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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第一章
11/53

元傭兵の新しい日常






 ◆ ◆ ◆





 フェリ・エーブリクトは、女性使用人にもいろいろあることを学んだ。

 まず、家政婦(ハウスキーパー)というのが本来は女性使用人全体を統括する地位にいるものだが、この家のメイド/女性使用人はイェッタ・イェーンのみ。必然的に彼女が家政婦(ハウスキーパー)の代行にあたる。他にも彼女は料理人(コック)業務を兼務し、彼女の下に台所女中(キッチンメイド)洗い場女中(スカラリーメイド)があるべきだった。新人の私はまず“洗い場(スカラリー)”からの登用となった。汚れた食器の洗浄作業のみならず、台所全体の掃除や狩りの獲物の下ごしらえなども担当業務となる。そのあたりは孤児院での生活や傭兵稼業のうちに身についたものであるため、問題なくこなすことができた。

 それにしても、イェッタ・イェーンの働きぶりは目をみはってあまりあるものがある。

 彼女は五年前にスヴェート公に仕えだしたというが、今では“料理人”“家政婦”を兼務しつつ、接客業務を請け負う客間女中(パーラーメイド)や、あらる雑務を担当する雑役女中メイド・オブ・オールワークス、主人の衣服やシーツを洗濯する洗濯女中ランドリーメイドや、敷地内で飼われている牛・豚・鶏・馬の世話を務め乳製品の生成や貯蔵を担う酪農女中デイリーメイド(というか馬丁(グルーム)厩舎番(ステイブルキーパー)?)、場合によっては庭師(にわし)……園丁(ガードナー)までイェッタは担当しているという。「いい剣の稽古にもなる」と言って率先して。

 いくら仕える主人がたった一人であり、家令の地位にあるノルシェーンの補助もあるとはいえ、その一日は煩雑の極みと言えた。

 よくもまぁ、あれだけ働いてぶっ倒れないものだと感心していると、イェッタは誇らしげに言うのだ。


「私の心臓は、坊ちゃまよりいただいた特別製ですから」


 ちょっと意味が分からなかったです。





 ◆ ◆ ◆





 何はともあれ、そんな上司の下で働くのにも慣れたころ、主人たるスヴェート公から休暇をいただいた。

 フェリは休日には必ずお土産をたらふく買い込んで、自分を育ててくれた孤児院──王直轄領へとむかった。

 幼い弟妹たちが目の色を輝かせて、白パンやお菓子を奪い合うのを制するのも慣れたものだ。


「おかえりなさい、フェリ」

「ただいまです、院長先生」


 老齢に達しながらも闊達(かったつ)とした調子が変わらない孤児院の経営者だ。

 フェリにとっては母と言っても差し支えない人物だ。

 フェリが傭兵稼業から足を洗ったことを第一に喜んでくれたが、ボクはボクで傭兵稼業に誇りを持っていたので、少々複雑な気分というのが本音である。


「またそんな格好して。御給金は弾んでもらってるんでしょ?」

「む。いいでしょ。ボクは好きでこの格好なんだから」


 フェリはメイド服以外は普段男装のまま過ごしている。

 傭兵時代の名残というか、女だとバレるといろいろと面倒だったのを男装で解決していた部分が、今でも根強く残っている。つくづく貧乳でよかったと髪に感謝したいくらいだ。


「なんだったら、私が見立ててあげるけど?」

「大丈夫だってば……あと、これ、今月の給金から」

「まぁま、こんなに? 本当にスヴェート公爵には何と御礼を」

「一応、ボクが働いて稼いだ金だから、遠慮なく使ってね。それじゃ!」


 院長の小言に付き合いきれなくなったボクは街に赴いた。

 王直轄領の市場は様々なものが売られ活気づいている。喧騒がうるさいくらいに耳を交差しては過ぎ去っていく。人間の仕立て屋が編んだ衣服を露店に並べ、長耳を持つエルフが木製の竪琴や横笛などを実演し、少年少女にしか見えないハーフリンクが醸造酒を売りさばく中、色とりどりの宝石のような石っころを売ってるドワーフの店先で足が止まる。


「……魔石」


《照明》の魔石、《炉火》の魔石、《浄水》の魔石……ドワーフの店主があれこれ説明してくれるが、どれもブロード・スヴェート公の印章付きだ。

 それを指摘すると、ドワーフの店主は大笑い。


「ばはははは! そんなの当たり前だろ、にいちゃん? 魔石錬成や魔石加工なんざ、「魔工老」の遺志を継いだスヴェート公にしかできない芸当だ! 俺らドワーフはせいぜい、魔石の(もと)たる鉱物を、公爵閣下に届ける以外の仕事がねえ!」


 それでも十分、やる価値のある仕事だと馬鹿笑うドワーフの店主。

 何か買っていくかいと問われたので、ボクは自分の部屋用に《照明》の魔石をひとつ購入。

 ドワーフの見事な宝石細工と相まって、そのランプは花のように美しかったのが購入理由のひとつだった。





 ◆ ◆ ◆




 日没後。


「ただいま戻りました」

「おかえりなさい、フェリ殿」


 領地に戻り、屋敷の従者区画に帰参したフェリを出迎えたのは、当然のごとくイェッタであった。

 メイドキャップに長耳を隠した丸眼鏡のメイド長はたずねる。


「よい休日でしたか?」

「ええ……まぁ……」


 それは何よりと夕食後の一服を嗜んでいたハーフダークエルフの丸眼鏡姿に、過日の戦闘の面影はどこにもない。


(ほんと……よくボクみたいなのを雇ったよな)


 殺し合いを演じた相手に、今ではある種の信頼めいたものをちらつかせるイェッタ。

 それもこれも、フェリの普段の業務対応への実直さを評価してのこと──戦力としてはまだまだであるが。


「そういえば、ブロードの野郎、じゃなくて、坊ちゃまは? また魔石錬成を?」

「ノルシェーン殿と、領内経営に関するお勉強です」

「へえ?」


 家令のハーフエルフ──ノルシェーンの業務寝偉容のひとつが、若干17歳で公爵位に就いた少年に代わっての使用人の監督、家計管理、公文書の作成や貴重品類の掌握など、その仕事内容は雇用主の代行──つまりブロード公爵本人の代行と言ってよい。だというのに、ブロードはそれを良しとはしない姿勢で勉学に励んでいる。実に殊勝な心掛けだ。魔石の錬成や魔剣の鍛造で日々を忙殺されているとは思えない少年公爵である。

 ふと、フェリに閃くものがあった。


「ああ、だから家令殿は男装を?」


 本来は男性職である家令であるからこそ、それに伴ってハーフエルフの女性は男装せざるを得ないのかと思考したフェリ。


「いいえ」


 ミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲み干しつつ、イェッタは否定する。


「聞くところによると、先々代の時代までは、普通にメイドとして働いていたらしいですよ? 何しろ、私のメイドとしての“師”でもあるわけですから」

「先々代のころまでは?」


 それはどういうことだろうと考え込んでる隙に、イェッタが問うた。


「ところで、孤児院の方は?」

「え、ええ。おかげさまで、つつがなく。お母さ──じゅない院長も、公爵には感謝しておられました。くれぐれもよろしくと」

「…………母」

「? イェッタ殿?」


 薄い笑みを浮かべて、イェッタはカップを置いた。 


「さ。そろそろ休息時間も終わりです。あなたは早く自分の部屋に行って準備なさい」

「わ……わかりました?」


 釈然としないものを残しつつも、フェリは従者用に与えられた個室に荷物を置き、おみやげに買った《照明》の魔石をベッドサイドにおいて、メイド服のしまわれたクローゼットに向かった。











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