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魔石卿  作者: 秘灯麦夜
第一章
10/53

訪問者






 ◆ ◆ ◆






 スヴェート公ブロードの屋敷は、領内でも一等の景勝地に建立され、その敷地面積も広い。

 だが、今回の暗殺未遂によって、郊外からの、超長距離からの攻撃への対応が今後の課題として持ち上がった。

 また、魔術を用いての監視ゴーレムへの介入対策も念入りにしなければならない。今回、フェリの魔術矢によって50基を超えるゴーレムが機能を十全に果たせなくなっていた。傭兵としての彼女の手技の鮮やかさを想起せざるを得ない。

 守護を徹底させねばならない。

 すべてはブロードの身の安全のため──モーナルキー王国が誇る魔石職人にして魔剣鍛造者を──守るために。


「それにしても、坊ちゃまは大胆というか、豪胆というか」

「はい……」


 ノルシェーンとイェッタは屋敷の廊下を歩いている。

 破壊された大食堂は補修・修繕用のゴーレムに修復を任せ、二人は廊下を突き進む。


「自分を殺しに来た輩をお赦しになるなど、私では理解が及びません」

「そこは私も同感よ、イェッタ」


 スヴェート家家臣団の古参──先々代の頃から仕えているハーフエルフの男装執事は溜息を吐いた。


「依頼料金の五倍を支払う事自体は、何の痛痒にもならないけど、よりにもよって邪剣使いを、傭兵を屋敷に招き入れるとは」

「それを言ったら、自分も同じようなものだったと思いますが?」

「あなたは別よ」


 ノルシェーンは悪びれることもなく告げる。


「イェッタ殿は500年前の六帝討伐の功労者。それは確かな情報です」


 500年の時を超えるなど眉唾な話も(はなは)だしいが、ノルシェーンが調べた限り、実際にイェッタと同じ外見・戦術・出生──ハーフダークエルフの剣士が、六帝最後の一人の一撃の道連れにあって消息不明となっていた。そして、当時から既に名の知られていた魔剣レードと易々と適合してみせたことで、疑うべき要素は何一つ残らなかったのである。

 イェッタ・イェーンは紛れもなく、500年の時を飛ばされてきた英雄の一人であると。


「ですが、坊ちゃまも奇特な人選をなさる」


 孤児院出身者、というよりも魔術学園中を途退学した傭兵などを正式にスヴェートの屋敷で雇うとは。

 しかし。


「それはしようがないことかと」

「ええ、そうですね」


 イェッタは頷いた。

 彼の両親を喪った経緯。

 それを思えば、いくら身分保証されているとはいえ、下級貴族たちによるメイドや執事など、雇う気にもなれないだろう。。

 王から送られてきた大量の使用人衆を送り返したのも、父母の死を思えば到底受け入れられない──否、貴族はすべて敵と見做して然るべき考えに至ったのも、やむを得ないところだろう。


「ところで。その元傭兵となるエーブリクト殿は、どの配置になるのでしょう」

「さぁ、順当に考えるならば…………」





 ◆ ◆ ◆





「なんで、ボクがメイドなんてしなくちゃいけないんだよっ!」


 メイドキャップを床に投げつける粗雑粗野な様は、どう考えても公爵家に仕える女中たる振る舞いから大きく逸脱している。

 やはり執事として、男装のノルシェーンの下で働かせるべきではと意見具申するハーフダークエルフ。


「いや。大丈夫」


 そういった屋敷の主人たるブロードは、メイド姿のエーブリクトに何やら耳打ちを一つ。

 一体何をなさっているのだろうと思ったのも束の間、彼女は床に落としたメイドキャップを拾って、それを頭にのせる。

 そして言った。


「申し訳ありませんでした、スヴェート公」


 あれほどメイド服を着せられるのに抵抗を見せていた言葉が嘘のように、彼女はブロードの前でうやうやしく(こうべ)を垂れる。


「それじゃあ、細かい所作と業務内容はイェッタさんに習ってください」

「わかった──じゃなくて──かしこまりました」


「よろしい」と言って、メイドたちの持ち場たる台所(キッチン)を離れるブロード。

 主人は一体どんな魔法を使ったのやら疑問の尽きないイェッタであったが、


「よろしくお願いします──メイド長」


 頬を膨らませ、半べそをかきつつも、従容とメイドの所作と業務内容を覚えていくフェリ・エーブリクト。

 彼女は明らかになんらかの弱みを握られたようであるが、それはそれとして、自分にとって初めての“部下”となるものへの教育を怠らないイェッタであった。





 ◆ ◆ ◆





 イェッタとフェリが、メイドのいろはについて教え学んでいる最中、ブロードの供回りは屋敷の初代メイド長である家令(ハウススチュワード)たる執事(バトラー)が受け持つことに。

 ノルシェーンは興味本位でたずねる。


「いったい、何を言い含めたら、あんなにも従順に──弱みでも握られましたか?」

「そんなこと僕はしないよ」


 笑って否定するブロード。彼は執務室兼応接室の執務机と黒革の椅子に腰かける。


「ただ、彼女の孤児院、院長先生から頼まれただけだよ。『くれぐれも、フェリ(あのこ)のことをよろしくお願いします』ってね」


 なるほど。さすがです、坊ちゃま──と、ノルシェーンは内心で数度ほど頷いてしまった。


「できれば、このままメイドとして穏当になって欲しいところみたいだったから──傭兵稼業は命の危険と隣り合わせ、そんな稼業を続けるには忍びない子だって」


 ノルシェーンは微笑みを増した、その時だった。


「おっと、そろそろお客さんの時間だね」

「心得ております、坊ちゃま」


 ドワーフ製の精巧な柱時計が十二時の鐘を鳴らした。

 それから数分とおかず、家のチャイムが鳴らされる。

 監視ゴーレムが、玄関先の人物を映し出す。


「行こう」


 訪問客を歓待すべく、屋敷の主人であるブロードは立ちあがった。

 玄関へ赴くと、既に応対していたイェッタ(丸眼鏡とキャップ装備)が、訪問者たちを中へ案内していた。

 ブロードは二階の踊り場から歓待の声をあげる。


「お久しぶりです、スカープ辺境伯」

「久しぶり~、ブロード……いや、スヴェート公ブロード」


 軽くお辞儀した後で小さく手を振ってみせる、痩せぎすの紳士。金剛石(ダイヤ)のような光沢を放つ純白の長い髪。腰には魔石卿(ブロード)謹製の魔剣を包む青銀の鞘を吊っている……

 ヴェン・スカープ辺境伯。

 あの婚約発表の際、真っ先に拍手を打って場の空気を弛緩させてくれた、王派閥派の最重要人物である。





 ◆ ◆ ◆





 辺境伯という称号だが、その実態は「辺境の伯爵」という意味合いにあらず。

 モーナルキー王国の、実に六分の一の領地を誇り、その大部分が、隣国・魔王連合国家の領土と接している。そのため、有事の際には──たとえば、隣国からの侵略の際などには真っ先に国土守護の盾となる位置と地位にあり、それだけの領地と役割を与えられるべき人物が、“辺境の伯爵”という意味合いだけで収まるはずがない。時代によっては副王(ヤール)や大公などの地位ある身分にあるものに送られる称号であり、実際、スカープ家は王族の遠縁にあたる。


「この間の婚約発表はびっくりしたぞ~、ブロード」

「こちらも驚かされましたよ」


 スヴェート領とも王直轄領と挟まれるような形で隣接し、かの領地への支援が必要な時には、ブロードの領土からいくらでも支援が届くという手筈である。

 そんな関係にある両者の関係を端的に表すならば、「無二の親友」「兄弟のような仲」と言ってよい。親類縁者を亡くしたブロードにとって、彼という存在のありがたみは、言葉では言い表せないものがある。

 応接室兼執務室で、ノルシェーンが注いでくれた最高級の紅茶とお茶請けを嗜みながら、ヴェンは訪問理由の最たる部分に言及する。


「まぁ、なにはともあれ、婚約おめでとう」


 ブロードから贈られた魔剣を帯剣しつつ、彼は心の底からの祝辞を述べて、長箱を手渡してきた。

 本来であればメイド同士など従者の手を介して送られるのが礼儀だが、この二人の間では無意味なやりとりである。

 中を開けると、年代物の高級葡萄酒(ワイン)が詰め込まれていた。

 ブロードは呆れ声で言う。


「まだ未成年ですよ、僕は?」

「それもあと一年ばかりのことだ。その時には、共に楽しもうじゃないか兄弟」

「……はい。そうしましょう」


 にこりと微笑む様まで眩しく見える、太陽のごとき気持ちの良い笑顔。


「では本題に移ろう」


 一瞬にして表情が寒氷期にでも入り込んだように暖かみが抜け落ちた。小鳥と戯れていた瞳が、猛禽類を思わせるそれに変わる。これでこそ辺境伯。有事の際には国守の要となるべき男のあるべき姿である。

 二人は応接机を挟んで膝を交えた。


「こちらの調査だが、あまり(かんば)しい結果は得られなかった」


 話題は無論、傭兵エーブリクトを雇った「貴族」について。


「おまえも知っての通り、あたりはついている。貴族派閥のオスカ伯、外務尚書ディンマ伯、魔術尚書ミューレン伯──」

「やはり貴族派閥の工作だと?」

「そうとしか思えん。おまえが篭絡(ろうらく)、じゃなかった保護、とも違うな、一応体裁(ていさい)として再雇用した傭兵エーブリクト。彼女の供述した酒場を調べさせたが、結果はもぬけのからだった」

「裏ギルドが夜逃げですか?」

「ああ、だろうな。それ以上さぐろうにも、エーブリクトは傭兵ギルドにも属さずに裏ギルドから仕事を請け負う“何でも屋”だった」


 そうですかと軽く頷くブロード。


「魔石でも一応鑑定……読心してみましたが、こちらはあまり()い結果ではなかった」

「だろうな。傭兵に渡される応報など高が知れてる。」

「彼女が渡されたリストの方は? どちらで発行されたものか、わかります?」

「そちらも調べてみたが、魔術省が発行発売している白用紙だ。特段変わったものでもない」

「ではインクの方は?」

「そちらも、一般庶民が読み書きに使う程度のものだ。誰が首謀者なのか、これ以上は遡れない」

「そうですか。ありがとうございます、ヴェン。いつも良い情報源となってくれて」

「何、気にするな。この程度のことを調べる程度、朝飯前だよ。うちには良い部下、諜報員が揃ってるからな」


 そのうち、夜逃げした裏ギルドの方も追うつもりでいるヴェンであったが、


「いえ、そちらの調査の方は、もう必要ありません」

「なに? だが」

「これ以上、ヴェンの手を煩わせるのは心苦しい──魔族たちの小競り合いもあると聞いてます」

「そちらはおまえが供与してくれる魔剣と魔石で優勢に、ことは進められている、心配には及ばんさ」


 茶菓子にフォークを入れつつ、来賓用スポンジケーキの味に舌鼓を打つ辺境伯。

 ブロードは繰り返し確認する。


「ヴェン。もしもの時は、僕も即座に駆けつけますから」

「だから、いらん心配はするなと言っているだろう? 『魔石卿』殿?」


 ブロードは微笑んだ。

 二人はさらにいくらかの情報を交換しながら、密議を続けた。










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