れ突っ込むフェリ。

 そして、隕石もかくやという速度で、人間の身の丈よりも巨大な岩塊が湖畔に降り注いだ。

 シーツとロープが大量に引き裂かれる中、イェッタは魔剣を抜いてた。


「《レード》!!」


 鳴轟(めいごう)颶風(ぐふう)が吹き荒れる。

 赫灼(かくしゃく)と燃え上がる炎刃が、岩塊の風雨を両断していた。あたり一面が燃え融け引き裂かれた岩の礫や欠片で埋め尽くされる。シーツの白い海が、紅蓮の海に変わった。

 あたり一面を戦塵が覆い、塵埃にまみれたシーツを被って、ボウガンに矢をつがえつつあるフェリが立ちあがった。


「て、敵襲ですか?」

「ええ。どうやらその様子だけど──」


 イェッタは先のエーブリクトの襲撃の件を思い出す。

 あの時は魔術矢によって監視ゴーレムは機能不全に陥ったが、今回は勝手が違った。何より、魔術にある程度まで通暁するフェリの協力の下、魔術対策は万全に整えたはずだった。

 ハーフダークエルフは聴覚を研ぎ澄ます。


「方角は北北東。敵の数は……女がひとり?」


 ハーフダークエルフの剥き出しになった黒い長耳が、そう割り出していた。火砲などの金属的な反響音もない。あるのは大量に用意された岩塊の群れだ。

 たったひとりでこれだけの岩塊の雨を降らせるとは、並々ならぬ膂力(りょりょく)の持ち主だと判ずるイェッタ。

 しかも、どうやってゴーレムの監視網から逃れているのか、見当もつかない──投擲された距離的に言って、郊外ということはありえないはずなのに。

 いずれにせよ、迫られるのは対応一択。

 こんな攻撃の雨霰を屋敷の方角──さらに南の位置へ向けられることだけは、避けなくては。

 今、屋敷には公爵がいるのみならず、今日は第一王女モーネまで遊興に来ている。例の異世界の書物を読みに。

 イェッタ家の家臣として、御守りせねば。

 その一念で、イェッタは魔剣を握る握力を強める。

 フェリが注意喚起の声をあげた。


「また来た!」


 岩塊が無数に空を舞う。


「貴女は公爵(ブロード)様のもとへ!」

「でも!」

「早く!」


 イェッタはフェリに屋敷へと戻るように命じつつ、岩塊を斬り払いながら、それを投げ飛ばす女砲台──敵のもとへ()くべく、瓦礫の散る空を駆けた。














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